第29話 戴冠



 リキによるたった二度の襲撃でヴァーリ候・ロランド国連合軍は戦意を阻喪し、謀主ヴァーリ候を失っていたこともあり、早々に撤退を決めた――。

 ロランド国にとっては、この遠征で得た物は何らなく、人材・将兵をいたずらに消耗しただけであった。

 コロナスを見限り、ヴァーリ候かロランド国が新たな主君になると見込んで付き従っていた中小の領主たちは、ロランドの撤退に目論見が外れ、慌てて自領を指して落ちて行った。


 アンジェラはこれらの中小領主たちを罰しようとしたが、リキは恭順の意を示す者に限っては、寛大に許すように進言した。今のコロナスにこれ以上戦を続ける余力はなく、許すことで恩義を掛けて、今後の忠誠を得るほうが得策であると訴えたのだ。その進言を受けてアンジェラは寛容にも彼らを許し、罪科に問わなかった。

 彼らはその寛大な裁可に感じ入り、以後はアンジェラ――アンジェロ国王擁立を支持するようになる。中小とは言え、多数の領主たちを味方に付けることに成功したのである。

 この意義は大きかった。国王・太子を相次いで失ったからといって、それまで、いたのかどうかも分からない王子の即位など認められない――と反対した幾人かの大貴族たちも、中小の領主たちがこぞってアンジェラの国王就任を支持したため、容認せざるを得なくなった。どうせすぐに馬脚を露すだろう―――との思いもあったらしい。

 それと、内乱寸前であった、先のヴァーリ候主謀の謀反を鎮めたことも、王位に就くことを認める一因になった。あの謀反鎮圧は、それほどの勲功であったのだ。あのままでは、ロランドに国土を蹂躙されるがままであったろうからだ。



 4ヶ月後、アンジェラは晴れて、として即位した。

 即位に際して、隣国との関係不和の状況を鑑み、行事・儀式などで省略出来るものは省いた上で、それでも4ヶ月を要したのは、新国王の即位式とあれば致し方ないところであった。これでも、早いのだ。

 新国王即位後、各地に燻ぶっていた反乱・謀反の火種は激減した。前国王・太子を失い、権威が失墜したかに見えたが、それでも多数の貴族たちの支持を得たアンジェロ国王は勢力を回復、その軍事力を背景に反乱を鎮圧していき、コロナスに一定の平和と安定をもたらした。


 即位後も何かと干渉し、軍事介入してくるロランドを始めとする隣国各国とも戦いを繰り広げた。アンジェロ国王は連戦連勝、さらに貴族たちの支持を拡大していった。国王の連勝の影には常にリキの存在があった。リキは自分が不在の時も、アンジェラが不利な状況にならないように秘かに手を打ち、国王が勝利するように導いた。


 しかし、リキは陰になり日向になってアンジェラを支えながらも、必要以上に彼女に侍ることを避けた。どこから来たのかも分からぬ者が王の側近として侍り、譜代の家臣たちよりも重用されると、彼らの妬み・嫉みを買うことになる。自分だけならまだしも、相手によっては、アンジェラに矛先が向けられることもあり得るだろう。リキは、それを恐れたのだ。


 やがて、国王の権力が強大になるにつれ、リキはアンジェラと距離を取った。自分のことで、アンジェラが足を掬われないようにするためであった。その際アンジェラに、耳に心地よいことばかり述べる佞臣や阿る者を近付けないように忠告した。そして、王の逆鱗に触れることも厭わずに諫言を連ねる者こそ、重用すべき忠臣である――とも意見具申した。

 具申はしたが、実際にどうするかはアンジェラに委ねた。意見を具申こそすれ、その後、どうするかは本人が決めればよい。それがリキの主義であり基本スタンスであったからだ。


 初陣後の数年間だけでもリキは様々な武勲を上げたが、その功績に比して、地位はそれほど高くなかった。リキ自身が固辞したからである。元々、この世界の住人でない彼は、ここでの地位や名誉、恩賞や財貨に執着や関心があったわけでもない。恩賞としての領地も多くを求めなかった。

 ただ、それに伴い家臣の俸禄は少なく、そのことに不満を持つ者には、リキが誠実な人柄と見た有力貴族や領主を主君と仰げるように推挙した。


 結果、家臣はクレアを始め、ガラム、グイド、ルドルフォやダリオなど初期から付き従った者、リキという人物に惚れ込んだ者たちだけが残った。つまり、リキの手勢は数こそ数千ほどと少ないが、彼の下に残った信頼できる者たちで構成された精兵たちと言えた。

 リキがこの世界へ現れて4年が過ぎた頃に、現在の領地ヴォルテッラを拝領した。


 リキは学校を建てて領民の勉学を奨励した。有能な者であれば、出身地や身分に係わらず、登用した。リキの幕下には女性も多かった。現代に生きていたリキは、有能でさえあれば性別に拘らなかったからである。

 ただ、軍事面では事務や後方支援などに限定し、戦いそのものには、腹心であるクレア以外の女性は入れなかった。戦いで敗れた時、女性は悲惨な目に遭うことが分かっていたからだ。

 そんなリキの考えもあって軍の規律は群を抜いて厳しく、侵攻した土地での乱暴・狼藉は当然御法度で、性的なものも含めた暴行、窃盗、殺害は上下の立場を問わず、死罪であった。厳格な軍規のリキ軍は、王国の他の軍に比して、民衆からの評判は良かった。


 また、リキ軍の特徴としては軽騎兵を主力とし、速度を重視した。軽種の馬で戦場を駆け抜け、リキが生産に漕ぎ着けた日本刀や槍で敵を切り付け、突き落とし、歩兵が止めを刺す戦い方が主体であった。そのための軽種の馬の数を揃えるために、リキは博労ばくろうに依頼し大量に買い付ける一方で、自らも生産を行った。その甲斐あって、リキ軍では馬に不自由することはなくなった。

 戦いでは奇策縦横にして、敵を侮らせ、誘い込み、火計を用い、伏せておいた弓兵や歩兵で敵を殲滅することも度々であった。激烈な戦い振りから、やがて、リキ軍は敵味方を問わず恐れられるようになった。


 政では、治安を重視して周辺の賊を討伐し、犯罪の取締りや罰則を強化する一方で、罪人の更生にも力を入れ、反省し更生する気のある者には農地を貸し与えた。農業では潅漑を施して水を常に確保し、品種の選定や土地の改良と併せて収穫を増やした。

 また時おり、リキは城を抜け出しては、領民に交じって畑仕事を手伝うことがあった。


「やはり、こちらでしたか」

「おお、クレア。何か急ぎの用か?」

「急ぎではございませんが……コジモが捜しておりましたので」

「急ぎでなければいい。後で会いに行くさ。ああ、クレアも収穫を手伝ってくれ。ブドウがいい頃合いだ」


 大抵は心配したクレアが迎えに来るが、こんなやり取りがあった後で、彼女も一緒になって農作業や農耕馬の手入れを手伝わされることも多かった。もっとも、クレアもそれを楽しそうにしていたので、たまの息抜きにしていたのかも知れない。



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