第31話 王都へ



 王弟ジュリアーノ率いる討伐軍の侵攻を退けたリキは軍議を行い、諸将や重臣たちと今後について協議した。

 その場でリキは、初めて王都への侵攻を諮った。


 リキの覚悟を知った諸将の多くはそれに賛成した。今回は上手く退けたが、このままではいずれ2回、3回と討伐軍を起こされるのは明らかだったからだ。間を置かず何度も侵攻を受ければ、一地方の領主ではやがて疲弊・消耗し、討伐される。リキに二心はなかったというのに、先に討伐軍を向けたのは国王側で、これは正当な行為である――との意見まで出た。


 それに対し、内政官らは慎重な意見が多数を占めた。当然である。国王と一領主では、兵力差は歴然としていたからだ。この差を埋めるのは並大抵のことではない。第2に、他の領主たちの支持を得られなければ、やはり孤立し、いずれは討伐されることになる。

 軍事に疎い内政官たちが王都侵攻に躊躇うのも、致し方ないところであった。

 しかし、同じ内政官でもコジモなど政略にも携わる者たちは、王弟が敗北した今こそが好機であると主張し、大勢は王都侵攻に傾いていった。すでに一度、謀反の疑いを掛けられ、国王軍と戦っていた事実も大きかった。何かと口実を付けては攻め寄せてくるのではないか、との思いが慎重派の内政官たちにもあったのである。


 方針が決まったリキ陣営の動きは早かった。

 将帥たちは、1万3,000余の約半数が投降してきた新参兵のため、錬兵を念入りに行った。その間にリキは、味方になってくれそうな貴族や国王に不満のある貴族、どちらに就くか日和見を決め込みそうな貴族に対しても書状・書簡を送り、誘降を促した。これについては、ある程度の目算が付いていた。

 それというのもここ数年、国王の施策に批判的な貴族たちが多数にのぼり、また、彼らを威圧するようなアンジェラの言動も散見していたからである。

 軍を起こしたリキが国王軍と戦い、勝利することで、こちらに靡く貴族たちが増えることだろう。そのためにもリキ軍は勝ち続けることが必須で、リキと重臣たちは打てるだけの手を打った。

 諜報を強化するとともに、国王側を撹乱するために、偽の情報も多数流した。有力貴族から小貴族まで、国王の側に立ちそうな貴族たちを疑心暗鬼に陥らせ、離間させるために偽装した書簡までばら撒いた。こちらの重臣が寝返りたがっている、という偽の情報も流布させた。

 それこそ、敵も味方も分からなくなるくらいに、である。



 そして、2ヶ月後――。

 年が明けた1月13日、リキはついに軍を起こした。守備に2,000の兵を残し、5,000の騎兵、5,000の歩兵、輜重隊の1,000と、合わせて1万1,000余の軍勢である。


 このリキの挙兵は、国王側にとってみれば、まさに寝耳に水で、思いもよらぬことであった。先の戦において、王弟軍を打ち払ったのがリキの限界で、逆に軍を起こすなどあり得ないと侮っていたのである。元々の兵力が5、6,000だったリキに、そんな余力があろうとは、ついぞ思い至らなかったようだ。


 リキ挙兵の可能性を計れたフェデリーコ卿は、あれ以来自領に引きこもっており、もう1人、その可能性を唱えたニコロの意見は黙殺された。腹心の意見であったにもかかわらず、なんと王弟ジュリアーノ自身が黙殺したのである。

 あの戦で箔を付けようとした王弟は、逆に評価を落とすという不名誉な結果をなかったことにしたかったらしい。ニコロの進言を退けたのは、この意見を取り上げると、おのずと自らの敗戦が引き出されるから――というのが真相であった。

 そうこうしているうちにリキの挙兵が現実のものとなり、その責任を問われ、国王陛下に叱責を受けるのではないかと、王弟ジュリアーノは内心、気が気でなかった。もっとも、王弟出馬を決めたのが国王自身なので、その責を問われはしなかったが、国王の治世に不満を持つ者たちの間では――これは結果論になるが――この戦がリキを追い詰めることになったのではないかと、批判の槍玉に挙げられることとなったのである。

 その中でのリキの挙兵に、彼らの不満は一気に噴出、中には自領に引き揚げる者まで出始めた。


 リキが入手した情報では、ニコロすらも病を理由に出仕を拒んでいるというものまであった。彼はこれまで忠節を尽くして仕えた王弟に信用してもらえなかったことに、失望したのかも知れない。ただ、ニコロについてはあくまで噂であることだし、彼が王弟に仕えてきた年月を考えると情報を精査する必要がある、との判断に落ち着いた。

