第2話 小さい頃の記憶

 出発から五日が経ち、長い旅も半分を迎えていた。


「夜以外はずっと馬車の中だから流石に疲れて来るな。いろいろと。」


 馬車の席はハルタの隣にエレナが座り、正面にはアリルが座っている。

 寝転がりたいが、そんなにスペースもなく、旅に慣れていないハルタにとっては辛い時間であった。




 夕暮れになり、今日の移動はここまでになり、ハルタ達を乗せた馬車は、小さな町に止まる。


「今日はここまでね。この後はどうする?先に宿に行くか、ご飯を食べるか。」

「うーん。俺は先に宿に行って寝るよ。二人は俺の事は気にしないで好きにしてくれたらいいから。」

「どうしたんですか?どこか具合が悪いんですか?」

「ただ旅に慣れてないだけだよ。気にしないでいいよ。」



 大丈夫、大丈夫と言いながらハルタは宿屋に向かう。

 昨日は町に着く事が出来ず、野宿となった為、普段ふかふかのベッドに寝慣れているハルタには辛いものだった。


「ベッドって最高なんだな。」 


 当たり前のありがたさを異世界に来て何度味わっただろう。

 そんなありがたさは失ってからじゃないとわからない。


 ハルタはため息を吐き、その後宿屋を見つけ、一晩を終えた。




 ***


 海堂春太と言う人物は昔から人より優れた能力を持ってた。


 何をやっても一番を取り、何でも出来る。


 小さい頃、春太は自分は他の凡人とは違うと自覚し、優越感に浸っていた時もあった。


 だが、その差を見た人の中には劣等感を抱き、逆恨みをする人がいた。


 春太はそんな人物をとことん無視し、たとえいじめレベルの嫌がらせをしても、先生に訴え、解決をしてきた。


 他人の気持ちを考えようともせず、春太は自分さえ良ければそれでいいと考えていた。

 他人の気持ちは考えてはいなかったが、みんなが羨ましがってる事だけには気づいており、羨ましさが妬みになり、嫌がらせをしてくる事が滑稽で心の中では笑いが止まらなかった。



 そんな性格もあって、春太について来る者はだんだんと減り、いつの間にか二十人ほどいた春太のグループは中学生になる頃には三人までに減っていた。

 その人物達も才能がある者だが、春太も知らないうちに不良になっていき、春太から離れて行った。


 独りになった事でようやく気づいた。他者の心を知る必要があると。


 そして春太は–––––。




 ***


「あっ–––––。」


 ハルタは上半身だけを起こし、辺りを見渡す。

 知らない部屋で知らないベッドの上に座っていた。

 二秒程の時間をかけて、今の状況を思い出す。


「そっか宿屋か。ここ。」


 昨日は疲れのあまり、宿に着くとすぐに寝てしまい、記憶が曖昧になっていたのだ。


「––––––はぁ。なんで今になって昔の事を思い出すんだろうな。」


 ハルタがまだ、誰よりも凄い海堂春太だった頃。みんなから憧れられて、後に嫉妬の対象になった海堂春太。


「あの頃はほんと自分の事しか考えてなかったよな。」


 自分さえ良ければそれでいい。と本気でそう思っていた。今のハルタにとっては恥ずかしくて堪らない過去だ。


「高校に入ってからは、上手く馴染むのに苦労したよな。」


 中学生を卒業後。知っている人がいない高校に入り友達作りに励んだ。

 だが、周りから寄って来る事が多かった春太にとっては難しい課題であり、困難を極めた。


 みんなと同じぐらいまで身体能力や学力も下げたのだが、誰も話しかけてはこなかった。

 みんなと同じぐらいになれば友達が増える考えていた春太は悩んだ。


 そして春太がたどり着いた結果は。


「いろんな奴に筆記用具を借りるって言う口実でみんなに近づいたっけな。」


 他の奴が忘れた場合は俺が積極的に貸してたな。


 頼り、そして頼られる事で少しずつ仲を深めていった。

 仲良くなり、そこから更にいろんな人とも親睦を深めた。


 昔みたいな憧れの海堂春太では無く、一人の友人 海堂春太として、みんなの隣に立つ事に出来たのだ。


「そうやって仲良くなった奴とも、もう……会えないんだろうな……。」


 苦い笑みを作り、友人の顔を思い出す。


 友人だけじゃない。海堂春太と言う一人の人間を生み出し、愛してくれた両親とも、もう会えない。


「………寝起きで泣けてきた。–––––会いたいな。父さん。母さん。」


 自然と涙が溢れ、ハルタは父と母を呼ぶ。

 だが、返事は返って来ない。わかっている。わかっているが、胸が苦しくなる。


 理不尽な形で両親との別れを遂げた。


 今頃、父さんと母さんは何をしてるんだろう。俺の事は心配しないでくれると助かるんだけどな。


「なわけ無いよな。」


 きっと心配をしているだろう。愛した息子が突然行方不明になったんだ。それで心配しない親は親失格だ。


「俺、異世界でいろいろあるけど元気でやってるよ。」


 ハルタ以外誰もいない部屋で誰かに語るように呟く。

 この言葉が両親に届かないとわかっているが、それでも口に出したかった。


 ハルタは頭をぶんぶん振り、笑みを作る。


「よし、起きるか。」



 長い時間をかけ、ハルタはようやく体を起こした。

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