第7話 いつもと違う朝
この日凛は、いつもよりも少しだけ早い時間に家を出ることになった。
電車でいうと一本早い時間。
これは紗綾さんが凛よりも早い電車に乗っていたので、間を取った時間だった。
「忘れ物はないですか?」
「うん、大丈夫」
前屈みになって靴を履いた紗綾さんが、玄関から出てくる。
凛はいつもとは違う感覚を覚えていた。
いつもと違い、紗綾さんと家を出る朝。
家が変わったわけでもなければ、なにが変わったわけでもない。
ただ、紗綾さんが一緒にいるということだけが違う。
たったそれだけのことが、いつもとは違う感覚を凛に与えていた。
「凛くん、お昼ご飯はいつもどうしてるの?」
「たまにおにぎりを持っていくくらいで、大抵はコンビニで買ってます」
「そうなんだ。今日お昼ご飯、一緒に食べよ? ね?」
「いいですよ」
「じゃぁお昼休み、凛くんのクラスに行くね」
紗綾さんはお昼を凛と一緒に過ごすことが決まったのがうれしかったのか、見るからに機嫌がよさそうだった。
駅まで一〇分程歩き、高校のある駅で電車を降りると、紗綾さんが凛の手を引いた。
「私がたまに行ってるパン屋さんにお昼買いに行こ」
駅ビルに入っているパン屋は、朝からお店を開いている。
紗綾さんに手を引かれて歩いていると、パンを焼いている香りが漂ってきた。
店内に入ると一気に香りが強くなる。
まだ朝だというのに、並んでいるパンはどれもトレーの半分くらいしかない。
凛たちと同じようにお昼だったり、朝食に買っていった人たちがいるのだろう。
朝にパン屋に来たことは凛にはなかったが、これだけパンがすでに売れていることは理解できるような気がした。
コンビニと違い焼きたての香りと、今も焼いているパンの香り。
それだけで食欲を刺激されてしまう。
凛は自分のトレーにフレンチトースト、クリームパン、BLTサンドを乗せてお会計をした。
「なんか、こういうのいいね?」
こうして楽しそうにしている紗綾さんを見て、凛は少しだけ年下の女の子のようにも感じると思っていた。
それはきっと、紗綾さんが感情を素直に表現しているから。
凛は感情に乏しいわけではないが、それでも紗綾さん程ではない。
そんな彼女を見て、凛は紗綾さんがモテるのがわかるような気がした。
「そんなにジッと見られると、ちょっと恥ずかしい……」
急に赤くなって俯きながら凛を見つめる紗綾さんは、自然と上目遣いになってしまっている。
狙ってやっているわけではないのだろうが、それゆえに恥じらう姿が凛を動揺させてしまう。
「あ、ごめんなさい。ちょっと考え事しちゃってて」
「ちょっとぉ。こんな素敵なお姉さんと一緒にいるのに、なにを考えてたの?」
不満を口にして紗綾さんが問い詰めるが、凛はそれに答えるわけにはいかなかった。
もし紗綾さんのことを考えていたなどと言ってしまったら、そのあとどんなにからかわれてしまうかわかったものではない。
「周りの人たちに、随分見られてるなって」
駅ビルはまだ人が多いのでそんなに気にはならなかったが、駅ビルを出ると学校まではみんな同じ方向へと向かうことになる。
そうなると、凛たちに向けられる視線も少しずつ増えてきていた。
「もしかしたら男子と一緒に学校行くのなんて初めてだから、それで余計に見られちゃってるのかも。気になる?」
「まぁ、そうですね。多少気にはなりますよね」
「もう、しょうがないなぁ」
そういうと、紗綾さんが凛の腕を取ってきた。
「「「「「あっ!」」」」」
「「「「「キャッ!」」」」」
「「「「「――!」」」」」
さっきよりも周囲の注目度が高くなる。
どう考えても紗綾さんが取った行動は、逆効果にしかなっていなかった。
「紗綾さん? 余計目立っちゃってると思うんですけど」
「凛くん、他の人なんか気にしちゃダメ! 凛くんはね、私のことだけ見てればいいの。
そうしたら、他の人のことは気にならなくなるでしょ?」
まったく気にならなくなるということはなかったが、確かにさっきよりかは気にならなくなっていた。
ほぼ強制的に意識が紗綾さんに向けられてしまうことになり、それどころではなくなってしまったという方がただしかったのだが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます