第10話 プチバトル
朝食を終えた後、シルヴィの動画をトゥイッターにアップした俺は、すぐにまた館へと帰ってきた。
この日はアイゼンが遠出する予定も、来客の予定もないために、館の周囲に増えてきたというスライムたちを退治するのだという。
ちなみに、アイゼンは普段何をしている人なのかというと、彼が「賢者」というのは本当のことで、この世界の未来を案じて権力者たちにアドバイスを送ったり、召喚を受けて、内政の相談をされたりすることがあるのだという。
基本的に彼が何もしない時、というのは、誰からも相談されたり、アドバイスを送る必要がない……つまり平和である証で、歓迎すべき状態であるらしい。
そしてこの館は、重要な用もないのに気楽に訪れる者がないように、辺境の地の森のそばに、ポツンと建てられているのだ。
その森には、小型の妖魔が出現することがあるという。
それらの侵入を防ぐために、アイゼンは魔術具と自身の豊富な魔力を用いて、この屋敷とその敷地内に結界を張っている。
スライムたちは、張られた結界の中に入ることはできないものの、その魔力を少しずつ奪っていくのだという。
大した被害があるわけではないが、ウザイので定期的に駆除しよう、というわけだ。
ちなみにこの結界、人間や亜人種にも有効なので、それをすり抜けるための護符が渡された。
これがないと、半透明の膜のような結界に触れただけで、バチッっと弾き飛ばされてしまうという……死ぬことはないらしいが。
今回、スライム退治に参加するのは、ソフィア、シルヴィ、ミクの女性三人と俺の、計四人。
参加といっても俺は単なる付き添いで、彼女たちが退治する姿を撮影する許可を取っている。
アイゼンは屋敷に残っている。よほどのことがない限り、誰か一人は屋敷に残るのだという。
護衛のソフィアが残っていなくてもいいのか、と思ったのだが、本来彼女が護衛に就くのはアイゼンが外出するときがメインらしい。結界まで張っている屋敷の中は安全、ということなのだろう。
結界の外に出ると、今までよりずっと鮮明に遠くの景色が見えるようになった。
ぼんやりとしか見えていなかった森や、はるか遠くに存在する岩山などがはっきり見えて、なかなか絶景だ。
そこに存在する美少女三人だが、どうもその容姿がちぐはぐだ。
弓矢を装備し、レイピアを腰に吊るす、剣士の格好をしているエルフのソフィアはいいとして、獣人のシルヴィはベージュの作業着にリュック姿、そして人間のミクに至っては、メイド服で手ぶらのままだ。
その格好で狩りができるのかと尋ねたのだが、
「スライムぐらい、これで十分」
という返事が返ってきた。
確かに、スライムなんて日本のゲームでもザコ扱いだし、普段着ている服で、お使い程度の感覚で倒せるということだろう。近場だし。
「あ、でも、ショウさんは念のため気を付けてくださいね。戦闘経験はないっていうことでしたよね? 一般の人だと、まれに殺されることがありますから油断禁物ですよ」
森のすぐ側まで進んだときに、シルヴィがさらっと怖いことを言ってきた。
どういうことなのか尋ねようとした次の瞬間、すぐそばをを、ヒュン、と何かが高速ですり抜けた。
驚いて、それが飛んで行った方向を見てみると、緑色の、直径50センチぐらいの水風船のような物体が、大木に矢で串刺しにされていた。
それはピクピクとうごめいた後、パシャン、と内部の水を噴出させ、そのまま消え去った。
後には、地面に吸い込まれた薄緑色の水分と、黄色い石のようなものが残っていた。
「……あれがスライムだ。小柄だし、緑色だから危険は少ないが……集団で襲われると厄介だ」
どうやら、ソフィアが恐るべき手際の良さでスライムを打ち抜いたらしい。
そしてそれが戦闘開始の合図になったかのように、森の中からワラワラと、数十匹ものスライムがプルプルしながら出現してきた。
うん、これはかなり怖い。思ったよりもうねうね、ピョンピョン動きながら近づいてくる……5歳ぐらいの子供が走るぐらいの速さはあるぞ。
「……多いな……赤いのや、紫のも混じっている……」
ソフィアがめんどくさそうに呟いた。
「えっと、赤とか紫はヤバいのか?」
「ああ。赤は素早くて攻撃力が高く、比較的大きい個体が多い。紫は、それに加えて毒を持っている」
「毒!?」
ただでさえ、日本には存在しえないスライムの群れにプチパニックの俺なのに、毒と聞くとさらに混乱してしまう。
「まあ、心配ない。ここにいる三人とも、初級の解毒魔法ぐらいは習得している。それで十分対応可能だ」
「……それなら安心、かな……それで、スライムってどうやって攻撃してくるんだ?」
「主に二つだ。体当たりで相手の体制を崩す。そのあと、体の中に取り込んで窒息させる……伸縮自在だから子供なんかだったら丸のみされるし、大人だと頭部だけ覆われてしまうことがある」
ソフィアのその言葉を聞いて、自分の頭にスライムが取り付いて、そのまま窒息する姿を想像し、ちょっと引いてしまった。
その様子を、ソフィアとシルヴィが見て笑いながら、
「大丈夫ですよ。そうなっても私たちが何とかします。それよりも『サツエイ』お願いしますね!」
俺を安心させるように、にっこりと笑顔を浮かべるシルヴィ。俺は自分の役目を思い出し、慌ててスマホで動画の撮影を開始した。
