5/22 「ノート」

 廊下に、一冊のノートが落ちている。


 アタシはそれを拾い上げる。

 まだ新しい、使い始めのノートのようだった。表紙に何も書かれていなくて持ち主が分からなかったので、中味を確認することにした。


「……」


「……」


「……」


「…………官能小説やないかい!!!」


 それはもう、ものスゴい勢いで廊下に叩き付けてしまった。

 あれ、気のせいかな? やけに写実的なBL小説が書かれていた気がするぞ? そんなものが、こうも高校の廊下に不自然に落ちていていいのか?

 間違いかもしれないので、もう一度確認する。


「……」


「……」


「……」


「……やっぱり官能小説やないかい!!!」


 読み間違えでなくバリバリにまぐわっておったわ……。


「しかしまー、いかにも遠藤が好きそうなやつだな内容だったな……もしやあいつ、とうとう二次元でもイケるようになろうと自分で書き始めたのか?」


 ノートの端を摘まみ持ち、ぶらぶらと揺らす。ショタコンのアタシからすれば、こんな男子高校生のBLなぞ汚物でしかなかった。まったく、陰毛の生え時が男の失せ時だと何度説明すれば分かってくれるんだあいつは。


「――あら、草薙さん?」

「ひぃ!?」


 完全に気を抜いていた。

 急に背後から聞こえてきた声に、アタシはノートを放り投げてしまう。慌てて振り返ると、そこには2組の萌木萌々もえぎ もえもえが教科書を胸に抱いて立っていた。

 萌木は、アタシの友人である遠藤のルームメイトだ。腰までに伸ばした黒髪は枝毛の一つもなく、指先に至るまでの立ち振る舞いに気品がある。ただ目立つほどのオーラを纏うまでではなく、教室の隅でこぢんまりと座る、人形みたいな子である。

 アタシは落としたノートを慌てて拾った。


「あっ、私のノート!」


 そのノートを見ると、ぱぁっと萌木の表情が明るくなった。


「……え"」


 これが? 萌木の? この甘口カレーライス(隠語)が? もしや遠藤のやつに毒されたのではあるまいな?

 そんな逡巡する私の手からノートを奪い、萌木はほっと息をつく。


「はぁ……生物の授業に行ってから見当たらなくて困っていましたの。見つけてくださってありがとうございます」

「あっ、そう……あのその、アタシ中味、読んじゃったん、だけど。萌木はその……(BLとかそういうのが)好きなのか?」


 隠しておくのもあれなので、私は正直に話す。

 よくない反応が返ってくると思っていたのだが、萌木の表情は明るいまま――むしろ嬉々としていた。


「? ええもちろん、(遠藤さんのことは)好きでしてよ」

「おお……そっか……」


 そう屈託なく言われると、正直引く。


「んじゃ、アタシはこれで」


 これ以上話してもアタシが辛くなるだけだと判断したので、アタシは教室に向けて踵を返す。


「――あの、待ってください!」


 しかし萌木が、それを引き留める。

 振り向くと、萌木は少しばかり真剣そうな顔に変わっていた。


「草薙さんは、遠藤さんとは小学生の頃からの仲だとお聞きしています」

「まぁ、たしかにあいつとは腐れ縁だが。遠藤がどうかしたのか?」


 ルームメイトとして、何か相談したいことがあるのだろうか。BL以外なら答えてやらんこともなかった。

 ぐっと俯き、萌木は少しの間言葉を探す。

 そして紡いだ言葉を、彼女はアタシに投げかけた。


「遠藤さんには何か、BL以外の性的嗜好はあるのでしょうか!?」


 いやBL以外だけど答えれないやつやないかーーーーーーい。





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