死んだら超ド級の怨霊になっていた私が、記憶を取り戻そうとしたり幸せを求めていたら好きになった人に祓われそうになった話

O.F.Touki

プロローグ

第1話 名前は忘れた。最期の想いも、言葉も忘れた。

 私は今大切な物を手で強く握りながら、間違えても落とさない様に、それでも体力の限界を超えても走って逃げている。何から逃げているのか、人からだ。人の男性達からだ。

 私の息切れ声よりも大きく聴こえるのが、むさ苦しく恐ろしい男性達の声と息使い、そして多数の走る音が聴こえてくる。


 家庭内の事情はそれぞれ人によって違う。私の場合は九歳の時点で両親は離婚し、母親は家を出て行った。残ったのは私に非常に厳しく、そして迫る父親だけだった。しかし、それだけならばよかったのだ。私は父親から迫られ、私が十二歳になる頃には父親の連れてきた男にも厳しくされて迫られることになった。

 学校は中学校まではいかせて貰えたが、高校には行くことができなかったし、家族のような者達からされている事に苦痛を覚え始めた私は誰かに助けてほしいと願ったが、何故か声が出ず、助けを請うことができなかったのだ。


 ある時私は十四歳になっていたが、その頃には厳しい指導やその他のことは昔と比べると少し落ち着いていた。


 十四歳の私は学校ではいじめることは当然しないが、いじめられることも無く、誰の関心や視線を感じることなく生活をしており、友達といえる人も出来なかった。

 しかし、いつの日か一人できたのだ。その人は大人しく物静かな印象だが、正義感が人一倍に強く、クラスの委員長をしている木口裕也キクチユウヤという男の子だ。普段は口が少ないが、私には話しかけてくれる。木口君と話をしている時が私が一番幸せと感じる時だった。


 木口君が何故私に声をかけてくれるのかが分からないという疑問を抱くには、木口君に出会ってから、初めて話しかけられてからそこまで時間はかからなかった。私と話す木口君は決まって笑顔で、世間の事やクラスの事に関心の無い私の返答は決まって素っ気ない物であったが、木口君はそんな私の言葉を一言一言真剣に聞いている様子だったんだ。


 ある日私は十五歳の誕生日を迎えた。しかし、父親や男性達から贈られるものといえば厳しい言動や物事だった。木口君という優しい存在を知った私は、この家庭に確かな疑問を抱くことになる。なぜ、木口君みたいに話しかけてくれないのか、何故私にあれほど威圧的に厳しくするのか分からなくなってしまい、その事に自覚をする瞬間には同時に今まで感じた事の無い恐怖心が全身に響いて止まなかった。


 朝学校に行くと、木口君が朝の挨拶をしてくれた。そして、木口君から贈物を貰った。


「おはよう。――さん。これあげる」


 綺麗に包装された物を手渡され、私は固まってしまった。初めて人から好意を感じた、初めて人から好意あるプレゼントを受けた。そのことが私を固まらせた。


「今日――さんお誕生日でしょ? 先生に教えてもらったんだ。喜んでくれると嬉しいんだけど」


 木口君の言葉を聞いている中に目頭が熱くなり、鼻がつまった。どうやら私は泣いていたようだ。そんな私を見た木口君は少しも驚く様子が無く、微笑んで見守っていてくれた。


「せっかくだし開けてみてよ」


 木口君に微笑まれながらそう言われ、私は包み紙をできるだけ綺麗にテープのところだけを切って紙の箱を開けて中身を息もつまりそうになりながら見た。入っていたのは綺麗な日記帳とボールペンだった。

 日記帳は普通の紙だが、カバーは革製で、ベルトがついている高そうな日記帳だ。そしてペンは見た事も無い綺麗な木製のボールペンだった。


「いいでしょう。お父さんの知り合いに皮の加工が趣味っていう人がいて、その人にお願いして作ってもらったんだ。お小遣い無くなっちゃったけどね」


 木口君はそう言って笑ってくれた。今まで味わった事の無い幸せな気持ちが私を満たしている。だけど、温かい心の温もりに冷たい気持ちが流れてきた。この贈物は、家に絶対に持っていってはいけないと思ったからだ。

 私が日記帳を凝視していると、木口君は私が思わぬことを提案してきた。


「よかったら、僕が――さんの日記帳預かるよ。中身は見てほしく無かったら絶対見ないし」


 何故私が考えていた不安なことを裂けさせ、見破るのだろう。私はそう思いながら木口君の顔を見たまま口が開いていた。その瞬間、木口君はいつもの温かさ溢れる微笑みではなく、哀れみを含んだ微笑みになっていた。

 木口君の提案を受けて、日記帳は帰る前に木口君に手渡して預かってもらう事にした私は、早速休み時間に日記を書こうとページを開く。すると表紙の裏に手紙が挟まっていたのだ。


 私は手紙をあけて読んでみると、体が震えて止まらなかった。どうやら、木口君は私が無意識に隠してきたことを全て察していた様だった。

 書かれていた内容は決して同情や差別的な内容ではなく、手遅れになる前に助けを求めて欲しいという内容だったのだ。


 周りの女の子の中には日記をつけている子が沢山いる。しかし、その子たちは今日起こった素敵なことや、恋愛のこと、明日の予定などを書いていると耳にした。だけど、私は違った。