 しかしながら、国王の治世と求心力が、足元から揺らぎ始めていることは間違いがなかった。


 そこでリキは、まずはニコロに対して離間策を仕掛けることにした。ニコロが王弟を非難し、不満を持っているとの噂を王都周辺に流したのだ。ニコロがリキと内通し、王都攻略時に反旗を翻すとの偽情報を流し、手筈を記した偽の手紙までバラ撒いた。

 たとえこの策が成功しなくても、王弟の腹心であるニコロまでが謀反を企てている――。

 そんな噂が流れるだけで、王都側は互いに疑心暗鬼に駆られ、身動きが取り難くなるだろうとリキは考えた。特に同僚で親しい間柄のフリッチなどは最たるものだろう。彼の性格であれば、噂であっても激怒し、ニコロを非難するはずだ。


 そんな中で国王はリキ軍の迎撃に、ウンベルト将軍に5,000騎と5,000の歩兵、合わせて1万の軍勢をつけて送った。

 ウンベルト将軍は勇猛でなる歴戦の将で、これまで北方や東方の守護を担い、7年前のロランド侵攻時にも功のあった人物である。ただ、今回の抜擢に、60歳を超えるウンベルト将軍は老齢を理由に辞退したが、結局、就任要請を固辞し切れなかったらしい。彼は、リキのこれまでの功績も聞き及んでおり、本当は引き受けたくなかったようだ。やむなく引き受けた将軍は敗戦を覚悟し、もしもの事態に備えて、親族に後事を託しての出陣であった。

 この戦いに国王側が、リキの兵力とほぼ互角の兵数の1万しか送らなかったのは、その時点での情報では、リキが5、6,000の兵しか保持していないと思われたからである。セオリー通りに2倍の兵を迎撃に向けた。これで十分に勝てると思ったのである。


 王都の南およそ200キロメートルのリーヴォリの地で国王軍はカザル城に入り、同じ頃に到着したリキ軍は向かい合うヴァッロ山に布陣した。2日ほどは動きもなく、睨み合いが続いた。

 その内に国王軍は、リキ軍がカザル城を無理に攻撃せずに擦り抜け、そのまま王都に向かう――との情報を得た。これは、籠城する敵を攻撃するのは時間と兵の損失と考えたリキが、敵を野戦に誘き出すために流した偽の情報であった。

 リキは夜陰に乗じて歩兵の5,000を先に移動、カザル城の北西、王都への途上にある隘路に潜ませた。朝になるのを待って、ヴァッロ山中の陣を引き払い、これ見よがしに5,000騎が王都に向けて進軍した。


「国王軍は追撃に出てきますか?」

「来るだろう。そのために派遣されたのだし、ウンベルト将軍は任務に忠実な方だ。追わずにはいられない。それに、この隘路の先は拓けた場所だ。騎馬軍にはうってつけに思えるからな。我が軍の後ろから、一気に襲い掛かるつもりだろう」


 リキの言の通りに、リキ軍が隘路を抜ける頃に追いつこうと、ウンベルト軍が追ってきた。歩兵では追い付けないので、ウンベルト将軍は騎馬だけの5,000で追撃を命じた。5,000騎ではリキ軍と同数で、勝敗の帰趨は予測不能だが、こちらは背後から襲うという利がある――との計算が将軍にはあったものと思われる。

 追撃を開始したウンベルト軍は、リキ軍の背中が見えた――と思ったところで、先に潜ませていたリキ軍歩兵隊が岩や丸太などの障害物を落とし、進路を塞いだ。先頭の騎馬の中には、岩に押し潰された者もいた。


「罠だ!!」

「退け! 退けい!!」


 リキに嵌められたと知ったウンベルト将軍が退却を指示したが時すでに遅く、間、髪を入れずに退路も同様に塞がれ、ウンベルト将軍は率いる5,000騎とともに隘路に閉じ込められる形となった。


「焼け」


 リキの号令で火が放たれ、ウンベルト将軍はなす術なく敗れた。戦でのリキは普段からは想像も出来ないほどに、冷淡であった。非情になれなければ、死ぬことになる――と熟知しているからでもあった。

 やがて戻って来たリキ軍に包囲されたカザル城の守備に残っていた歩兵隊は、ウンベルト将軍の敗北を知って怖気づき、一戦も交えることなく開城し、降伏した。


 リキは橋頭保となる城を確保し、兵を入れた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る