第4話 踏み入れてはいけない場所

 馬車はようやく山道を抜け、現在は草原を走っていた。

 辺りは花畑で、さっきとは景色が違いすぎて不思議に思うぐらいだ。


「山道を抜けたらいきなり花畑か。重苦しい気分から一気に解放される気分になれるのはいいけど。」

「素敵な花畑ね。少しお花を持って帰りたいぐらい。」


 アリルは笑みを浮かべ、花畑を見つめている。それに釣られハルタとエレナもつい頬が緩む。


「あ、あがっ!?」


 和やかな時間が終わり、頭痛がハルタを襲う。


「こ、これは……久しぶりに来たな!」


 ハルタを襲う頭痛の正体はオートフィール。未来のハルタのピンチを教えてくれる魔法だ。


 ハルタは目を閉じ、来たる未来を見る。




 何も見えない。


 そこから徐々に視界が開けていき、ぼやけているがなんとか見えるようになって来た。


 俺は空を見ていた。


 何か揺れを感じながら、真っ青な空を見つめる。でも、この揺れはなんだ?俺は何かに乗っているのか?


「ハルタ!!」


 アリルの悲痛な叫びを聞いたその瞬間。俺は吹き飛ばされ宙を舞った。なんとなくだが、分かる。


「ぼふっ!がっ!!」


 受け身も取れないまま、地面に放り投げなれ、俺は血を吐きながら何度も地面の上を転がる。


 ようやく勢いが無くなり、見えて来たのはのは、綺麗な花畑だった。それなのに。何かがおかしい。


 色取り取りだった花達が全て真っ赤に染まっていたのだ。


 左腕の感覚がおかしい。

 ハルタの意識とは勝手に首を動かし、左腕を見ようとする。


 駄目だ。その先は……。見てはいけない気がする。


 だが、未来のハルタはそれを無視し、見てしまう。


「あ、あ、あああぁあぁぁぁああっっ!!」


 その光景に叫びそうになったが、未来の自分が先に叫び、おかしなことに少し冷静になった。

 痛い。痛いのに。他人事のように感じてしまう。


 そして地面の揺れを感じ、ハルタは上を見上げる。


 そこには花が咲いた大きな獣が立っていた。




「–––––はっ!?」


 意識が戻り、辺りを見渡す。

 当たり前だがアリルもエレナもいる。


 左腕も、ちゃんとあるな。


 荒い呼吸をしていると、アリルが心配そうな表情でハルタを見つめる。


「何か嫌な未来を見たの?」

「花が咲いている獣って知ってるか!?」


 つい、大きい声で聞いてしまう。


 最後に見た光景に映った獣を思い出す。

 体に明るい色の花が咲いていたが、それとは反対におぞましい姿をしていた。思い出すだけで体が震えて来そうだった。


「花が咲いている獣?」

「……まさかっ!?」


 アリルが首を傾げていると、エレナは何か恐ろしい者を思い出したかのような顔をする。


「知ってるか!?」

「はい。おそらくハルタ君が言ってるのは花豚と呼ばれる魔獣でしょう。」

「花豚……。そいつが。」

「その花豚と言う魔獣は、今回見た未来と何か関係があるのね。」

「あ、あぁ。その時の俺は、ボロボロで意識が朦朧だったから確信出来ないけど、花が咲いた魔獣に馬車を壊されていた。」


 推測を立て、見た未来を話す。

 それを聞いたアリルとエレナは動揺を見せていた。


「なぁ、花豚ってのはどういう場所にいるんだ?」

「–––––花豚は花畑に生息し、普段は地中に住み着き、花が咲いている背中だけ、地上に出して擬態しているそうです。」

「–––––って事は、ここは花豚にとって理想の生息地って事じゃないか!!」


 来てはいけない所に足を踏み入れてしまった。

 ハルタは急いで立ち上がり、御者の方へ向かう。


「おいあんた!悪いけど、この花畑を抜けるまで飛ばしてくれないか!?あんたと、俺達の命がかかってるんだ!!」

「え、えっ!命!? な、何がなんだかわかりませんけどわかりました!」


 未だ理解が追いつかないようだが、御者の説得に成功し、勢いが上がる。


「これでなんとか変わってくれると嬉しいけ………どっ!?」


 再び頭痛がハルタを襲う。


「……またかよ!」


 ハルタは目を閉じ、未来を見る。




 前回とは違い、意識ははっきりしていた。


 俺は花畑に突っ立っており、ただ、目の前の光景に、唖然としていた。


「あ、ああぁ………!」


 掠れた声を出し、目の前で倒れている二人の少女を見る。


 腹部を貫かれ、大穴が空いたエレナ。

 象に潰されたスイカのように、頭を潰されているアリル。


 膝をつき、ハルタは涙を流す。


 そして倒れたアリル達の向こうにいる獣がこっちに向かってくる。

 五秒程の時間をかけ、ハルタの目の前に立つ。


 今のハルタは衝撃を受けすぎて、もう立てなくなっていた。


 そして、目の前にいる獣……花豚は。



 べちゃん。




「があああああああああああぁぁぁっっ!!」


 頭を抱え下を向き、泣き喚く。


「嫌だ!嫌だ!!もう嫌だっ!!」

「ハルタ!?ハルタ!落ち着いて!!」

「あ、アリル?」

「そう。アリルよ。ハルタ落ち着いて。」


 頭を上げ、アリルの顔を見た瞬間、あの光景を思い出してしまう。


「ぶ、ぶぼぇ!!」


 猛烈な吐き気がハルタを襲う。

 ハルタは立ち上がり、急いで窓を開け、外に顔を出す。


「ぼ、ぼぶぇっ!」


 胃液を吐き出し、喉がヒリヒリする。

 全て吐き出すとハルタは窓を閉じ、席に座る。


「ハルタ君。落ち着きましたか?」

「あっ–––。あぁ。」


 エレナがハルタの目を見て話す。それを見たハルタは一瞬、大穴が空いた未来の姿を浮かべてしまったが、すぐに消し去るように、頭を振る。


 溜まったものをぶちまけたおかげで、少しは冷静になれた。だが、もう一度思い出そうとすると、頭がおかしくなりそうな程、追い詰められていた。


「聞かなくもハルタの反応でわかったわ。……この状況をどう対処するべきか。」

「そうですね………。ひとまずはハルタ君を休ませておいて、二人で対処を––––。」

「やめ……ろ。」


 ハルタは無意識にエレナの腕を掴み、呟いた。


「何も……するな。何もしないでくれ…………。」


 縋りつくように頼む。


 二人が何かしようとすればみんなは死ぬ。

 何もしなければ変わらずみんなは死ぬ。



 この絶望的な状況の中、ハルタは頭を抱えるしか出来なかった。

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