 私はもう限界だった。家庭と木口君との人間のギャップ。そして堪えることも限界で、私は覚えている範囲で過去のことを書き始めた。最初は助けてもらおうとしたが、声が出なくてこわくて諦めたこと、体中が痛いこと、混乱していること、そして最後に書いたのが家庭のこと。今まで誰にも言わなかった、家庭のこと。


「一息ついたみたいだね」


 木口君は私をみて言った。もう放課後であり、クラスのみんなは帰宅を始めたり部活動に向かおうとしている。私も、もう帰らなければならない。


「――さん。僕がついてるから。協力できるから」


 木口君の言葉に、帰らなければいけないという体の重さの原因はどこかにいき、木口君に抱き着いていた。私は初めて人を信じた。それが例え同い年で同じ学年の中学3年生の男の子でも。

 日記とペン、そして中に入っていた手紙を木口君に手渡すと、私は再び体が重くなった。心の底から木口君と離れたくない、家に戻りたくないと思ってしまったからだ。


 木口君はどういうつもりなのか、私の事に気が付いて、私の事情を調べ、どうするのかが私にはわからなかった。木口君は私の書いた物を読んで、私をさらに理解するだろう。それは私が声を振り絞って出した『見て、ほしい』という言葉でおそらくそうなる。木口君は理解した後どうするか、自分の親に言うか、私の親に言うか、先生に言うか、施設に言うか、もう、私には考える力は残っていなかった。


 校門を出た後、見慣れた車が一台とまっている。父親の連れてきた男の一人が持つ車だ。嫌な顔をしてはいけない。何故ならより酷くされるから、より男達をあおるからだ。私はいつもの表情でいつもの通り車に向かった。しかし、今日受けた素敵なことがふと脳裏を巡った瞬間、不意に顔が歪んでしまった。男はそれを見逃さなかった。今ならわかる。この人は変態だ。


 今日は人数がすくなかったけど、いつもより酷く厳しく、そして激しくされた。何故だ、私は恐らく人間のはずだ。

 私は人間だ。そしてこの男性達も人間だ。私はそう思っている。しかし、この男性達は私の事を恐らく人間と思っていない。以前叫ばれた言葉の中に私の仮称があった。私はこの人達にとっては欲望を満たすおもちゃなのだ。私は初めてこの人たちの前で叫び、絶叫した。無我夢中で逃げようとしたが、私の頭に衝撃が走って気絶した。


 気が付けば私は車の中におり、スモークのかかった窓からは学校が見える。


「遅刻だぞ――。先生には連絡しといたから黙っとけよ」


 昨日私に入っていた男が恐い顔でそう言うと、ドアのロックをはずした。私は必死に出しているつもりの声で擦れた返事をしてドアを開けて学校に向かった。

 授業中の教室に入ると、木口君、そして先生やクラスメイトまでが私を呆気に見ていた。全身の痛みで想像がつく、顔が特に痛い。


「――さん! 」


 木口君は今までに見た事の無い形相で、私が覚えていない私の名前を叫んでいた気がする。しかし、先生はそれを制した。


「――さん、お父さんから話は聞いております。階段から落ちて病院に行っていたのですね、無理しない様に保健室で休んでも良いですからね」


 先生は私の顔を一瞬みると、眼をすぐに元のクラスの生徒達に移していつもの様に見まわした。どうやら私の顔は酷い事になっているようだ。クラスの好奇な視線と木口君の迫りそうな視線が刺さる。

 この授業だけは受けたが、すぐに木口君が保健室に連れて行き、そこで話をし始めた。


「――さん」


 そこからの事はよく覚えていない。次に記憶があるのは結構後の事だったか、私が初めてこの世に、木口君意外に全てをさらけ出したことだ。


 絶叫して助けを求めたが、誰も助けてくれなかった。木口君でさえ、諦めた。


「ごめん――さん、僕じゃ、力が及ばなかった、守れなくてごめん」


 木口君は私を置いて逃げた。だけど、私の父親につかまって、集団で殴られていた。

 父親や男達が私の方に向かってくると、木口君は気がつかれない様に這って逃げて行った。それでも私は、木口君の気持ちが幸せで、今もこの時、あの時木口君に貰った日記帳とペン、そして手紙を落とさない様に大切に持って木口君を背中にして全速力で逃げた。


 あがる息、迫る距離、そのはずだ。私はここ一週間ご飯を食べていない、水もそれほど飲めなかった、だけど諦めない。諦めはしないが、私は後ろから頭を強く打たれた。


 目は真っ直ぐ先を見るが、私は組伏されて殴られ続け、蹴られ続けた。手に持つ日記帳やペン、手紙を盗られそうになったが、私は痛かったけど指の骨が全部折れるまでは守った。意識はもうろうとした。私はあの時何を想っていたのだろう。何かを叫んだのは確かだ。

 私は、その時人間の体を失い、死んだ。

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