第9話 誠実

 その後、トゥイッターを開くたびにリツイート件数や「いいね」が増えており、コメントもガンガン追加されていくのを、俺は追加のつぶやきもすることなく、ただ成り行きに任せるように眺めていた。

 ソフィアの写真については、彼女の素材としては完璧なのだが、コスプレとしてみた場合、不自然な点が存在する。


「メイクをまったくしていないのはおかしい」


 というのだ。


 手にしたレイピアや、剣士としての衣装の質感は本格的、特徴的な尖った耳もどこからが作り物かわからないほどのクオリティだというのに、メイクをしていない。

 それでこれだけ美形なのは、それはそれで素晴らしいのだが、これほど完璧なコスプレイヤーがメイクをしないなど、あり得るだろうか?

 そのことがフォロワー同士の討論となっていたのだ。


 CGだとすると、さらにハードルが高いというのが彼らの意見だ。

 この時点で俺が撮影してきたもの、という可能性は誰も論じておらず、拾ってきたもの、または誰かからのもらい物、という前提でみんな拡散させていた。


 詳しい説明を載せていない俺も悪いのだが……って、本当のことを書いても誰も信じてくれないだろう。

 それに……ちょっと気がかりなこともあった……ソフィアに無断で、彼女の写真を公開してしまったことだ。


 これを彼女に言うと、怒るだろうな……しかし黙っておくわけにもいかない。

 この夜は、そんなモヤモヤと、異世界を訪問したという興奮が入り混じった奇妙な感覚でなかなか寝付けず、少し寝てもすぐに起きて、部屋の隅に存在するゲートを確認したり、すやすやと寝ている自称神の化身・トゥエルを眺めたり、PCを起動してつぶやきのリツイート数を確認して、またちょっとだけ寝る……ということを繰り返した。


 翌朝、シャワーを浴びて、コンビニで異世界にお土産として持っていくパンやスイーツを買って、そしてまた部屋に戻り、ゲートをくぐった。


 昨日と同じ石造りの地下室に出現し、しばらく待っているとアイゼンが迎えに来てくれた。

 彼によると、俺がゲートを使用すると「魔力の揺らぎ」を発するので、それを感知することができるのだという。


 前日にまた今日もくることを話していたので、訪問自体は問題なかったのだが、三人の女性たちのもとへ行く前に、俺はアイゼンに自分の悩みを打ち明けた。


「……ふむ。勝手にソフィアの『画像』をニホンの人々に見せたので、それを気にしているということじゃな……しかし、そのことはショウ殿の胸の内にしまっておけば決して分からぬことじゃろうて」


「それはそうなのですが、それでは俺の気が済まない。ばれる、ばれないの問題じゃなくて、これから先、彼女に会うのも申し訳ない気持ちになってしまいそうで……」


「……ふーむ……そのことについて、神の化身であるトゥエル殿はどう申されておるのじゃ?」


「……別に、なんとも……いや、むしろこちらの世界のことを広めることになるので、好都合だと言っていましたが……」


「それなら、ますます問題ないではないか」


「そうですね……その事実をソフィアに受け入れてもらえるかどうか、というだけです」


 今自分が考えていることを素直にそう打ち明けた。


「……なるほど、トゥエル様は、こういう心の持ち主をお選びになったということか。一見ごく普通に思える貴殿だが、あちらの世界ではこちらの世界のことを広く知らしめる手段を持っており、そして他人に対して誠実……今述べられた言葉にも嘘偽りがない。今後が楽しみじゃ……と、そのまえに、ソフィアのことじゃったな。ここは儂が仲介して差し上げよう……さあ、一緒に来なされ」


 アイゼンの言葉に、よくわからぬまましたがって、例の食堂へと向かった。

 そこには、すでに彼女たちが揃っており、俺の到着を心待ちにしている様子だった。

 朝から日本の食材を運び込むことを話していたので、期待していたのだろう。


 そこでまず、持ち込んだリュックから食パンを取り出してメイドのミクに渡し、軽く焼いてもらう。

 いちごジャムとバターも持ち込んでいたので、それを塗って食べてもらうと、またもやミクを除く全員が目を見開き、顔を見つめ合って驚いていた。


「これは……こんなおいしいパン、初めて食べましたっ!」


 シルヴィの耳は、昨日よりピコピコ激しく動いている。


「……うん、パン自体の表面がサクサク、中身はしっとりしていて、それにこのジャムの甘酸っぱさ、バターもこちらの世界の物とはまったく品質が違う!」 


 ソフィアの食レポはなかなか的確だ……っていうか、ジャムやバターはこの世界にもあるのだな。あと、パンも。


「……美味しい……」


 ミクは相変わらず表情の変化に乏しいが、それだけにその一言に重みがある。


「うむ……どうやら、食材に関しては、ニホンという国はとても豊かだということがわかるのう……これから毎日こんなうまいものが食べられるるかと思うと、楽しみで仕方がないのう……」


