第38話 捜索開始

 アナンの街に転移した俺たちは、三人に分かれてミクの行方を捜すことにした。

 随時、通信機を用いて連絡を取る。


 もしミクを見つけたら、即保護してアイゼンを呼ぶ。

 アイゼンがミクを見つけた場合は、残りの二人を呼んで一緒に帰還する。


 俺かソフィアがヴェルサーガを見かけたならば、決して単独で接触せず、距離をとって、やはりアイゼンを呼ぶ。

 アイゼンが最初にヴェルサーガを見つけた場合は、自分で対処するので、集まる必要はない……。


 ようするに、アイゼン頼みということで、俺とソフィアは単なる人捜しに過ぎない。

 しかし、一刻を争う事態であるため、分かれて捜さざるを得ないのだ。


 アイゼンは、俺たちがヴェルサーガと接触したあたりに向かい、先ほどの騒動の目撃者を見つけて、奴の行方について聞き込みを行うという。

 それで手がかりがなければ、魔力探知魔法を駆使して捜索していくつもりらしい。


 その範囲は限られていて、せいぜいアイゼンの館の敷地程度だという……それでも十分に広い。野球場ぐらいあったんじゃないだろうか。

 しかしその魔法は永続的に使えるわけではないので、移動しては探知し、また移動しては探知するを繰り返すことになるらしい。


 しかも魔力探知にかかったからといって、その要因が分析できるわけでもない。極端な話、俺たちが持っている通信機だって引っかかる。

 あくまで、ヴェルサーガであれば強い魔法、もしくは魔術具を持っているに違いないという前提の元、一定以上の魔力反応があった場所をしらみつぶしに確認するという非効率的な手段しか取れないのだ。


 かといって、俺とソフィアがなにか有効な手段をもっているかというと、そんなことはない。

 ほとんど勘でミクとヴェルサーガを捜すことになる。


 唯一ヒントとなりそうなキーワードは、奴が放った言葉、


『今すぐお前たちを無理にでも館に連れていきたいところだが……』


 だった。


 つまり、ヴェルサーガは「館」に住んでいる可能性が高い。

 しかし……「館」と呼べる建物は、このアナンの街には数え切れないほど存在している。

 どうやって捜せというのか……。


 と、そこにアイゼンから連絡が入った。


「聞き込みは駄目じゃった……目撃者はいたが、あの後、ヴェルサーガは目に光を浴びて数分ほどあがいた後、恐ろしげな表情を浮かべてどこかへ立ち去ったらしい。そのあまりの形相に、誰も関わろうとせず、後を追った者もおらなかったようじゃ……儂はこれから、魔力探知で街中を調べていく。ミクと奴はまだ接触しておらんことを祈っている。ミクだけならば、まだ見つけることは容易なはずじゃ」


 確かに、ミクだけならば見つけられそうだが……一応、確認をとる。


「アイゼンさん、ミクの服装は?」


「……いや、最後に会うたのはソフィアじゃ。ソフィア、どうじゃった?」


「メイド服です。眠っていたので、そのままベッドに寝かせました!」


 うん、これは有益な情報だ。


「黒っぽいメイド服を着た小柄な美少女を見かけませんでしたか?」


 と聞いて回れば、見つけられるかもしれない。

 ほかの二人もそれに気づいたようで、早速行動を開始していた。

 ただ……どうしても引っかかるものがある。

 あの男……ヴェルサーガは言った。


『……見つけたぞ……何度か残り香は感じていたが……』

 と……。


 だとすれば、ヴェルサーガの方からもミクを捜しており、そしてあの男は非常に嗅覚が優れている可能性が高い。

 そこに、ミクもヴェルサーガに会うつもりで向かったのであれば……もうとっくに出会ってしまっているのではないか?


 そう仮定すると、ミクは「館」に連れ去られてしまっているのではないか?

 そこで必死に考えを巡らせる。


 ファンタジー物語の世界で、ヴァンパイアが住む『館』とは、どのようなイメージだろうか。

 街中ではない。そんな賑やかな場所ではあり得ない。

 郊外……寂しげな、あまり日の光の当たらない……日中でも薄暗い場所。

 古ぼけていて、一見すると誰も住んでいないような、近づくことすらためらわれる不気味な館……。

 あくまでイメージだが、そんな場所の気がした。


 とすれば、この町の南側に見える、急な斜面の山沿いだろうか……。

 俺は勘を頼りに、その方向に向けて走った。


 時刻は深夜0時を回っただろうか。

 上空には薄雲がかかり、月の光をぼんやりと拡散させていた――。

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