黄昏に現れる彼女はジョンバール分岐点を知っている

綾波 宗水

第1話 錆びついた運命の歯車

「お前、一体何者なんだ……」

「またね♡」



 キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン

 退屈な古典の授業が終わり、つかの間の休息がもたらされた。県内でもそれなりに偏差値の高い高校だから、退屈な授業と言えども、居眠りすることはまさしく自殺行為であり、ほんの数分の睡眠を取ってしまえば、将来俺に与えられるはずであった睡眠時間を減らすことに繋がるのだ。目先の快楽ではなく、将来の安定を欲しがるくらいには、俺は子どもという区分から少しずつ卒業しているのだった。

 真面目系クズとも言われかねない打算的な俺だが、多くないにせよ、それなりに友人はいる。今俺の席に向かってきた明るそうな女子はその一人だ。名前は美咲、山谷美咲ヤマタニ ミサキ、俺の幼なじみだ。

「博己~ノート見せて~」

「また寝てたのかよ」

「えへへ、つい」

 つい、で何度寝れば気が済むんだ。寝る子は育つなんてやはり子どもに早く寝てほしい親が考えた嘘に過ぎない。ちなみに博己とは俺の名前だ。加藤博己カトウ ヒロキ

「今日もお二人さんは仲が良さそうだね~」

「うん、私たち仲良しなんだ」

 からかい気味に話しかけてきたのは田村進タムラ ススム。それなりに仲がいい。

「博己と美咲は学食?それとも弁当?」

「俺は学食」

「じ、実はさ、二人の分もお弁当作ったから、良かったら食べてよ」

「マジかよ!?やったな博己」

「まあ節約はできたな」

「ホントは手料理食べれて嬉しいくせに~」

「早く行こうぜ」

「お、おい、なにかツッコミがあっても良いだろ~!?」

「えへへ、じゃ、いこっか」

「美咲ちゃんまで!?」


「どうかな……?」

 心配そうに上目遣いで感想を求める美咲。

「最高だよ美咲ちゃん!」

「ああ、結構おいしいな」

「良かった!もっと食べてね」

「じゃ、遠慮なく」

「食べ過ぎだ」

 平和な日常。絵にかいたような学園生活。クラスの人気者でも、異能使いでもないが、今の生活に十分満足していた。一年後には卒業し、それぞれの将来へと向かっていく。大人になりたいのに、手放すのが惜しいこの日常。大学などに進学すれば、これ程までに親しかった関係でさえ自然消滅してしまい、せいぜい同窓会で会うのが関の山だろう。そう思うと、少し卵焼きがしょっぱく感じた。単に塩の入れ過ぎか?


「ねえ、今日も一緒に帰っていい?」

「良いよ」

「ふふっ、じゃあ帰ろっか」

 進はと言うと野球部の練習が多く、実はそんなに一緒に帰ったことがない。どっちも用事が無ければ今日のように美咲と帰るのが定番。まあ、家が隣だから、わざわざ別々に帰るのも変というのが主な理由だ。

「あのさ、博己は好きな人とかいるのかな?」

「突然なんだよ!?」

「良ければ真剣に真剣に答えてほしいかな」

「……特にいない」

「そうなんだ!」

「だから何なんだよ!?」

「じゃあさ、例えば博己のことが好きな子がいるとしてさ、その子が告白してきたらどうする?」

「そりゃあ、相手にもよるだろうが、まあ特に悪そうな子じゃなければ、そのなんだ、付き合う、かな」

「ふ~んそうなんだ」

 夕焼けが俺たちの顔を赤く染め上げ、照れているのか暑いのか、それすらも判別できなかった。

「じゃあ、また明日」

「うん、また明日」

 なんとなく振り返ってみるとまだ美咲は玄関にいた。

「バイバイ」

 微笑みはそう言い残してすぐに厚い扉の向こうに消え去っていった。

 鍵を取り出そうとしていると、背後に何かの気配を感じた。



 振り返るとそこには腰の上くらいまで綺麗に伸ばされた黒髪の美少女がいた。

「あの、何か?」

「あれ、私のこと分からないのかな?同じ学年の西園寺薫サイオンジ カオルだけど」

「え~と、ごめん、何きっかけで話したっけ?」

 およそ日本人離れした白磁器のような色白さ、特徴的な烏の濡れ羽色の長髪。端正な顔立ち。さすがの俺も忘れることはないだろう。

「ねえ、聞いてる?」



 熱い。もうすぐ梅雨に入ろうかという時期の黄昏時に、不可思議にも急激に熱くなった。視界が歪む。お盆を傾けたかのように世界が斜めになる。しかし、どうやら俺が膝から崩れ落ちたというのが正確な表現らしい。

「ジョンバール分岐点って知ってる?」

 そんなさなかにも西園寺薫は話し続ける。

「これはね、SF用語なんだけど、タイムトラベルとかする小説とかで、歴史上の重要な一点で時間軸が分岐して、元の世界と別の世界が生まれているっていうパラレルワールドの誕生する瞬間を意味しているんだ」

「いったい、何を」

「あんまり動こうとしない方がいいと思うよ。少しでも長く私と話したいのならね」

 訳が分からなかった。突然、俺を知っているという同級生が現れ、何故かSF用語の講釈をたれ、しまいには腹を鋭利なナイフで刺されるなんて。なぜ、どうして。答えを探そうにも、脳に通う血液が著しく減少し、思考はまとまることがなかった。

「私を見てくれない博己君は博己君じゃないよ。反省してね」

 みるみる力は抜けていき、視界が暗くなってゆく。言葉は口から出てこなくなり、本来罵倒なり話すであろう勢いは、代わりに出血として表現している。

 どうしてこうなった。お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、、進。そして美咲。ありがとう。ごめん。

 走馬燈はものの数秒を何十分にも感じさせはしたが、確実に死へと向かっている前兆でもあった。


「またね、博己君♡」


END1「あしたには紅顔こうがんありて夕べには白骨となる」


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