6/4 「ゾウ 転生編-3」

 最初に入ったのは、男子高校生が一人で入るにはハードルの高いゴスロリ系の衣装を扱う店だった。店員の「どうしてコイツ入ってきてんだ?」という眼差しが痛かったのと、単純にどの服も僕の予算を軽々と超えていたのでそそくさと退散する。


 やっぱり、男がいても不自然じゃないところ――というわけで、僕達はユニがクロしてるような大手のショップで探すことにした。


「うーん……やっぱり最初は、ユニセックスな服程度にしといてウィッグとメイクで頑張る方がいいのかな」

『まぁ、それも悪くないだろうね。少年は身長もそこまで大きくなくて華奢だし、顔つきもわりかし女っぽいからそれっぽくまとまるはずだよ』

「女っぽい、ねぇ……」


 彼の言うように僕の外見は男らしくなく、小学生の頃はそれでからかわれる事も少なくなかった。それが嫌で、男らしいことをしてやろうと荒れていた時期もあったのも事実だ。


 もし女装に興味を持っていなかったら、僕は今自分の容姿のことをどう思っていたのだろう?


 それも自分だから分かる。きっと、自分の見た目が嫌いで嫌いで仕方なかったに違いなかった。


「もし、お前のせいでさ」

『ん?』

「お前のせいで、僕が女装に興味を持つことになったんだとしたら……僕は、君にありがとうって言わなきゃいけないのかもしれない」

『なんだいいきなり、イカ臭いこと言い出して』

「下ネタでしか返せないのかお前は?」


 感傷的になっていた気持ちが一気に冷める。


 それがどうしてか、僕の心を軽くした。


『僕に恩返しがしたいなら、黙って最高の男の娘になってくれればそれで十分だよ』

「ハードル高いなぁ」


 僕の女装を認めてくれるヤツが、場所はともかく確かにいるということ。


「……でも確かに、やるなら本気でやらなきゃだ」


 それがとんでもなく嬉しかった。



  *  *  *



『驚いた……少年、ホントにメイクは初めてかい?』


 男子トイレの個室。手鏡を洋服掛けに引っ掛けてメイクをする僕に、彼は驚いた声を漏らす。


「まぁ、ネットのメイク動画とかを見て勉強はしてたよ。口元はマスクで隠せるから、目元と眉だけそれっぽくできればいいはずだし」


 付け睫毛をして、マスカラをする。暖色系のアイシャドウを入れて、眉はウィッグの色に合わせて細めに描く。あとはマスクの下のファンデーションなりリップなんかをそれなりに施す。


「あとはウィッグを被って、と」


 追って購入したウィッグはダークブラウンのセミロングで、肩までより少し長いくらいのもの。


「どうかな……?」


 そうして見た自分に、我ながら一瞬息をのんでしまった。

 鏡に映るのは、さっきまでの自分ではない。

 人生の新しい道を一歩踏み出した、一人の少女おとこの姿だった。


『……』


 彼の反応は、言葉にしてもらわなくても分かる。花柄のロングスカートの下で、僕の万葉集がますらをぶりを発揮していた。


『すまない、性癖なもので』

「はぁ……最悪だ」


 まぁ、嘆いたところで変えられるものではない。

 脱いだ服やコスメをバッグに詰め、僕は外を窺いながら個室を出る。

 そうしてそこで初めて、僕は洗面台の大きな鏡で自分の姿を見た。


 肩より少し長いくらいの、ふわりとしたセミロングの髪。上は白のゆったりとしたシャツの上にデニムジャケットを羽織って、男の肩幅をカモフラージュするコーデ、シャツの下には、ゾウたっての希望によりパット入りのブラも付けてある。そして下半身は、花柄の可愛らしいロングスカートと、白のソックスにスニーカー(ホントはヒールが良かったけど、自分に合うサイズでめぼしい物がなかった)。


 マスクを付けているから映らなかったけど、僕のルージュを引いた口元はすっかり笑顔だった。


『……おじさん、少年にはなまるあげちゃうわ』


 どうしてかいきなりオネェ口調になったゾウさんをスルーしつつ、僕はそそくさとトイレから抜け出る。

 昨日までの僕になかった、なんでもできそうな自己肯定感が全身にみなぎる。


「少しだけ……お店見て回ろうか」


 新しい自分で、一歩を踏み出す。

 スカートが風になびく感覚が、とても新鮮で心地好かった。

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