第12話 艶めかしい

 夕方、紗綾さんが包丁を使っているリズミカルな音がキッチンからリビングに届く。

 紗綾さんが夕食の準備をする間リビングでゆっくりしているなんて状況に、凛は気持ちが落ち着かないでいた。

 一人ではないというなんともいえない感覚と、同時に紗綾さんが帰って一人になるこのあとのこと。

 この二つはまったく逆の方向性を持った気持ちで、凛はこれを持て余してしまっていた。


 夕食はお昼に仕込んだ豚肉、お味噌汁、カットしたトマトと肉じゃがだった。

 スーパーで買ってきておいたレトルトの肉じゃがのため、味はすでに染みている。

 カットトマトはオリーブオイルがかけられ、あとから塩だけ振ってあった。


 肉じゃがはレトルトなので当たり前ではあるが、他の物についてもこれといって難しい料理ではない。

 だが冷蔵庫にある物から料理し、それを美味しく食べるだけの物を紗綾さんは持っていた。



「紗綾さん、料理本当に上手ですね。どれも美味しいです」



 凛の言葉に、紗綾さんはうれしそうな笑顔で応える。



「ありがとう。肉じゃがはどうしようか迷ったんだけど、消費期限あるから使わせてもらっちゃった。

 今度は私が作ったやつを食べさせてあげるね」


「お返しに、俺もそのうちなにか作ってあげます」


「うん。凛くんのご飯、楽しみにしてるね」



 食事を終えて二人で洗い物をしていると、お風呂の準備ができた音が鳴った。



「凛くん、お風呂入ってきちゃいなよ」



 お風呂に入り、紗綾さんとの時間を削ってしまうことに後ろ髪を引かれる。

 だが準備ができているのに、入らないというのもおかしな話だ。

 凛は紗綾さんに勧められるがまま、バスルームへと向かった。

 昨日もそうだったのだがお湯には入浴剤が入れられていて、バスルームには百合の花の香りが広がっている。

 特にそれだけなのだが、お風呂の時間がそれだけでラグジュアリーに感じた。


 凛が入浴を済ませて出る頃には、時間は七時半を回っていた。

 とはいえ、この時間帯にお風呂を済ませていることなど凛には殆どないこと。

 いつもよりも早いのは間違いなかった。



「紗綾さん、あの入浴剤いいですね」


「本当? あれお気に入りなの。気に入ってもらえたのならよかった。

 じゃぁ、私も入らせてもらうね」



 そう言うと準備していた着替えを持って、紗綾さんはバスルームへと向かう。

 この時、凛には紗綾さんが帰るのかがわからなくなっていた。

 お風呂に入るということは、一日の終りという部分もある。

 このまま泊まることだっておかしくないようにも思えるし、お風呂を済ませてから帰ることだっておかしくはない。

 時間を考えればまだ早い時間帯ではある。

 それを考慮するのであれば、やはり紗綾さんは帰ってしまうのではないかと凛には思えた。


 だが、そんな凛の考えは紗綾さんによって打ち消されることになる。

 お風呂を終えた紗綾さんは、ミニスカート丈くらいのサテン生地でできたナイトガウンを羽織っていた。

 どう考えても、このあと帰る服装ではないことがわかる。

 その姿を見て、まだ一緒に居てもらえると凛は思ってしまっていた。


 二人でソファに並んでTVを少し観て、九時半くらいには部屋の照明が消えた。

 紗綾さんが凛の手を引く。比較的早い時間ではあったが、紗綾さんはもう寝るつもりのようだ。


 ベッドまで来ると、紗綾さんはガウンを脱いだ。

 そして凛は目を奪われてしまっていた。

 華奢な肩幅で、肩から先の素肌が見えている。

 今までのルームウェアより露出度が高い。


 紗綾さんが着ているのは、俗に言うベビードールと呼ばれる物だった。

 胸の下、ウェスト回りは完全に透けてしまっている。

 暗くてよく視えないが、パンツすら薄っすら視えている状態。

 華奢で手足の長い身体に、レースで形作られているようなひらひらしたベビードールは可憐さと一緒に凄艶せいえん

 控えめに言っても、紗綾さんの姿は艶めかしかった。



「は、早くベッドに入ろ! そんなに見られると恥ずかしいから」


「……は、はい…」



 紗綾に急かされベッドに入る。

 ベッドに入ってしまえば、さっきよりも気になるようなことはなかった。

 向かい合う凛と紗綾さん。

 時間が早いのもあり、紗綾さんも目をパッチリとして凛を見つめている。

 凛の頬に紗綾さんの手が伸びてきて、そっと触れた。

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