4.5-3
「生成り? 却下っす。たいちょーはやっぱ純白じゃないと」
婚姻届も出し終えた『花』『月』隊長二人は、次の仕事に追われていた。
今のご時世、流石にいつまでも休みを取ってはいられない。わざわざ執務室に教会の人間を呼びつけて、そんな場所で結婚式の話し合いだ。
今回の場所は『花』執務室。そこに隊長二人とソルビット、そして教会の結婚式相談役の四人で指揮の段取りについて話し合っている。
詳しい衣装合わせはまた別の時間でやるとして、出席人数、式の段取り、日取り、取り敢えずの花婿花嫁衣裳の色や形、その他諸々色々。
どう決めようかと思案するアルギンと彼を置いて、ソルビットがその手腕を振るった。段取りが着々と決まっていくのである。しまいには花嫁衣裳の話にまで手を付け始めた。
「そ、そるびっと」
段取り辺りはアルギンとしても、式を執り行う教会の薦めに従うつもりではいた。しかし、まるで蚊帳の外になりかけている状態を気にしてアルギンが横から口を挟む。
式自体はシンプルだ。祝いの聖歌を歌って誓いの言葉を言い、新郎新婦に花を散らしてそれからは来客と一緒に祝いの食事をする。式はシンプルでも来客がシンプルではない。来る者の殆どが城関係者、あとは呼ぶだけ呼ぶとアルカネットやアクエリア、オルキデやマゼンタといった一般市民(に見せた城関係者)も来るかも知れない。
「何すか、たいちょ。生成り色着たいってんならあたしが何があっても阻止しますからね」
「いや、そうじゃなくてな」
アルギンはソルビットに口を挟むことが出来る。……しかし、先程からそこにいるだけの置物状態になっている人物が気になった。
『月』隊長―――新郎だ。
「ねぇ、何か希望とかないの? ……式の段取りとか、衣装とか」
ソファに座って黙したままの彼。掛けられた言葉にアルギンを見て、それから。
「―――無い」
ただ、一言。
「一応主役の片方なんすから、ちょっとはご協力お願いしますよー。まぁ無ければ勝手に決めるけど」
「希望、か」
それだけ言って考え込む彼。暫くの後に、普段以上に重い唇が開いた。
「アルギンが一番映える姿であるならば、我は何でも構わぬ」
彼の口から出た言葉が、ソルビットの表情を渋いものにさせた。それが彼にとっての一番必要な事なのだ。無関心の中に見える、アルギンへの感情が透けて見えたらしいソルビットが「もうちょっと言葉を選んだらどうっすかねぇ」と呟いた。もう少し言葉を変化させるだけで、その言葉はとても甘いものになるという事に気付いているからだ。しかし、アルギンはそれに気付かない。
「アタシが? ……そんな、アタシだけ映えても嫌だよ。一緒じゃないと」
気付かずに言葉をそのまま受け取って、一人だけは嫌だと拒否をする。ソルビットは溜息を吐いて、この鈍い二人を眺めていた。本当に、この二人はどこまで鈍いのか。
「……まー、映える為には新婦さんの努力が必要っすけどねー」
「努力? ……って、何だよ」
日程と式の段取りはソルビットのお陰でサクサク決まった。また後日、直接式場である教会で諸々を決める必要はあるが、一先ず大事な部分が決まったおかげで結婚式の招待状が出せるようになった。
招待状の草案も決め、あとは式場が招待者分用意してくれれば配って回るだけ。食事は立食にしたので呼んでない人間が来る事も可能だ。めでたい席なので、そういう制限はしない方針で行く。あまりにも不審者らしい不審者らしい輩が来たら―――。その時は、招待客の騎士の誰かに対応してもらおう。
そんな感じで一先ずの話し合いが終わったアルギンに、新しい宿題が課された。
ソルビットが用意してきた靴。それは、今まで履いた事の無いくらい高いヒールだった。
「はい真っすぐ! 腰引けてるっすよ!! 今度は胸張りすぎ! 反ってるっす!!」
まるで士官学校の扱きのような扱いを受けているアルギンは満身創痍だった。
前にアールヴァリンの成人祝いで出席したパーティーでは、アールヴァリンが主役になる為アルギンが高いヒールを履く必要は無かった。しかし、今回はアルギンが主役の片方という事でソルビットが出してきたのはアルギンの指と同じくらいの長さのピンヒール。
