7/24 「反重力力学少女と女装少年の詩-32」

 一方の鬼ヶ島でも、押しては押されを繰り返す激しい防衛戦が続いていた。

 戦闘機のミサイルが飛び交い、追加で現れたスズメバチの大群が空から襲いかかる。鬼ヶ島の迎撃が上空の敵を撃ち落とす。小型反重力ホバーを乗りこなすサル達がスズメバチ相手に銃撃戦を挑み、あちこちでマズルフラッシュが瞬かせる。


〈エヴァロ〉に乗り込むロゼもまた、その中で戦い続けていた。


「まったく、あと何体倒せばいなくなるのかしら~……」


 一度ドッグに急速補給をしに帰還しただけで、ロゼは休む間もなくスズメバチや戦闘機を相手にしていた。切り刻んだスズメバチはゆうに三千匹を超えていたが、それでも相手の勢いは増すばかり。メインウェポンである多層カーボンナノチューブのムチに対する負荷も激しく、予備を含め三本ずつあったムチは、気付けば最後の一本ずつとなっていた。


 スズメバチが〈エヴァロ〉に掴まってくる。ロゼは外部装甲に電流を流し剥がした後、〈エヴァロ〉側頭部に備えられたマシンガンでスズメバチを撃ち殺す。

 続いて針を突き立てて飛んできたスズメバチをロゼは回避し、ムチを振り払い節をで断ち切る。そしてそのまま回転運動に移行し、カメラからの密度で最もスズメバチが集まっている直線上へ突進した。高速で振るわれるワイヤーがずばずばとスズメバチ達を裁断していく。

 しかしその突進中、機体を強い衝撃が襲った。


「くっ……!?」


 肌を明滅させ驚くロゼ。操縦席に赤い警告灯を点灯させながら、〈エヴァロ〉は軌道を曲げて下に落ち始める。百メートル以上落ちたところで、ロゼはどうにか機体を持ち直して滞空状態に戻した。


「これは、ミサイルでも食らったみたいね……」


 パネルに表示される機体ステータスでは、左腕に故障を示す記号が点灯していた。どうにか飛行機能と防御装甲は生きているが、機体の左右対称性が失われてしまったので高速回転しながらの突進が使えなくなってしまっていた。


「思ったよりヤバヤバだわ~!」


 追って飛んできたスズメバチの群れにマシンガンでの威嚇射撃をしつつ、ロゼは逃げるように飛ぶ。しかしそれもただの時間稼ぎで、直ぐさまスズメバチの包囲網に囲まれてしまった。飛びかかってくるハチを避けきれず、〈エヴァロ〉の機体にびっしりとハチがまとわりつく。ロゼは電流を流し対処するが、すぐにまた別のハチが飛びついてきて装甲の弱いところを強靱な顎で噛んで破壊しようとしてきた。

〈エヴァロ〉の出力が急激に減少する。画面の表示は、外付けした反重力エンジンと動力とを繋ぐケーブルがやられたことを伝えていた。

 カメラに映る鬼よりも怖い巨大なハチの顔を見ながら、ロゼはここが終わりであると悟る。


「案外、呆気ないものね~……」


 火花を散らす操縦席で、ロゼは笑顔だった。操縦桿から触腕を離し、ガラスの蓋がかけられたボタンに伸ばした。それを押せばその十秒後、〈エヴァロ〉は自爆によりロゼもろとも周囲を吹き飛ばしてしまうだろう。

 ロゼが生まれてからの出来事を思い返す。ルーツこそ惑星オクトパにあるが、ロゼは地球生まれ地球育ちの身だ。だからこの星への思い入れは、地球人と何ら変わりない。何より自分が最も心を開いていた相手は、同族でなく地球人の少女だった。


「うふふ。楽しかったわよ、ナギ――」


 ロゼはボタンのガラスカバーを外す。ボタンを押す前に、その友人なら今の自分に何て言うのかを考えた。きっと、あの子なら私を怒るわよね……。



『なあああに一人で感傷に浸ってんだタコ野郎!』



 ――だからそれが幻聴でないと気が付くのに、ロゼは時間を要した。


「っ、ナギ!?」


 無線を通じて聞こえてきた声に驚いているうち、再び機体に衝撃が訪れる。それは、まとわりついていたスズメバチが一度に剥がされたことによるものだった。

 カメラの視界が広がる。そこに映し出されていたのは、ロゼの〈エヴァロ〉にフォルムの似た、赤いカラーリングの機体だった。しかし異なるのはその武装で、両手に握られているのはカーボンナノチューブのムチでなく、陽光に紫電をちらつかせる二刀の大太刀であった。

 ロゼはその機体を知っていた。それはロゼ専用機〈エヴァー・ローズ・ガーデン〉から採取されたデータを基に開発された高機動機体〈エヴァー・ローズ・ガーデン弐号機〉――略して〈エヴァ弐号機〉、危ないので戻しつつ変えて〈エヴァロⅡ〉――であった。あまりの機動力と負荷Gに耐えられるパイロットがおらずお蔵入りになっていたはずのその試作機体が、どうしてか目の前にいる。

 ロゼの操縦席に通信映像が流れる。

 そこには窮屈そうな格好で操縦席に座った草薙が映し出されていた。


『コクピット狭すぎるんだが!?』

「地球人用に作ってないんだからそりゃしょうでしょ~!? ってかそうじゃなくて、どうしてナギが〈エヴァロⅡそれ〉に乗って戦ってるのよ~!?」


 驚愕するロゼ。ナギは〈エヴァロⅡ〉の刀で飛んできたスズメバチを一刀両断し、〈エヴァロ〉を守るように移動する。


『お前に言われて、アタシにできることは何か必死に考えたんだ。お前や杉山や萌木みたいに、世界のためにできることはねぇかってね。そんでとりあえず竜宮城に向かってみたら、お前らんとこの船が出るとこだった。だからそれにこっそり乗り込んだ』

「乗り……!?」

『まぁ、呆気なく見つかったけどな。アタシが必死にできることはないかと尋ねてびっくりしたぜ、お前以外言葉喋れるヤツほとんどいねえんだな』


〈エヴァロⅡ〉が飛翔する。それはすぐさま、〈エヴァロ〉では到達できないほどのスピードに達した。しかし草薙はそれを完全に制御し、推進力を乗せた太刀の一振りで数匹のスズメバチを斬ってみせる。


『どうにか言葉の通じるやつがいたからそいつに案内してもらって、〈エヴァロⅡコイツ〉を見つけた。そんで頼んだら、シミュレーションならやらせてくれるって言われらから鬼ヶ島に着くまでずっとやってたんだよ……面倒そうだからお前には秘密にしてもらってな! 最後の最後でお前のスコアを越えたら、コイツに乗っていいって許可くれたぜ!』

「私の……って、たった三日で!?」

『アタシ、初めてのものをなんかそれっぽくっこなす事には天賦の才があると自負してんだ。ってかそもそもこれの操縦、どっか〈ボイン棒オンライン〉の操作に似てないか? 道理でお前があのゲームを好むわけだ』

「……うふふ、うふふふ!」


 なんだか、とても可笑しかった。

 自分と彼女の間にあったゲーマーとしてのつながりに、さらなる糸が通ったような気がした。それがとても嬉しくて、こんな状況なのになと思えど笑いが止まらなかった。

 ガラスカバーを戻し、ロゼは再びその触腕を操縦桿に戻す。


『そんなボロボロの機体じゃろくに戦えないだろ、ドッグに戻るの手伝ってやる』

「あら――そんなお気遣いは不要だわ」


 ロゼはマシンガンで〈エヴァロⅡ〉の後方から飛んできたミサイルを撃ち抜くと、そのまま右腕を振るってムチ先の重りでスズメバチをはたき落とす。

 左腕は故障した。けれどまだ右腕も、他の武装もあるじゃないか。

 反重力エンジンがやられた。それがどうした、私はもともと、それでやってきたのだ。


「まだまだ戦えるわよ、私は!」


 ロゼの目に火が付く。人間でいればアドレナリンにあたる興奮状態に発せられる物質が、ロゼの体内を駆け巡る。


『やっぱり、BLUE ROSEはそうこなくっちゃな!』


〈エヴァロⅡ〉が再び〈エヴァロ〉のもとに飛んでくる。

 二機はそのまま、背中合わせに武器を構えた。


『――そういえば、〈ボイン〉でチーム組んで戦ったことなかったな』

「言われてみればそうね~。となるとこれが、私とナギの初めての共闘になるのかしら~」

『そういうことになる、なっ!!』


 二機が飛翔する。息の合った青紫と赤の彗星が、電光石火で敵を撃墜していく。それこそが鬼ヶ島の防衛を優勢へと転じさせる大きな起点であった。

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