第173話
「後退なんて甘えんな!! 世界がひっくり返ってもここを破られるんじゃねぇぞ!!!」
男の怒号が飛んだ。
城下は騎士と兵と市民と自警団と冒険者その他が入り乱れて混戦状態だ。反乱軍―――否、革命軍にはそれと分かるように目印として頭に青い布を巻いてもらった。しかし、それを逆手に取り真似した王国側の者も出てきて、更なる混乱を招いている。
混戦の最前線で、全体指揮を執っていたのは自警団長ログアス・フレイバルドだ。後方支援に当たっているのは元『月』隊長ダーリャ。遊撃部隊の頭となっているのは元『風』隊長サジナイル・ウルワード。ヒューマンにしては平均年齢が幾分高いその面々は、戦線を押し返すことは無くても引くことも無い。
「ログアス様! しかし、今の状態では引いた方がよろしいかと!」
「ざっけんじゃねぇぞコラ!! ここ下がってどこ行くつもりだよ、騎士様達に良いカッコさせるだけがお前の取り柄か!! この闘いが終わって、お前たちはまた騎士様にデカいツラさせてぇってのかぁ!?」
戦線の混戦具合は、これほどまでに大規模な人数を率いたことのないログアスにとって地獄だった。
自警団員全員までならまだ良かった。そこに決起した市民が加わって人数が膨れ上がった。と、思っていた矢先に『花』『月』を名乗る隊から投降と協力の申し出があって収集がつかなくなった。そこから更に『鳥』を名乗る上級騎士が騎士たちを連れてきて、即席の中隊と小隊が編成された。指揮だけで言うなら騎士の方は段違いの的確さだ。
「だーーーー!! こんだけ俺も苦労してるっつーのに!! なんで全員の認識はあの女が頭領なんだよ!!」
ログアスが吠える。
敵味方問わず、騎士達の共通認識は『革命軍の首魁はアルギン・S=エステル』。がさつな酒場店主の顔を被った裏ギルドマスターは、ログアスに何の挨拶もしないまま王城に特攻したと聞いた。裏切るとは微塵も思っていないが、あの女の猪突猛進ぶりには嫌気が差す。作戦も何もあったものではなかった。
脳内であの女が悪魔の笑みを浮かべている。外見だけは申し分ないだけに質が悪い。
「まぁまぁ、ログアスさん。アルギンも何か考えがあっての事でしょう。事実、騎士の寝返りはこちらとしても有難い」
ログアスの背後から男が現れた。金の髪を撫でつけたその上品な立ち姿は、ログアスも昔から見るだけなら知っていた。
ダーリャ。元『月』隊長にして、現冒険者。武器である小ぶりなメイスは世に溢れているような鈍色をしておらず、その輝きは白銀。そのメイスにところどころ血がついているのを見て、ログアスが言葉を詰まらせた。
「……どうしました?」
「………お前、後方部隊担当だろ。何で血ぃつけてんだよ」
「これは失礼、お見苦しいものを見せてしまいましたかな。なに、かつての後輩達への愛ある教育の一環です」
「愛ある……?」
確かに後方部隊を狙った敵襲はあった。しかしログアスが状況確認の為に使いを飛ばすと、既に事態は鎮静したと返されたのだが。
腕に覚えがあるのは、流石元騎士といったところか。この温和な年寄りに、その力がどこにあるというのだろうか。ログアスが温和な笑顔の不穏な発言を聞き返そうとした時。
―――地面が揺れた。
「う、ぉわ!?」
「っ……!!」
今日二回目の地震だった。一回目の被害状況はほぼ無かったが、二回目となると話は変わってくる。不思議なことに、この地震は一回目のものより更に揺れが少なかった。ただ地面が波打つような感覚には慣れることがない。
戦線はどうなっている。ログアスが視線をそちらに向ける。戦の声は確実に少なくなった気はした。戦う事を選んだ忠義者の集まりだ。それにログアスが舌打ちをする。
「地震、地震、また地震……。あと何回揺れるのでしょうな?」
