第3話 魔の襲撃

 魔獣。それは魔人によって生み出された害獣。 

 奴らは町より少し離れた森や草原に生息し、旅人を襲う。

 人に忠実な使い魔とは違い、魔獣は人には操れない。魔人以外には。


 その魔人はとうの昔に封印され、指示する者はいなくなり、魔獣は次々と繁殖し、人類を脅やかす存在となった。


 そしてその魔獣が今。


「ま、魔獣が町に現れた!!」


 この町。ハイエル王国に現れたのだ。


 町の人々はこの声によりパニックになり、逃げ惑う。


「おいおい!魔獣ってやばい奴なんじゃねーの!?」


 ハルタは焦りながら隣の少女に聞いてみる。


「う、うん。でも大丈夫!私があなたを守るから!」

「ぐっ……立場が逆なの?」


 ハルタがこの状況の中、苦笑していると建物の角から何かが現れる。


 一言で表すなら人より大きな狼だった。

 数十体の群れで行動しており、ハルタ達のもとへ走って来ているのがわかった。


「やばいって……!逃げようぜ!!」

「私を置いて先に逃げて!!」

「–––––女の子を置いて逃げるわけには行かねぇーだろ!!」

「えっ!?」


 ハルタは少女の手を握り、走り出す。


 平凡なハルタでも少女を見捨て自分だけ逃げるなんて出来なかった。


「––––ちっ! ……もう体力が切れてきた………情けねぇ!」


 ハルタの体力が減り、走るスピードが遅くなって来ると、少女は立ち止まり、魔獣に手を向ける。


「おい!逃げ––––!」


 逃げるぞ!と言おうとしたハルタの口が止まった。

 ハルタの目に映ったのは少女の手のひらから巨大だ氷の塊が生成されている所だった。


「はっ–––」


 少女は手を左右に広げると氷は粉々になる。

 その様子を見たハルタは無意識に言葉を漏らした。


「–––魔法。」


 男なら一度は憧れるだろう魔法。それを目の前の少女がやっているのだ。


「やっ!」


 少女は再び手を魔獣に向けると、氷の破片が魔獣に向かって飛んでいく。

 氷は魔獣達に突き刺さり、泣き喚く。


「す、凄い……」


 やがて、狼の魔獣は絶命し、ハルタは眺めていただけで脅威は去った。


「………」


 脅威は去った。それなのに少女は黙り込む。


「凄いな!さっきの!!」

「……えっ?」


 ハルタは素直な感想を述べると、少女は一瞬、何を言ったのかわからないような顔をし、ようやく言われた言葉を理解する。


「氷の魔法だろ?凄いなぁー。あんだけいた魔獣を一掃するなんて。俺もババっと魔法を撃って見たいな……。」

「………」

「あっ、そう言えば凄い今更だけど名前なんて言うの?」


 少女が反応に困っていたようなので、ハルタは少し気遣い、話題を変えてみた。


「私は……アリル。アリル・スーベル。」

「アリル……。いい名前だな!」


 ハルタは笑顔でそう答えると少女––––アリルは更に困った素振りをする。


「私の事、知らないの?」

「ん?さっきも言ったけど俺、記憶無いんだ。今の言い方だとアリルって人気者とか何か?」

「………」

「言いたく無いならいいや。それじゃあ俺も名乗ろうか。俺の名前は––––。」


 海堂春太。そう名乗ろうとした時。アリルの後ろ。ハルタの正面に魔獣の生き残りがこっちに向かって来ていた。


 きっとハルタがアリルに知らせて魔法を撃ってもらうには時間が足りない。そう直感したハルタは、


「ぐっ–––!」

「どうしたの? ––––えっ?」


 アリルの後ろに周りこみ、アリルに噛みつこうとした魔獣の牙をハルタの右腕で防ぐ。


「があああぁぁぁぁーーーッ!!」


 牙がハルタの右腕に食い込んでいく。肉を貫き、やがて骨にまで到達すると、軋むような音が鳴った。


「あっ––––はっ!」


 アリルは何がどうなってるんだと状況の理解に少し時間を使いようやく理解したアリルは、手から炎を生成し、魔獣を焼き尽くす。


「痛ってーー!?」


 魔獣は消滅したものの、大きな歯形が付き腕からは血が溢れ出ていた。


「な、なんで私を守ってくれたの?」

「……ん?逆に聞くけど普通見捨てるか?」

「で、でも–––!」

「そういえばまだ名前を言ってなかったよな。」


 ハルタはニッと笑い、手を天に掲げる。


「俺の名前はカイドウ・ハルタ!!君を救ったヒーローの名前だ!」


 ハルタは爽やかな笑顔を見せつけ、腕の痛みを耐える。


「私。アリル・スーベルだよ?みんなに妬まれ、嫌われてる………。」

「そんなの知らねーよ。なんで嫌われてるのかは知らねーけど、君は見ず知らずの俺に大金を渡そうとしてくれた。」

「–––––」

「俺の中で君はいい人だ。」

「–––––っ!」


 アリルに今の言葉が響いたのか、彼女の目には少し涙が溜まっていた。


「嫌われてようが妬まれていようが気にすんな。みんな羨ましがってるって大きい心で割り切れば気持ちは楽になる!ソースは俺な?」

「そ、ソース?」

「あっ、料理のソースじゃなくって情報源って意味。」


 天に掲げていた手をアリルに向け、親指をあげる。


「たとえみんなが君を嫌っても、俺は君を嫌わない。」

「–––––」

「俺は君を否定しない。むしろ肯定しよう。」

「うっ––––!」


 とうとうアリルの感情が決壊し、涙が溢れる。

 否定され続けた人生の中、ようやく自分を肯定してくれる人が現れたのだと。


「くっ!」


 今も継続して襲い続ける痛みに耐えるため、ハルタは腕をおさえる。

 それでも出血は止まらず、ハルタの腕から血が垂れる。


「あっ–––やばい。本格的にやばいかも。」


 意識が朦朧とし、消えゆく中。彼女–––アリルの顔が目に映った。


「は、ハルタ–––っ!ハルタ!」


 アリルの声が聞こえた。


 –––あぁ。命をかけて守れたのか。この少女を。


 ハルタは微笑み、その場に倒れた。

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