第9話 なぜなにお姉ちゃん ~HNMとXジョブ編~

2人と合流し、辛うじて命を繋ぐことが出来た俺はルルねぇに導かれるまま冒険者ギルドへ足を運んだ。

受付の眼鏡のお兄さんに討伐報告を申請したら、個室で待っているように言われ、鍵を手渡された。

ふかふかのグレーの絨毯と革張りの応接セット、壁に空を張り付けたような巨大な窓に圧倒され、興奮していた5分前の俺たちだったが――。


「「「……」」」


今ではソファに並び座り、一転して無言であった。

原因は、テーブルに乗っかった金貨の詰まった袋。

ぱんぱんに膨れ上がった袋は、乗っかった衝撃で数十枚が床にバラまかれる始末で、現実の光景とは思えない。


「……なんじゃこれ」


ようやく絞り出した言葉は余りにも情けない声音だった。


「弟君たちの倒した【操城甲蟲 グラウバ】の討伐報酬金の100万ガメルだよ。日本円に換算すると1000万円だね」

「へーすごいですねー」


いかん、ルーチェさんが現状を受け止めきれずに精神が退行していらっしゃる。

金貨を見つめる目に生気がない。


「あの、ルルさん。アタシらふつーにボス倒しただけなんスけど、どうなってんスか?」

「ボスがふつーじゃなかったんだよ、ウェンディちゃん」


手を叩いて、俺たちの視線を集めるとルルねぇは口を開いた。


「【BW2】のモンスターには種類があってね。ボスモンスターを含めた通常モンスターのカテゴリーほかに、もう一つ〈NノートリアスMモンスター〉ってカテゴリーがあるんだけど、みんな知ってたかな?」

「勿論」

「なんとなくは」

「聞くまでもなく(知らない)」

「うん、弟君だけ知らないのは分かったかな」


どうして分かったんだ。


「要は強ぇモンスターのことだぜ、ヒュージ。他のゲームじゃユニークモンスターとかレイドボス、あとは同じ〈NM〉略じゃネームドエネミーって呼ばれ方もすんな」

「よく知ってるな、ウェンディ」

「ここら辺はMMOの基礎知識だっつぅの」


そうなのかとルーチェさんを見ると、曖昧な笑顔を返してくれた。


「私はオフィシャルサイトで用語を一通りチェックしていたので……」

「ルーチェさんは真面目さんだね。お姉ちゃんがご褒美あげよう♡」


ルルねぇは身を乗り出すと、ルーチェさんの頭を撫でた。

恥ずかしさと嬉しさがない交ぜになった微笑ましい表情をしながらも、ルーチェさんは為すがままにされている。


「〈NM〉は一般に生息するモンスターと同族なんだけど、Notorious悪名高いの名称通りとっても手強くて、サイズや体色が異なってるの」


言われてみれば、〈星遊びの洞穴〉は昆虫タイプのエネミーが多かった印象がある。

【グラウバ】がその総大将たる〈NM〉ならば、納得できる話だ。

しかし、その強大な敵が湧くダンジョンに初心者の肉親を放り込むとは、この姉もスパルタだな。


「初心者だってのに、その〈NM〉がいるダンジョンに行かせるなんて、ルルねぇの歓迎も手荒いな」

「もうっ、私が愛しの弟君にそんな手酷い真似をするわけないよぅ」


ウェンディが何か言ってやれとばかりに目線を投げる。

やめろ、俺だってツッコミ入れたくても我慢しているんだから。


「第一〈星遊びの洞穴〉には〈NM〉は出ないんだよ?」

「「え?」」


俺とルーチェさんの素っ頓狂な声が奇麗にハモった。

今は【グラウバ】がその〈NM〉って話をしていたんじゃないのか?


「私も初心者さんのレベリングに付き合って何度も足を運んでるんだけど、バッドステータスを多用するモンスターが多いくらいの簡単なダンジョンで、システム的にも〈NM〉が生息するような環境じゃないんだ」

「じゃあ【グラウバ】が〈NM〉ではないのなら一体……」

「話が見えてきたぜ。ルルさん」


独り合点したウェンディが確信をもってルルねぇに尋ねる。


「つまり、〈HハイパーNノートリアスMモンスター〉だったって話をしたいんじゃないっスか?」


ルルねぇは重く、静かに首を縦に振った。

ハイパーの文字にロボオタクの魂が俄かに反応してしまう。

顔を見合わせる俺とルーチェさんを横目にして、ウェンディがソファに身体を沈み込ませた。


「要は〈NM〉を超えるクソ強ぇモンスターだぜ、2人とも。滅茶苦茶に広い【BW2】の世界でたった一匹しか存在しねぇんだ」

「〈HNM〉には畏敬を込めて墨付き括弧で二つ名が付けられるの。それこそ弟君たちが倒した【操城甲蟲】みたいに」


そんな初心者はどころか上級者でさえ手の焼きそうな格の違うモンスターが初心者ダンジョンにいるようなもんか?

俺の疑問符に、ルルねぇはスクリーンを俺たちの前に滑らせた。


「お姉ちゃん調べてみたんだけどね、リアルで2週間くらい前に【ダイヤリンク】で【グラウバ】の討伐が行われてたみたいなの。結局は逃がしちゃったみたいだけど、まさか【サンディライト】に逃げ込んでたなんて」


三人して覗き込むウェブページには城のような巨大なオブジェクトが豪雪を巻き上げて駆動する映像が流れている。

夥しい糸がフィールドに散らばった骨材や残骸、果ては倒したプレイヤーのアイテムさえも絡めとり、煩わし気に振り払うだけでプレイヤーを容易く光の粒子へと次々変えていく。

これが本来の【グラウバ】の実力だったのか。


「ガラクタを際限なく収集、自らの根城を拡張し、同時に侵入者を徹底的に排除する強力な武器にする。だから、城を操る虫って書くんだね」

「こんな奴に俺らどうして勝てたんだよ……」

「その大討伐で戦力を削られてたのもあると思うけど、ダンジョンのシステムに引っかかったのが大きいと思うんだ」

「ゲーム的な話?」


ルルねぇはにっこりと頷く。


「【BW2】のレベリングは基本ダンジョンアタック。だから、プレイヤーのレベルに合わせてダンジョンを選択できるように、出没するモンスターには上限が設定されてるんだ」

「それって【無印版】にもあった、モンスターのステータスやスキルにある程度のセーフティがかかる仕様っスよね?」

「その通り。ダンジョンには弱いモンスターは現れても、強過ぎるモンスターは基本出てこないんだよ」


初見殺しのモンスターはやっぱりいるんだけどね、とルルねぇは話を切る。


「今回の場合はそのシステムの網に【グラウバ】が引っかかったのか」

「かなりレアケースで、私も始めてでちょっと戸惑ってるよ。本来なら〈HNM〉はレベル上限のないフィールドに出現するからね」


システムに助けられた幸運を喜ぶべきなのか、これ。

それで、とルルねぇは金貨袋を引き寄せた。


「〈HNM〉を討伐すると冒険者ギルドに報告できるの。これを行うと、報酬金が受け取れるんだよ。今回は100万ガメルゲット、やったね皆」

「よかったなウェンディ。念願かなって報酬がっぽりだぞ」

「バァカ、こんなん誰が予想できるかよ」


手を顔に当てて天を仰ぐウェンディ。

ああ、俺も同じようなことをしようと思ったさ。


「でも、〈HNM〉を倒す一番の理由は報酬金じゃない。ゲームと言えば、やっぱりアイテムドロップ。〈HNM〉はハイクオリティなアイテムを落とすから、熾烈な取り合いが行われるのは日常茶飯事だね」