「んなもん、俺らが分かる訳ねぇじゃねぇかよ。死なない程度にしてほしいもんだがよ」
言葉を交わす二人の元に、新しい伝令が走ってくる。
「ログアス様! ダーリャ様!! サジナイル様よりご報告です!!」
「あーこのクソ忙しい時に!!」
「どうされたのですかな」
ログアスが発狂しそうになる隣で、ダーリャが悠然と聞き返す。
「王国軍、撤退していきます!!」
「は、あああ!!?」
ログアスが素っ頓狂な顔をする隣で、ダーリャが険しい顔になった。現時点での王国軍の撤退は、これまで隊長として在籍していたことのあるダーリャからしたら不自然で仕方ない。悪寒さえ覚える薄気味の悪さに、ダーリャがその場でログアスを無視して伝令に伝える。
「サジナイルに全員連れてこちらへ戻るよう伝えてください。その際、落とせる橋は落としてきていただけると有り難い」
「はいっ!」
「おいダーリャ、勝手に」
ログアスが不満を口にしようとした時、再び別の伝令が走ってきた。
「ログアス様! ダーリャ様!!」
「……あー、はいはい。次は何だよ」
ログアスはもう諦め顔だ。面倒この上ない顔で続きを待つ。
「プロフェス・ヒュムネです!! プロフェス・ヒュムネの軍が現れました!!!」
「―――は」
ログアスは意味が理解できない。プロフェス・ヒュムネがどういう種族かは分かっているだろう。けれど、それが齎す意味までは。
ダーリャの顔は、瞬間ふと力が抜けたようなものになる。その顔は本当に一瞬だけで、伝令に顔を向け直すころには温和な顔に戻っている。
「そうですか。ありがとうございます。伝えてくれて感謝しますよ」
ダーリャが伝令に掛ける声は、とても優しく。
「サジナイルに伝えていただけますか。『残れ』と。『すぐ行く』と」
「は……、ちょっと待て、お前」
「因縁の相手なのですよ、プロフェス・ヒュムネは」
言うなり、ダーリャはメイスを振った。嘗て隊長として戦地に立った時と同じ顔をする。
そこにはもう、冒険者としてのダーリャはいなかった。
「反乱軍の市民や自警団の方では、お相手出来ないでしょう。少し、騎士の皆々様を連れていきます。その間に戦線の点検を。私共が戻らずとも、ご心配には及びません」
「お前、行くつもりなのかよ!」
「……行かなければ、なりません」
ダーリャのメイスが地を抉る。
「真珠。神の御許へ参ることが許された時には、一番に……貴女の元へ向かいます」
「お、おい!! 待て! 待っ……、クソが!!」
ログアスの静止を振り切って、ダーリャが走り出す。その速さは年齢を感じさせないもので、メイスを持ったままだとは思えない程。
最後に聞いたその固有名詞に、ログアスは思い至るものがない。けれど、こういう時に呼ぶ名前にどういった想いが込められているかは分かるつもりだ。
神。こんな地獄を作り出した神にそんな大層な用件があるとも思えないログアスは、伝令も去った後の最前線の様子を窺う。現時点で、本当に最高責任者になってしまった。
「お前ら、戦線を戻せ!! 深追いするな、今は第二派に備えることを優先しろ! 怪我人の搬出、補給品の補充を急げ!!」
今から何が起こるか、分からない。それでも出来ることを精一杯するしか道は残っていなかった。
指揮の上手さはダーリャの方が桁違いだった。これが城下を守るために奔走した者と、国自体を守る為に王国に仕えた者との差。過去毛嫌いするだけだったそれらとの力の差をありありと見せつけられて、ログアスは歯噛みする。
城下でこれなら、王城の中で何が起こっているんだ。
ログアスは城の方向を睨むしか出来なかった。そして、そこで行動している者達の身を案じる事しか。
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