7/13 「反重力力学少女と女装少年の詩-21」
(――さん、す――さん!)
(す――まさん!)
「――杉山さん!」
「んん……」
ゆっくりと瞼を開けると、僕の顔を誰かが覗き込んでいた。
だんだんと視界がはっきりしてくると、それが萌木さんであることに気が付く。
寝かされていた僕は、ゆっくりと体を起こそうとする。
「っ」
後頭部に感じる、ズキズキとした痛み。
「だめです、まだ横になっててください……!」
顔をしかめた僕を、萌木さんはもう一度寝かせる。ふと嗅覚に、草の香りを感じる。よく見ると、萌木さんの後ろには背の高い木々が生い茂っていた。
「ここは、外……?」
「はい。船のすぐ脇です」
「そっか、〈ミェルビュエレ〉が森に突っ込んで、僕は萌木さんを守ろうとして……萌木さんは大丈夫? ケガとかしてない?」
「杉山さんのおかげで、どこにもケガはありません」
「そっか、それなら良かった……」
『まったく、少年も無茶をするものだ。僕が体内で応急処置をしていなかったら、もっとひどいことになってたかもしれないんだよ? まぁ、男気は評価するけどさ』
いつになく、ゾウの声が神妙なものだった。こいつも、こいつなりに心配する感情はあるらしかった。
「ありがと、お前がいていいこともあるもんだな」
『まったく、この借りはちゃんとエッチなことで返してもらうよ』
「今回でお前の負債が消えたと思ってるなら、それは間違いだけどな」
頭痛がいくらかマシになってくる。僕は今度こそゆっくりと頭を上げ、体を起こした。
周囲を見渡す。木々が直線上になぎ倒されている場所があり、そこを辿った先に〈ミェルビュエレ〉は墜落していた。破裂したバルーンが上に垂れ下がってはいるが、そのほかに目立った破損はなさそうだった。
「あら、リオが無事に目覚めたようね~」
くねくねと動きながら、ロゼがやってくる。こいつらはまぁ、あの様子だと特にケガとかはしないんだろう……。
「ロゼ、船は大丈夫なのか?」
「相手が手練れだったおかげでね~。何で撃たれたのかは分からないけど、見事にエンジンの噴出口だけ破壊されてたわ~。おかげさまで、エンジンさえ修理できればまた出発できる算段よ~、お急ぎで丸一日はかかるけど」
「そっか……それまでここにいるのか?」
「いえ、さっきの会議で少数の調査隊を先行させることが決定したわ~。あなた達は一応お客様だから危険な目に遭わせたくはないけど、自己責任でなら同行することも許可してあげるそうよ~」
「よし、それなら僕は「ダメです」
僕の返事は、萌木さんによって遮られる。
「杉山さんはもう少し休まないとです。今無理して、大事なときに支障が出てはいけませんから」
「でも、急がないとイロハが」
「だから、その時にダメになったらダメなんです。はい」
萌木さんが小指を差し出す。敵わないなぁと思いながら、僕も小指を出す。そして指と指を絡めた。
「約束です」
「うん、約束」
指を離す。
するとどこからか、木の揺れるような音が聞こえてきた。
武器を持ったオクトパ人が警戒態勢に入る。音はだんだんと大きくなり、全方向から響いてくる。
「襲撃か!?」
『いや、しかしそれにしては敵意が……ちょっと待ってくれ』
ゾウの感覚が薄れる。数十秒ほどで、またゾウが戻ってくる。
『朗報だ。どうやら“島”に、僕達を襲う気はないらしい。ロゼ氏、こちらの武器を下ろしていただけないだろうか』
「あら、本当に信じていいものなの~?」
『ああ、オタクに優しいギャル概念好きに嘘つきはいないよ』
あの短時間で何を話してきたんだお前は……。
「ゾウがそこまで言うなら、信じる価値はありそうね~」
ロゼが肌の明滅で仲間に指令を出すと、しぶしぶという感じでオクトパ人は武器を下ろす。それに追随して、森のざわめきが収まる。
そして代わりとばかりに、一匹のサルが茂みから現れた。
「いやーあんがとなゾウはん! オクトパの人らだけで話通じんもんやと思ってたさかい、言葉話せるもんがおって助かりましたわ!」
ここが新喜劇かバラエティのひな壇なら、僕は盛大に崩れ落ちていたに違いなかった。
「お猿さんが、喋ってますわ……」
「なんや嬢ちゃん、喋るサル見んの初めてかいな? 亀が喋ってんのにサルが喋らん道理なんてありまへんがな」
「いえその、人の言葉を介するサルがいるのは知っていましたが、まさか関西弁だとは思ってなかったので……」
「なんやそこかいな! まぁ、確かにこの島でもここまでこてこてに喋るもんはようけはおらんし、わてが特殊っちゅうのもあるな!」
「そ、そうなのですか……」
萌木さんが完全に気圧される。
『それで小隊長殿、僕らを案内してくれるというのは本当かね?』
「ああ、もちろんでっせゾウはん。ちぃと手荒い歓迎になってしまったぶん、丁重にご案内させていただきますわ。飛行船の方も、わてらで修理させてもらいます」
がさごそと茂みが揺れる。話していたサルの後ろや色んなところに、たくさんのサルが現れた。よくよく見てみると、中にはパンダやオラウータンも紛れている。
「――これは、どういうことだゾウ?」
『最初に言った通りさ。彼らに敵意はないということだよ』
「そういうことですわ。ほら、修理に関わらん人らはわてに付いてきなはれー」
サルがまた茂みに消えていく。
僕は萌木さんやロゼと顔を合わせて頷き合い、その赤い尻を追った。
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