6/10 「桃太郎フラグメント-4」

 桃太郎が桃より生まれて、三月程の時が過ぎた。大桃に季節は存在しない。公家くげの庭木の桃が鮮やかに色づくのと同じくして見つかるものがあれば、人の腰ほどまでに雪の積もる山奥から流れてくるものもある。大桃を見つけた折に梅の花を咲き乱れさせていた山は、見上げれば林冠を緑に覆うようになっていた。


「ポチさん、マサルさん、ただいま戻りました」


 小屋の引き戸が開けられる。

 そこに立っていたのは華奢な少年だった。まだあどけなさはあるが、その整った鼻筋や活力の溢れる瞳は端正な顔立ちに育つことを確信させる。伸びた髪を後ろで結び、服は藍染めの質素なものを身につけている。背には籠を背負っていて、中には溢れんばかりに山で掻き集めてきた柴が入っていた。


「おぉ、おかえり桃太郎」


 柴刈りから帰宅した桃太郎に、マサルは作業の手を止めて顔を上げる。


 ポチとマサルは、桃太郎をすぐには都に連れて行かないことに決めていた。理由としては大きく二つで、生まれたての赤子をすぐに都まで連れて行くのは緊急の時に対応しきれないと判断したことと、そもそも本当に帝の望む予知の力を宿した桃太郎なのか、確信がないからであった。

 前者に関しては、既に問題が無くなったといえる。無い乳の代わりととりあえず割れた桃を少し潰して果汁を飲ませてみれば、それだけで赤子は元気に育った。一週間もすれば固形物も少しずつ食べるようになり、尋常でない成長速度をもって、百日と経たずに五歳児とも見える姿に成長していた。


 既に普通の人の子でないことは確信されるところだったが、後者の憂慮――予知能力については未だはっきりとしたことが言えないままでいた。

 かつてとある武士が農民の子を攫い桃太郎フラグメントだと偽って帝に献上し、あえなく嘘だと見抜かれ領地を奪われたという話もある。もしこの子が本当に桃太郎フラグメントだとしても、万一予知能力が無かったらどうされるのか分かったものではない。少なくとも表面上はそのような理由で、二人は桃太郎を帝に献上するのを先延ばしにしていた。


「あれ、ポチさんはいないのですか?」


 見た目よりもはきはきとした口調で、桃太郎はマサルに問う。


「あぁ、ポチさんはちょっくら人里まで用があってな。日が暮れるまでには帰ってくるはずさ」

「人里?」

「っ……まぁ、色々物が売ってる場所さ。桃太郎も、そのうち連れてく時が来るよ」

「ふぅん……マサルさんは何をしているんですか?」

「俺? 俺はちょっと勉強だよ」


 そう言ってマサルが桃太郎に見せたのは、紐留めされた一冊の本である。表紙には毛筆で「猿でも分かる! 反重力航空力学応用論」と綴られている。


「こっちに来てサボっちゃってたから、その埋め合わせさ。桃太郎が色々手伝ってくれてるおかげで、こうして俺も色々できるよ。本当ありがとうなぁ」

「いえ、お二人を手伝うのは当然のことですから」

「そっか、当然ときたか! コノヤローどこまでも良い子でいやがって、頭撫で回してやる!」


 マサルは素早く近寄り、桃太郎の頭を髪が乱れるまで撫でた。「やめ、やめてくださいよ」とは言うが、桃太郎もまた嬉しそうに目を細めていた。


「……何やってんだ、お前たちは」


 そんな二人の背後に、いつからか背に膨らむ風呂敷を背負ったポチが呆れ顔をして立っていた。


「ポチさん!」


 背に背負っていた籠を降ろし、桃太郎がポチに駆け寄る。そのままポチの白く柔らかな毛に抱きつき、そのもふもふを堪能し始める。まだ桃の汁しか飲めなかった頃から、桃太郎はポチのその毛並みをいたく気に入っていた。今でも寝るときには、ポチに触れていないと眠れずにいる。

 そのもふもふされるポチといえば――まんざらでもない表情。



 二人がなかなか桃太郎を都に連れて行かずにいる、一番の理由。

 それは単純に、情を抱いてしまったからであった。

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