獣人であるシルヴィは、両腕に金属製の三本爪が出るように工夫された籠手を装備していた。
その爪の長さは調節できるようで、15センチほどに伸ばして、勢いよくスライムの群れに突っ込んでいった。
あまりの無謀さに、俺は思わず叫ぶところだった……が、彼女の身のこなしは想像をはるかに超えていた。
驚異的な速度で走り、急停止、急加速、方向転換を自在にこなし、スライムたちを翻弄。
接近して三本爪を一閃、そのスライムの個体が崩れ落ちる前に別のスライムに接近してさらに撃破、他の個体がとびかかってきたときには後方宙返りでその場を離れ、着地の瞬間に爪を振り下ろしてカウンターで切り裂く。
ほんの一瞬で三匹が倒され、続けざまに四匹、計七匹を魔石に変えて、俺たちのところに帰ってきた。
「……とまあ、こんな感じです。慣れれば、ショウさんでもできますよ!」
……いや、俺は後方宙返りさえできないから。
残りのスライムがは少し距離があったが、ソフィアが素早く矢をつがえて、連続で三本発射、動いているスライムに的確に当てていく。
その凛とした表情も、百発百中の腕前も、すべてがクールだ。
メイドのミクはあまり動かない。彼女は何かのサポートなのかな、と思っていたら、いつの間にか俺たちの側面に回り込んでいた二体のスライムをずっと監視していた。
そして右手を差し出し、何か短く言葉を唱えたかと思うと、バシュン、と稲妻が走り、一撃で二体とも蒸発。魔石だけ残して消え去った。
「……今の、魔法か?」
驚いて、うめくように声を出した俺。
「……中級の電撃魔法。二体しかいなかったから、威力を手加減した」
……えっと、あれで手加減、したんですか……多分、人間でも即死する威力ですけど……。
表情一つ変えず殺人級の電撃魔法を使うミクに、俺は恐怖すら覚えた。
その後も、迫りくるスライムに対して無双し続ける三人の美少女たち。その様子を、俺はあっけにとられながらスマホで撮影した。
「……こんなところですかね。スライムは勝手に近づいてきてくれるから楽ですね!」
もう一匹も出現しなくなった様子に、しっぽを振りながら満足げにうなずくシルヴィ。
わずか二十分ほどで、五十匹は倒したんじゃないだろうか。
「あの、えっと……ここの世界の人たちって、みんなこんなに戦闘に長けているのか?」
ちょっと冷や汗を流しながら、俺は三人に尋ねた。
するとシルヴィが、一度ソフィア、ミクと顔を見合わせ、笑いながら、
「……いえ、少々自慢になりますが、私たちは七大英雄の一人とされる、大賢者アイゼン様直属の側近です。ある程度、戦闘能力があると選抜されたメンバーになりますので……まあ、それだけが理由ではないのですが、一般の人よりは戦いの能力は高いと思いますよ」
「……そ、そうか……そうだよな……って、七大英雄の一人って……アイゼンさん、凄いんだな」
「ああ、そうだ。それに、おどけた振る舞いをすることも多いが、真にこの世界の行く末を憂う人格者でもある。我々を手元に置いてくれる優しさも……そんなアイゼン様をお守りすべく、日夜武芸の鍛錬に励んでいるんだ。私自身は、並の騎士にも劣らぬと自負している……まあ、けれどアイゼン様は本来、護衛などいらない実力者なのだがな……」
ソフィアの真剣な物言いに、それが誇張ではないことを悟る。
「……ということは、アイゼンさんはもっと強い?」
「ああ、私たち三人が束になっても到底かなわないだろう。私を側に置いてくれるのは、対外的な理由だ」
賢者たるもの、従者を一人も置いていないのは良くないということか……うん、アイゼンと敵対するのは絶対に避けよう。
「それにしても……剣士のソフィアはともかく、お手伝いと言ってたシルヴィや、メイドのミクまでもこんなに強いなんて……」
「それは、この世界では、いつ争いの絶えない乱世になるかわからないから、と、アイゼン様が訓練してくださったおかげですよ。闇の勢力の脅威が完全に去ったわけでもありませんし……」
シルヴィが、めずらしく真剣にそう話す。
「……闇の勢力って?」
「今は小康状態ですが、その昔、はるか東方より、何度も妖魔の大群が攻めてきたっていう歴史があるんです。私たちが生まれる前の話ですけど……もしそんなことになれば、アイゼン様は真っ先に対応に出られるはずです。その時に、お供する私たちが足手まといになってはいけませんから」
うーん、シルヴィ、いつもニコニコのんきそうに見えて、結構いろいろ真剣に考えてたんだな……。
ミクも無口だけど、あれだけの魔法が使えるっていうことは、才能はもちろん、厳しい訓練を続けてきたのだろう。
俺が一番、なんにもせずにのほほんと生きてきたような気がして、恥ずかしくなった。
俺にできることといったら、彼女たちの活躍が収められたこの動画を、SNSにアップするぐらいかな……。
あとは、日本のおいしいスイーツをみんなに持ってきてあげること、かな。
――こうして、今後、共に冒険の日々を送ることになる彼女たちとの最初の共闘は、無事終了したのだった――。
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