それを履いて、執務室内を歩かされる。バランスの取れない足元に、まるで生まれたての小鹿のような動きのアルギン。
「ちょっ、ちょっと待、これ、むりっ」
「泣き言を言わない! こら、まだ一周もしてないっす!!」
ソルビットの声が張られるが、アルギンはその場に座り込んでしまった。もう『月』隊長は自分の執務室へ戻ってしまっている。誰の助けも無い状態で、アルギンはもう靴を脱いでしまった。
靴の中で圧迫された足が、もう赤くなっている。ソルビットの靴のサイズがアルギンのそれと合ってしまっているのが運の尽き。
「結婚式までそんなに時間無いっすよ、今の内から練習しとかないと、間に合わないっす」
「そんなぁ……」
足が痛い。痛いが、ソルビットは手加減してくれそうにない。アルギンの側まで来て、しゃがみこんで、そんな無様な自分の隊長の姿を見て。
「……『月』隊長は、たいちょーの一番映える姿をお望みっすよ」
「解ってる。……でも」
「かー、意気地がないっすねぇ。そんなんであの鉄面皮とこれからやっていけるっすか」
彼の言葉はアルギンへの愛情から来ていることに他ならないのだが、アルギンは気付いているかどうか。想う相手の一番綺麗な姿を見たいという、その気持ちに。
ソルビットの挑発するような言葉に、キッと視線を向けたアルギン。もう一度ヒールを履きなおし、よろよろと立ち上がる。
「やっていける、じゃなくて。アタシが一緒にいたいの」
「………。」
「アタシが好きになったの。好きな人と一緒にいたいの。……アタシの、我儘なの」
「………………………。」
ソルビットの口から盛大な溜息が漏れた。
なんだこれ。なんなんだ。乙女か。普段はあれだけ男勝りな事をやっている『花』隊長は、好きな男が相手だとここまで馬鹿になるのか。
アルギンは解っていない。あの鉄面皮を笑顔にさせる事が出来るのはアルギンだけだ。今までずっと一緒にいた副隊長のフュンフですら、口端を緩めるだけの顔でも見た事が無いと言っていたのに。あの男がその鋼鉄の表情を変えるのは、アルギンの前だけだという事、そしてそれがどういう意味を持つか。
『好き』が解らない? 嘘だ、そんなの。それが本当だとしても、彼は絶対無意識化で解っている。
あの男が笑顔になるという事は、つまり、そういう事だ。
「たいちょ」
でも、はっきりとは言ってやらない。
「賭けてもいいっす。『月』隊長も、たいちょーと一緒にいたいと思ってるっす」
ぼかして、解りにくくして、この鈍感共には解らないように言ってやる。
案の定アルギンは僅かに顔を赤くして、「そうかなぁ」と漏らすだけ。
「もっと時間かけたら解るっす。あの鉄面皮は、解ってるのに言わないだけっす」
悔しくて、頭に来て。こんな子供みたいなやり取りで幸せになる二人を見ていて。
ソルビットはどうしてこんな二人がこの国の隊長やってるんだと心底苛ついていた。同時に、似合いの二人だとも思っていた。
「……自分だけ言わないのって、卑怯っすよ」
「言わないって……。あの人は、解らないって言ってたから」
「そんな言葉で誤魔化されるのって、お子ちゃまかたいちょーだけっすよ!」
馬鹿だ。大事なことを言わないあの『月』も、……ソルビット自身も。
アルギンは気を取り直して慣れないヒールで歩き始めた。そしてソルビットもまた指導に入る。
「……式の段取り、あたしが勝手に決めて良かったっすか」
今更ながら、ソルビットの心に不安が過ぎる。
「ああ? ……いや、助かったって思ってるけど」
そんな不安を掻き消してくれるのは、朗らかなアルギンの声と言葉。
「そっすか。……安心したっす」
「どうしたソルビット、急に………ひゃあ!!?」
派手な叫びと音とともに、アルギンがすっ転んだ。顔面から見事に着地。
そんなアルギンに近寄って、腕を伸ばして起き上がるのを助けるソルビット。
「い、いたたた……」
「……ったく、不器用っすねぇ」
苦笑しながら言ったソルビット。
その言葉の真意に、アルギンは気付かない。
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