「ドロップ品ですか。私たちの場合は、これなんでしょうか?」


ルーチェさんが俺に、厳密には【白き機神シリーズ】に触れた。

ちょっとくすぐったい。


「厳密には【神楯機兵アイギスガード】のジョブじゃないかな」

「ジョブってドロップ品のカテゴリーなのか?」

「じゃあ次はジョブの説明しよっか、弟君」


ルルねぇはどこからともなく取り出したサイドボードを片手に説明する。


「ジョブには大きく分けて基本ジョブと、後継ジョブの2つのタイプがあるの。まずは基本ジョブ」


基本と書いた丸の中にウェンディの選択した【戦士ウォーリア】と書いて、例とした。


「ゲーム開始から選べたり、特に条件もなく転職出来たりして敷居が低いんだけど、基礎となるスキルを覚えられるから、まずはここを足掛かりに成長していくスタート地点」


そのスタート地点から隣の輪っかへ矢印を伸ばす。


「地盤が出来上がったら、後継ジョブへのクラスチェンジが出来るんだ。ウェンディちゃんの【戦士ウォーリア】なら、騎乗戦をメインにした【騎乗戦士ホースバトラー】とか槍術に長けた【嵐槍士ストームヴァンガード】とかがあるね」

「【嵐槍士ストームヴァンガード】……!」


ウェンディの目が光を放つ。

これは後継ジョブが決まったな。


「後継ジョブは基本ジョブが一定レベルに到達してるとか、特定のスキルの使用回数とかの条件が決まってるから、すぐには成れないからゆっくり頑張ってね」

「【嵐槍士ストームヴァンガード】……」


ウェンディが尻尾を抱いて丸くなった。

しおしおの耳が彼女の落ち込みっぷりをこれでもかと表している。


「基本ジョブ、後継ジョブは合計して6つまで取得できるから色々挑戦して自分だけの組み合わせを見つけるのも【BW2】の面白さの一つだね」

「それじゃあ、ヒュージさんの【神楯機兵アイギスガード】は基本ジョブなんですね」

「違うよ、ルーチェさん。そのジョブは特別」

「特別?」


ルルねぇは後継ジョブを示す丸の中に小さく円を描くと、Xと印した。

ばってんマーク?


「後継ジョブでもとびっきりのユニークなジョブシリーズ。それが通称Xイクスジョブ」


イクスって、確か未知数を表す言葉だったっけ。

あのマークはアルファベットのXだったのか。


「ジョブシステムに【BW2】からの新仕様が実装されてるって噂があったっスけど、ありゃあマジだったんスね」

「Xジョブはプレイヤーが勝手に呼称してるだけだから、オフィシャルサイトには載ってなかったと思うんだけど、ルーチェちゃんが確認した時には載ってたかな?」

「なんだか匂わせる記載はありましたけど、用語そのものまでは掲載されていなかったです」


ルルねぇが通称、なんて言い方をしたのはそのためだったか。


「そのXジョブって後継ジョブとどう違うんだ?」

「能力値は後継ジョブとあまり差はないんだけど、オンリーワンの強力なスキルがゲットできるんだ。だからなのかな、取得条件がかなり困難になってて、タイプによっては一人だけしか成れなかったりするんだ」

「そりゃあまた……倍率高そうだな」

「【ルーヴィング】では取得条件の解析結果を巡って、大規模なPK合戦があったくらいだよ。凄かったなぁ、そりゃあもう死屍累々で」


嫌なことを思い出したと嘆息を吐くルルねぇの顔に深い影が差す。

それは大したことではないのでしょうか、御姉様。

おずおずとルーチェさんが挙手した。


「そのXジョブの具体例って聞いてもいいですか?」

「【輝天ザ・シャイニング】ってXジョブの子を知ってるけど、その子の場合はソロで防御貫通攻撃だけを使用して、格上〈NM〉連続20匹ノーダメージ討伐だったね」

「クソゲーっスか」


聞くだけで想像を絶する難易度だ。

俺よりMMOに造詣が深いウェンディの険しい表情からもそれが如何に困難かを察することが出来る。


「弟君の【神楯機兵アイギスガード】は〈七機兵アイギス・セブン〉の四号機、オンリーワンでしょ?もうこの時点で特別性があるよね。しかも、それを護っていたのが〈HNM〉の時点でXジョブ確実だよ」


