第21話 謀と策



 夜明けとともに、城攻めが始まった。10月15日のことである。


 正面に布陣したのは先鋒の将・フリッチ率いる5,000の兵。その内、騎馬の2,000騎は堀や空堀に阻まれて効果的な運用が出来ないために遠巻きにしているばかりで、城壁には3,000余の歩兵が取り付いていた。

 砂糖に群がる蟻のように押し寄せる兵たちは、高梯子を城壁に掛け、何とか乗り越えようと登ってくる。それをリキの軍は弓矢を射掛け、大きな石を投げ落として防いだ。さらに、熱く煮立たせた油をぶっ掛けた。堅固な甲冑に身を固めた兵士たちも、これは堪らなかった。それに火をつけた木々を投げ付けると容易く火が燃え移った。兵たちは火達磨になったり、火傷を負ったりして、もんどりうった。木製の梯子も燃え上がり、次々と高所から転げ落ちた。

 すでに500を越える兵が負傷し、後退を余儀なくされていた。

 依然として城の守りは堅く、次第に城壁に取り付くこともままならなくなってきた。沸いた油や火による火傷を恐れ、兵たちが城壁によじ登ることを敬遠し出したのだ。包囲の輪が徐々に後退して拡がり、包囲網がところどころで分断し始めていた。

 フリッチは、一向に進展しない城攻めに苛立っていた。最前線の一部では散漫に矢が飛び交うぐらいで、戦いは膠着状態となっていたからだ。


「なぜ、こんな小城が落とせん! 数に任せて、とっとと城壁を破れ!」


 馬上でそう怒鳴り散らす彼は齢22、幼少より王弟に仕えていた、いわゆる〝御学友〟であった。王弟とともに育ったせいか、多少、状況把握が甘く、現実を見詰め切れないところがあった。結果が出せないでは沽券に係わると、自分の面子に拘りはするものの策などは持たず、ただ、がむしゃらに攻めよと命じるばかりであった。

 それでは人は付いてこない。

 副将として彼を補佐する立場のニコロは、どう諫めようかと思案していた。彼も〝御学友〟の1人であった。フリッチよりも2つ年下、王弟と同い年の20歳だったが、彼らよりも落着きがあり、いつも一歩引いた位置から彼らを客観的に見て補佐してきた。立場や間柄からしても、彼らに諫言出来る数少ない人物であったのだ。

 考えが纏まったのか、その彼が口を開いた。


「フリッチ。力攻めでは無理だ。一度、退いたほうがいい」

「何ぃ!? これといった戦果も挙げておらんのに、そんなことが出来るか!」

「これ以上無闇に兵を減らせば、殿下の叱責を受けるぞ?」

「ぐっ。むう……」


 〝殿下の叱責〟という言葉が効いたのか、フリッチは唸り声を上げて考え込んだ。渋い顔のフリッチに決断を促すには、もう一押しだ。


「包囲の輪を下げておけばいいんだ。こちらはこれだけの軍勢なんだ。取り囲んでいれば、いずれ向こうは音を上げる」

「そ、そうか」


 包囲していればいい。それだけで向こうは降ってくる――というのは嘘だ。相手はリキ将軍だ。そんなことだけで降伏はしてこない。しかし、嘘も方便だ。こうでも言わないと、フリッチが納得しない。


「私としても、一度、本営に戻って確認したいことがあるんだ」

「……わかった。少し包囲を下げよう」


 そう言って、フリッチは少しばかり後退することを指示した。その間に、ニコロは本営に戻った。確認したいことがある――というのは本当だった。

 本陣に戻るやニコロはその足で、フェデリーコ卿が軟禁されている帷幕に向かった。中に入れば、フェデリーコ卿は暇潰しか、書を読んでいた。入って来たニコロに気付き、顔を上げた。


「ニコロか。何か用かね?」

「フェデリーコ卿。貴方にお尋ねしたいことがあります」

「うむ?」


 真摯なニコロの態度に、フェデリーコ卿も本を閉じ、正面に向かい合った。


「それで? 何が聞きたい?」

「兵糧のことです」

「ほう?」

「兵卒たちに各自で持参するようにと伝えられたのが3日分。それ以後はこちらで用意する必要がありますが、リキ殿はこの地の収穫を終えており、現地での調達は無理でしょう。それに対して、貴方が手を打っていないはずがない。どのようにされるおつもりだったのです?」


 楽観的な王弟と腰巾着どもにあって、このニコロは違うようだ。大局を見渡せる数少ない人物らしい――とフェデリーコ卿は思った。率直な問いには素直に答えねばなるまい。


「すでに昨日、王都に急を知らせる伝令を出してある。随時、兵糧を送れ――とな。早ければ、今日にでも輜重隊の一部が出ているはずだ」

「さすがはフェデリーコ卿。安心致しました」


 ニコロが安堵の微笑を浮かべた。兵糧が足りるというだけで、余裕が出来る。策を練り、手を打つ時間が稼げるというものだ。しかしフェデリーコ卿は、気を抜かぬように、ニコロに注意を促した。


「安心するにはまだ早い。到着するまでは油断ならんぞ。相手はあのリキ将軍だ。それくらいは想定しておろう」

「どういうことです?」

「黙って輜重隊を見逃すはずが無かろう。輸送している兵糧を狙ってくると見ていい」

「……なるほど」

「その旨を含めて、王都には知らせを出したのだ。後は王都側がどれほど誠実に、護衛を付けて輸送してくるか――だ」

「はい」

「私に出来たのはここまでだ。後は頼むぞ?」

「はっ。最善を尽くします」


 ニコロはフェデリーコ卿に敬礼を返した。


「ああ」


 彼は息子を見るような眼で優しく頷き、ニコロが出て行くまで見送っていた。ニコロが去ると、彼はまた読み掛けの書に目を落とした。



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