 ……いや、俺、毎日来るとは言ってないけど……。

 と、皆が上機嫌になったところで、アイゼンが例の話を持ち出した。


「ソフィアよ……ショウ殿が、どうしてもそなたに話しておかなければならないことがあるらしい」


「えっ、私に……ですか?」


 エルフの美少女、レイピア使いのソフィアは、話を振られてきょとんとしている。


「ああ、えっと……実は、昨日取った写真……『画像』なんだけど、向こう……つまり日本の人に見せたら、すごく評判になったんだ」


「えっ……あの絵……『ガゾウ』を? ……まあ、確かに、他人に見せたらいけないとは言ってなかったが……」


 ちょっと顔を赤らめて、恥ずかしそうにしている。


「そうじゃろう? 神の化身であるトゥエル様もお認めになっておるし、儂としても、こんなに凛々しい護衛がいることを誇りに思っておる。むしろ広めてほしいと思っているぐらいじゃ。そもそも、ショウ殿は二つの世界の話を双方に広める、神に選ばれし『語り部』じゃしのう……ただ、ショウ殿はソフィアに許可を得ないまま他人に見せてしまったことをずっと気にしておったようじゃ。何とも馬鹿正直……いや、誠実な方じゃ」


 アイゼンがそうフォローしてくれる……若干呆れも入っているようだが。


「……アイゼン様がそのようにおっしゃってくれているなら、光栄です。私などでよければ、向こうの世界に紹介していただいても問題ありません。私はアイゼン様に仕える剣士として、その評判に応えられるように励みます」


 ……なんか別の解釈をしたようだが、これで彼女の了解を得られたのでほっとした。


「……ソフィアさんの『ガゾウ』って、昨日見せてもらった、あの魔法の道具のことですよね?」


「ああ、そうだよ」


 興味津々のシルヴィ。彼女にも、昨日のうちにソフィアの画像は見せていた。


「あの……私も『ガゾウ』、描いていただくことは可能ですか?」


「描く? ……ああ、画像は『撮る』っていう言い方、するんだ。一瞬で写し取れるからね……」


 俺はそう言ってスマホを取り出し、彼女の写真を撮ってその場で見せた。


「……うわあ、凄い! 小さな私がいますぅ!」


 予想通り、大喜びだ……っていうか、このイヌ耳の彼女の写真も相当かわいいぞ。


「あ、そうだ! 『動画』も撮れるんだ……えっと、シルヴィ、もう一回いいかな?」


「はい、何度でも!」


 そういう彼女を、今度は動画モードで撮影する。

 しばらくそのまま録画していると、何にも言わない俺に対して、彼女はちょっと困惑したようで、耳を少しだけピコンと動かしながら、


「……あの、ショウさん? まだ終わらないですか?」


 と聞いてきたので、


「あとちょっと……もう少し笑顔になってもらっていいかな?」


「あ、はい、笑顔ですね!」


 元気よくそう答えたシルヴィは、人懐っこい満面の笑みを浮かべて、耳をピコピコ動かした。


「……よし、もういいよ! いい動画が撮れた!」


 テーブルに着いたままだったのでバストアップの動画だが、それでも、動いているのがはっきりわかる。

 それをみんなに見てもらうと、今度は歓声が上がった。


「すごい……私、動いてます! 生きてます!」


「……こんな高度な魔法が、こんな小さな道具で実現できるなんて……ニホンって、凄い国なんだな……」


「うむ……これは驚いた。このような動くものは、とても高度な魔法が埋め込まれた水晶玉でも使わぬ限り実現できぬ!」


 あ、高級な水晶玉使えばできるんだ……。


「……おもしろい……」


 ミクはだいたい一言で感想を終えるな……やっぱりちょっと塩対応、かな?


 その後、食事を終えた後、もっと動画を撮ってほしいというシルビィの要望に応えて、今度は全身を撮影。

 いろいろ表情を変えたり、後ろ向きになって作業ズボンの上から生えるしっぽをフリフリさせたりして、なかなか可愛い動画が撮れた。


 彼女の場合、かなり小顔なので8頭身に見え、子供っぽくはならないのだが、その愛くるしいしぐさとのギャップがまたいい感じだ。


 シルヴィは、


「ニホンの人たちがこのドウガを見てどういう感想をくれるか、楽しみです!」


 とかなり前向きだったので一旦元の世界に帰って、トゥイッターに彼女の二つの動画を、「異世界訪問 続編」とコメントをつけてアップし、再び館に帰ってきた。

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