ルルねぇは笑っていたけど、その眼はかつてテレビゲームに真剣になっていたときと同じ。

嘘偽りない言葉は、【BW2】をプレイしてきたベテランだからこそ下せる判断の賜物だろう。

ルルねぇに言われてようやく気付いたけど……とんでもない拾い物をしたんじゃないのか、俺。


「こんなジョブ手に入れてさ、俺はどうすればいいんだ?」


困り果てて投げかけた問いに、ルルねぇは普段通りの笑顔でこう言った。


「なんでもできるよ」

「なん、でも?」


阿呆のようにオウム返しした俺の頭にルルねぇが触れる。

リアルと変わらないぬくもりに、膨れ上がっていた不安が和らいでく。


「ここは自由なゲームな世界。だからこそ、頭を柔らかくして考えようよ」


ルルねぇは窓の外に視線を向ける。

習って追っていくと『ティミリ=アリス』の風光明媚な家々を見ている。


「色んな人と出会えて、奇麗な景色が見つけられる。【BW2】は楽しいことがたくさんあるんだよ。だから弟君も、お姉ちゃんと同じかそれ以上に【BW2】の世界を目いっぱい楽しんで好きになってもらいたいなっ」

「……ルルねぇ、ちょっぴりクサいよそのセリフ」

「本心だからねっ」


ルルねぇ、心の底からこのVRMMOが好きなんだ。

想いの強さが口調から伝わってくる。

やれ〈HNM〉なんだやれXジョブなんだとか頭がパンクしそうだったから、つい難しく考えてたのかな、俺。


「そんな真面目な弟君の為のステップアップとして、これとかどうかな?」


ルルねぇは俺にメールを送信してきた。

えっと、なになに?


「イベント開催のお知らせ?」

「【BW2】では毎週日曜日の10時からイベントが行われるの。今週は初心者さんでも挑戦できる簡単なアイテム回収イベントだから、まずは参加してみたらどうかな?」


勇気をもって一歩を踏み出せる新天地。

マギアナさんの言葉が胸を擦過する。

俺の踏み出す一歩は、ここにするんだ。


「ルルねぇ、俺やってみるよっ」

「その意気だよ、弟君っ」


ルルねぇに背中を押されると「やれるんだ」って決意が硬くなる。


「それでね。弟君さえよければ、お姉ちゃんと一緒に――」

「ルーチェさん、ウェンディ!パーティ組んで一緒に参加しよう!」

「えっ」


ルーチェさんは何故かぎょっとしたように目を丸くした。


「……ヒュージ、お前なかなかに畜生だな」

「何の話だよ」

「いえ。このタイミングで、まさか誘われるって思ってませんでした」


言葉を濁すと、2人揃って視線を逸らす。

要領を得ないが何が言いたいんだろう。


「兎に角。〈星遊びの洞穴〉を二人とクリアできたんだ。なら一緒に初イベントに殴り込みをかけても、きっといい結果出るだろ。どうかな?」

「お前、百合に挟まれるなんたらってのはもういいのかよ?」

「今になって蒸し返さなくてもいいだろ」


ウェンディがルーチェさんに問うような視線を向ける。

不敵に笑みを漏らす彼女を仰ぎ、ルーチェさんは表情を和らげて小さく頷いた。


「はい。私でよければ、喜んで」

「アタシもいいぜ。後継ジョブ目指す第一歩だ」


2人の快い返事を貰い、宣誓するようにルルねぇに向き直る。


「折角参加するんだから、ルルねぇにも負けないつもりだからそのつもりで……」


俺は途中で言葉を切らざるを得なかった。

名立たるコレクターが命を懸けてでも手に入れたい神品さながらの味わい深い表情だ。

声をかけたら神秘性が損なわれてしまいそうな緊張感に指を伸ばしたまま硬直していると、ルルねぇはやおら立ち上がる。


「これで勝ったと思うなよ!」

「え、なにその捨て台詞って待って!ルルねぇどこ行くんだよ!」


俺の制止さえ振り切り、部屋を飛び出してしまう。

高レベルプレイヤー故のAGIの高さの現れだろうか、俺が手のひらを伸ばした時には足音すら聞こえなくなっていた。


「ルルさん、お前の姉ちゃんだよなぁ。似すぎてビックリだぜ」

「失礼な。俺はあそこまでぶっ飛んではないだろ」

「ヒュージさん、それだけは声を大にして否定したいです」


俺は一般人よりちょっとロボオタクってだけだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る