シロの救世主
鳴杞ハグラ
第1話
「おーい!あのバカ、ちゃんと来たぞ!」
乃耶(のや)より頭一つ以上背丈の高い男子児童が、公園の真ん中であざ笑うかのように叫ぶ。それを合図に木陰や隣家の塀から、合計五人の男女が現れ、あっという間に乃耶の周りに取り巻いた。
最初にいたが体の良い奴が多部。その他男児三人がそれぞれ柳原、沢口、尾根。残る女児二人が松谷と篠村……か。全員乃耶のクラスメイトだな。
俺は怒りをぐっとこらえ、息をひそめるように公園の入り口の影で見守った。
「ねえ、ねえ。私たちと遊ぼうよ」
「どうして何も言ってくれないの?」
「斎藤さんって、いつもみんなのこと、無視してばっかりだよね」
女児二人がそれぞれ乃耶の腹にこぶしを入れる。乃耶は悲鳴一つ上げず、その場でうずくまってしまった。
「ほうら!やっぱりこいつ、何にも言わねぇ!」
男児たちも面白がるように指さし、下品に笑う。そうして集団による殴る、蹴るといった暴力が始まった。
乃耶はやはり何も言わない。ただセミロングに伸ばした細い髪を揺らし、されるがまま痛みを受け入れているようだった。
「どうせ何も言わないなら、眼球だって必要ないよな!」
男子児童――沢口がどこからか大人の指二本分ほどの木の枝を持ってきた。枝の先は雑に折られたように、けば立ちながらも鋭利にとがっている。
女児二人は少しばかりひるんだように動作が止まった。しかしヒートアップした男児らは乃耶の顔が沢口に向くように取り押さえ、「いけ、いけ」と騒ぎ立てた。
すでに顔に切り傷をいくつもつけた乃耶は、顔を背ける力もなくぐったりと沢口のことを見つめていた。
「な、なんだよ……。おまえ、いつもいつも気持ちが悪いんだよ!」
小学生の目には怯えを知らない眼差しは気味悪く映ったのだろう。さすがの沢口も慄いていたようだった。
さて、そろそろ行こうかな。
俺は気配を消しながら公園内に入っていった。正直、小学生をいじめるのは気が引ける。だが、愛しいあの子を守るためと思えば、そんな理性、いくらでも抹消できた。
俺は何食わぬ顔で沢口の背後に回り込んだ。
さすがに大人が接近してきたことで周囲の児童は全員気が付いたようだが、沢口は何も察知しなかったようだった。
クラスメイトが口をパクパクさせていることすら構わず、沢口はがなり立てた。
「死ね!」
枝が勢いよく振り下ろされる。
俺は寸止めで沢口の右手を抑えてやった。
「……なんだよ」
暴行を妨げられた沢口は怒りに任せて後ろを振り向いた。だがようやく相手を確認して、カタカタと震え始めた。
「し、白い髪の兄ちゃんだ」
この辺りは比較的『真面目な』外見の人間が多い。故に子供は白髪の学生=ヤンキーととらえてしまうのだろう。なんとも安易な発想だ。
俺は沢口の緩んだ手から枝を奪い取り、適当に子供らの前で振り回して見せた。
リーダー格の多部が悲鳴に近い声で叫ぶ。
「おい!逃げるぞ!」
逃げ足の速いガキたちは、辺りに放り出していたランドセルすら拾わずに走り去ってしまった。
すっかり辺りは静まり、西日も色濃くなってきた頃。乃耶は呆気にとられながらも、よろよろと立ち上がった。
「大丈夫か?」
俺は乃耶のスカートや背中についた砂を払ってやった。腕やこめかみ、足には生々しい傷がつけられていた。
乃耶は礼を伝えたいのか、俺の顔をじっと見た後、ゆっくりと頭を下げた。
俺は胸が締め付けられそうになりながら乃耶の頭を軽く撫でた。
「致命傷はないみたいだな。本当に良かった」
乃耶は恥ずかしそうに笑う。優しく包み込んでくれそうな笑顔は昔から変わらなかった。
「斎藤乃耶ちゃんだね。久しぶり」
乃耶は不思議そうに首をかしげる。やはり覚えていなかったか。
だが落胆することはない。これから覚えてもらうのだから。
「俺の名前は――シロだ。君の味方」
乃耶は口元をもごもごと動かしている。よく観察してみると、どうやら俺の名前を復唱しているようだった。
なんてけなげな女の子だ。今すぐにでも連れて帰りたい衝動に駆られる。
だが、つまみ食いはほどほどに……。
「乃耶ちゃんは普段から、こうやっていじめられているのか?」
乃耶はコクリとうなずく。
やはり、これがいじめであるという認識はあるようだ。俺の脳裏で二つの成人の影が、陽炎のように揺らめいて消えた。
「こんなに傷を作って……」
俺は今にも泣きだしそうな乃耶を抱き寄せ、耳元で囁いた。
「乃耶ちゃん、聞いて。君は我慢強い子かもしれない。でも、我慢ばかりでは、いつか君自身が壊れてしまう」
乃耶の吐息が聞こえてくる。キャラメルポップコーンのような甘い香りが鼻腔を充満させる。
たまらず俺は言葉を紡ぎ続けた。
「俺はいつだってここにいる。初めての人にこんなこと言われてびっくりするかもしれないけど――俺に、乃耶ちゃんを守らせて」
やばい。さすがに勢いに任せすぎた発言をした。
俺は慌てて乃耶から手を離した。この子にだけは、性癖をひけらかすわけにはいかなかった。こうして見舞えることだけでも貴重な機会。完璧を演じなければ、犯罪者というレッテルを張られかねない。
しかし、どういうわけだか乃耶の方が俺から引っ付いて離れようとしなかった。
何度も、何度もうなずく乃耶。俺は衝迫に身を任せ、再び強く抱きしめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます