6/7 「桃太郎フラグメント-1」
世界人口を半減させ、かのゾウの悲劇をも生んだ「鬼ヶ島大戦」より一世紀以上前――それはつまり、鬼ヶ島が鬼より生まれ出でて産声をあげるより幾分か昔のことである。
その個体はかの鬼ヶ島を育てた個体より五代ほど遡った、先祖にあたる犬である。名をポチという。ポチはその親の代より、朝廷の命でこの山に足を運ぶ一介の武官であった。麓にある家に同僚であるところの猿と住まい、日々勅令を実行している。
ポチに与えられし任は、この山に現れるとされる、かの存在を見つけることであった。
山の谷間を流れる沢を見つけると、ポチはその人には到底真似出来ぬ軽快な動きで枯れ葉を上げながら駆け下りる。沢には、水の流れの高さに一本の竹を渡してある。丸石に跳ね上げられた水がその表面を濡らし、隅では流れていた葉が引っ掛かり塊をつくっている。
(――いた)
竹に留められしものの中で格段に目を引くそれを、ポチは確認する。
ポチが見つけしそれは、彼の体躯よりも大きい桃であった。
* * *
かつてその国に在りし朝廷は、その秀でた科学力で周辺諸国を事実上の属国とし、尽きぬ人員と資源で目まぐるしい発展を遂げている最中であった。
この世の全ての贅沢を手中におさめた時の
この望みに応えるため、国の内外を問わず様々な者が集められた。祈祷師、天文学者、数学者……選りすぐりの知性が未来を視るという無理難題のためにその英知を費やし、叶えられぬとなればその首を落とされた。
やはりこの世の全てを手に入れようと、未来は決して
かの者は、名を
タオは自身が哲学者であり、さらに生物学者であると述べた。
「陛下よ。私こそがあなた様の願いを叶えて差し上げましょう。私にかかれば未来を当てることなど造作もございませぬ。何せこの私そのものが、未来より現れし者なのですから」
タオの言葉を家臣たちは眉唾物だと断定したが、事は彼らの想像通りには運ばなかった。彼が予言した国内の作況と飢饉、天文現象が全て、寸分の狂いもなく的中したのだ。
からくりを申せと命じた帝に、タオはにんまりと笑いながら答えた。
「陛下は、生き物のからくりにも通じていると存じます。ならば動物の体が大きくなる仕組みも、細菌が一つから二つへと増える仕組みもご存じだと思われます。そう、細胞です。細胞が増えるからこそ、生物は子孫を残し繁栄することができるのです。そしてその細胞が増える時にまた、遺伝物質である核酸の二重らせんも増幅されるのです……ああ陛下よ、私は今ここで、陛下こそがこの世界の中心であることに異を唱えなければなりません。勿論陛下が我々の頂点に立たれる
タオの無礼を、帝は許すことにする。それを踏まえた上で、タオはさらにこの世界を構成する機構について論じた。
タオは、この世界もまた一つの遺伝存在を基に、成長と増殖を繰り返すものなのであると語った。そしてそれはさながら、生物のDNAが複製されるがごとく行われるのだと言った。
遺伝物質としてDNAを持つ生物は、その複製を5'側から3'側に連続的に伸長するリーディング鎖と、3'側から5'側方向に断続的に伸長するラギング鎖によって行っている。
この連続性と伸長方向が、そのまま時間の概念と一致するのだとタオは述べた。
我々の今存在するこの世界は、その
そしてこの世界が時間的に連続したリーディング鎖であるとということは、
「その断続的存在こそが、この私というわけでございます」
遠い未来でかの国の研究者・岡崎令治が発見したことにより「岡崎フラグメント」とも呼ばれることになるそのラギング鎖断片になぞらえて、タオは自身のような存在を「桃太郎フラグメント」と命名した。
タオはさらに論ずる。桃太郎フラグメントは自分以外も必ず存在し、それを見つけ出すことこそが、この世界の未来を知るただ一つの術であると。
「私が陛下に教えられる未来はあと十年先まで、さらに私が陛下に助言できるのは長くてあと三年でございます――陛下よ、未来を知りたいのなら探すのです。私以外の、桃より出でたる『桃太郎フラグメント』を」
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