燈台下暗し
@CBDBC
第1話
一
俺は森と平原の境に立っている。絵にかいたような晴天だ。一縷の雲が空に浮かび、こころなしかイチョウにみえる。その雲はゆっくりと左へと進み視界から消えた。そう思ったのもつかの間、右からまた雲が少し流れ込んできた。形はよくわからない。
顔を上げた。
合格発表から何日たっただろうか。第一志望であった東帝大学の榜に名を連ねることなく、第二志望であった和瀬田大学への進学を決めたが、いまだに実感が湧かない。周りの人がみな合格しているというのに一人だけ取り残されていた。多くの人と同じように、私もそんな感情を共有していた。しかしそれだけならば、まだよかったのに。
俺は今までレールの上を走ってきた。指示されたことを無難にこなし、少しばかりの結果を残した。そんな毎日に言いようのない不安を、ずっと抱いてきた。
転機は高校三年で倫理を履修したことである。
センター試験で国立理系受験者は主に「日本史」、「世界史」、「地理」、「倫理・政治経済」のうち一科目を文系科目として履修して、受験をする。どれを選んでも、点数の重みは同じなので、基本的に理系科目に力を割きたい受験生は、負担が比較的に重い「日本史」や「世界史」を敬遠し、残った「地理」もしくは「倫理・政治経済」を選ぶのが不文律である。そのような傾向もあるので、うちの高校では理系は後者の二科目から択一して、高校三年生で履修するというカリキュラムとなっている。
「地理」と「倫理・政治経済」では、うちの高校では前者が圧倒的である。その二つを比べても、前者の方がより負担が軽いから、当然の帰結とも言えよう。その結果、「倫理・政治経済」クラスに集まるのは物好き、いわば変わり者ばかりだ。
「自分という存在」の無限の可能性を信じ、それをいくらでも開拓できると思っていた俺は迷うことなく「倫理・政治経済」を選んだ。自分自身を縛るさなぎを破り、まだ乾かぬ翼で羽ばたくことを選んだのだ。かすかにかじった実存主義の考え方も影響したのだろう。(もちろん本質を理解したとは思えないが)ひな鳥は親鳥の模型すら安心を覚えるものだ。ヤスパースが語った実存者への脱皮を見て、たとえ受験失敗したとしても大したことはないと思っていた。
それと同時に大学受験のレールの最たるものであり(最もそう思い込んだだけだが)、クラスの皆々が利用する「塾」も行かない選択をした。ピンチをチャンスに変える、火事場の馬鹿力。おお、なんともいい響きではないか。こうしてひな鳥は巣から飛び立った。
それからはあまりに平凡な物語ゆえに、語るに及ばない。とにかくひな鳥は風にうまく乗れず、地面へとたたきつけられた。
レールから外れた時の傷がいまだに疼く。空を見上げた。同じ巣から飛び立った、優雅に俺の手の届かないところを目指してはばたくひな鳥が数匹いる。親鳥にしっかり鍛えてもらったのだろうと思い、目を閉じた。
そうした風景が森と草原の境目で起きていた。ここは都会より見通しがいい分、何でも見えてしまう。
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