6/9 「桃太郎フラグメント-3」

 山の端が夕焼けに燃える暮れ、ポチは山を下って小屋へと戻っていた。小屋はかつて人間の猟師が泊まり込むために作った、囲炉裏を囲む六畳程度の板間と、簡易な炊事場だけを備えた簡素な作りである。蝋燭の明かりに薄暗く照らされる部屋で、ポチとマサルは無事に運んできた大桃を眺めていた。

 しかし、両者の表情はあまり良いものではなかった。


「なぁ、ポチさん」

「なんだ」

「アンタどんぶらこするとき、大きさは四尺くらいって言ったよな?」

「あぁ、そのはずだが……」


 吹き込む風に影を揺らすその桃は、ポチが最初見つけたときは確かに報告通りの大きさをしていた。

 しかし、どういうわけか。

 二人の目の前にある桃は、明らかに横幅が五尺を超えていた。


「大桃って、流れてる間にデカくなるもんなのか?」

「いや、そんな話は……少なくとも、私が見つけた中ではそんなことが起きたことは――」


 ポチが言い終わるか否かのタイミング。突如としてカタカタと、蝋燭を立てる白磁の皿が音を立て始めた。二人は何事かと部屋を見渡す。地震にしては、地面からの揺れを感じられない。なら原因は何か――再び大桃に視線を戻したポチとマサルは、その震動の正体が目の前の大桃であることに気が付いた。


「ななななななんだこりゃあ!?」


 マサルが驚愕に口を開ける。さらにその次の光景には、その顎が危うく外れかけることになる。震える大桃が、目に見えるスピードで徐々に膨張し始めたのだ。

 見たことのない現象に、おびえたマサルはポチに腕を回して抱きつく。普段なら鬱陶しいと首を振り回すポチであるが、この時ばかりは大人しくマサルに捕まえられる他なかった。

 振動が治まる。目の前の桃は自在鉤を吊す梁までその高さを増し、横幅も優に六尺は超えるほどに変化していた。


「「……」」


 二人はただ呆然と、くっついてその巨大な桃を見上げる。入れるときですら玄関の戸を外さなければいけなかった大きさの桃は、もはやそのままでは小屋の外に出せないだろう。

 遅々としてポチがマサルの腕から首を抜く。その首を通した穴の大きさと目の前の桃をもう一度見比べ、マサルはおびえ気味に口を開く。


「な、なぁポチさん。これってもしかして」

「あぁ、間違いないだろう」

「「フラグメントだ(!)」」


 それはまるで、二人の言葉が引き金であったかのように。

 桃が果実全体から月光のような白い光を放つ。表皮が波打ち、どくどくと鼓動のような音が小屋の中に響く。



 ぱっかーん。



「おぎゃああああああ!!」



 縦に割れた桃の中から、耳を刺すような産声があがる。

 硬い内果皮の殻を揺り籠にするようにして、その声の主がゆっくりと床に降りる。それと同時に、果肉の放つ目映い光は徐々に弱まっていった。

 ふたたび蝋燭の明かりだけに戻った小屋には、状況に頭の追いつかないポチとマサル、真ん中で綺麗に割れた大きな桃、そして、止む気配のないおぎゃあおぎゃあという泣き声だけだった。


 恐る恐る、二人はその泣き声のする殻を覗き込む。

 顔をくしゃくしゃにして泣くのは、一糸まとわぬヒトの赤子であった。


「この子が――桃太郎」


 引け腰になりながら、マサルが手を赤子に伸ばす。暴れないのを確認して、そのままそっと抱きかかえた。小柄な猿であるマサルは、バランスを崩しそうになる。その背を、ポチは尻尾を回して支えた。


「あぁ、ありがとうポチさん……」


 厚手の木綿布に包み、揺らしてあやしつける。赤子が静かに寝息を立て始めたのは、蝋燭が半分以上まで溶けた頃だった。再び最初の桃の殻に赤子を戻し、二人は大きなため息をついて床に伏す。笑みを浮かべながら、マサルはポチに問い掛ける。


「で、この子はすぐに都まで連れてくのかい?」


 そこまでの算段を、ポチは深く考えた事がないことにその時初めて気が付いた。

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