テディベアにはご用心

古新野 ま~ち

序章

 

 イーストウッドが丁度足を切断されたところで扉が開いたので、俺の心臓の近くで爆竹が爆ぜたような気がした。手にしていたグラスを落としてズボンの股に水がこぼれた。DVDをとめてティッシュで濡れた箇所をぬぐった。どうぞと声を掛けると女の子が入ってきた。就職活動中のような堅苦しいスーツを着ていた。髪を後ろで括り付けて額を露出しているから真面目くさくてたまらない。


 彼女の眼は何を見ているのだろうか。ぼんやりとした表情で眠そうにしている。頬が朱色になっているので、服に対してなんだか締まりのなさを感じる。

 その眼はどうやら停止した画面を見ていたようだ。

 「白い肌の異常な夜、ですよね」

 「お若いのによくご存知で」

 「いちおう、オタクなんで」

 オタクを自称する意味が分からなかったが、へぇ、と俺は営業スマイルをつくった。

 「思っていたよりも、なんというか、その」

 「もっと陰気だと思っていた?」

 「いえ、そんな」

 「いいよ、気を使わなくて」

 彼女は商品棚を眺めて歩いていた。

 オタクと言っていたがCDやレコードの棚や文庫本や漫画の棚、申し訳程度に置いている絵画などには見向きもしなかった。

 ジーンズやコートなども置いているものの、個人経営のリサイクルショップにそんなものを求める年齢にも見えなかった。

 どうせすぐに見つけるはずだと眺めていると、すぐに隅の一角に手をのばした。それを手にした彼女は、迷うことなくカウンターに来ると、これください、とも、いくらですか、とも言わなかった。

 「これだけで、どれだけ殺せますか」

 「お客様次第としか言えません」

 「分かりました」

 そう言って、彼女はテディベアを購入していった。

 

 翌週、ぬいぐるみが棚に戻っていたので持ち上げているとしっかりと血を吸っており重たくなっていた。洗面器に湯をはり、テディベアを沈めた。すると血が内側から染みだして洗面器を赤く染める。まるで爆炎のようだった。クマから絞り出された血はどこの誰のものかは知らない。先日の彼女がどこかで誰かを殺めてきたときの返り血だから。

 「痛いんだよ、隆三」

 「もうちょっと我慢してくれないか」

 「もうだめ、吐きそうなんだよ」

 「我慢してくれ」

 ウォエエエエとテディベアが大きく口を開けて洗面器の中は吐瀉物まみれになった。

 「ああぁ、またなんか拾い食いしたな」

 「だってぇ、あの女がマフィンだかなんだかを焼いていたからつい食っちゃったんだよぉ」

 「そういえば彼女、何のために殺人なんか」

 「浮気は許さないから鉄槌よっていってマフィンに殺虫剤をこれでもかぁってほどいれて、気持ち悪くなったところをブスブスブスゥって刺殺しちゃうんだよ」 

 「君の力が無くても大丈夫そうなのにね」

 汚れた湯を流して、こんどは洗剤を溶かしたお湯につけた。ありがとね、とテディベアが洗面器に入るといい湯加減じゃんとバタ足をし始めた。泡立ったところで息を吹いてシャボン玉をとばして遊び始めた。

 「わかってないよ、隆三は。アタイがいたから彼女はパーティーに呼んだ13人の男女を皆殺しにできたんだよ。マッチョ野郎も腕力でねじ伏せたんだから隆三にも見せたかったな」 「絶対に見たくない」

 綺麗になったテディベアは自分でベランダまで歩いていき、日当たりのいい室外機の上で昼寝をしはじめた。14人もの脳を食って満足のようだ。

 営業中の札を出して、また、誰かがくるのを待つとしよう。

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