第5話 メープルシロップ味
「おお、シルヴィよ、ちょうどよかった。そなたにも紹介しておこう。こちら、異世界からの訪問者、ショウ殿じゃ」
アイゼンがイヌ耳の少女に、俺のことを紹介してくれた。
「え、異世界……あの地下室の、伝説の見えない扉が開いたのですか!? 凄いじゃないですか……あの、私、シルヴィっていいます! この館のお手伝いさんをしています! お会いできて光栄です!」
まるで神様を前にしたように両手を組み、祈るように俺のことを尊敬のまなざしで見つめる彼女。
「いや、本当に俺は向こうの世界ではただの一般市民だから。賢者と称されるアイゼンさんの方がよっぽど尊い存在だと思うよ」
「あ、もちろんアイゼン様もすばらしいお方ですが、本当に異世界から来られるということは、神様に認められたお方のはずですから……」
うるうると憧れの眼差しで俺のことを見続けるイヌ耳の少女、シルビィ。
小柄ではあるが、顔も小さいので8頭身ぐらいに見える。
だから決して子供っていうわけではなく、現代でいえば女子高生ぐらいの美少女だ……まあ、獣人の歳なんてわからないけど……そういう意味では、エルフのソフィアはもっと歳が分からないな。女子大生ぐらいに見えるが。
と、不意にシルヴィは目を閉じ、クンクンと匂いを嗅ぐようなしぐさを見せた。
すぐに目を開けて、そしてその目を輝かせ、
「……ショウ様、すごくおいしそうな匂いがします……」
ちょっと口を開けて、じっとこちらを見つめる……え? 獣人って……人間を食べるのか?
俺が怯えて後ずさりすると、こちらの考えに気づいたのか、
「いえ、もちろんショウ様がおいしそうっていう意味ではありませんよ? なにか甘い食べ物の香りがする、っていうことで……」
両手を左右に動かして、懸命に弁解する。
「……そうか、君は鼻がいいんだな……うん、こっちに来る前に、食事代わりにケロリーメルト……まあ、お菓子みたいなの食べたんだ。たしかにあれは結構甘い匂いがするから、それが残っていたんだな」
「へえ……異世界のお菓子、ですか……美味しいんでしょうね……」
うっ……そんなうるんだ瞳で見つめられると……しかも、耳をピコピコ動かし、しっぽもパタパタと大きく振っているではないか……これは……かわいい……。
「……えっと、今、俺が食べたメープルシロップ味のは持ってきていないんだ。荷物の中にプレーンは入れてきたけど、ちょっと味が薄いから……よかったら、メープルシロップ味もすぐに取りに戻るから、食べてみるかい?」
「本当ですか!? はい、是非食べてみたいですっ!」
パアッと分かりやすく嬉しそうな笑顔を浮かべるイヌ耳の美少女。
それを見たソフィアも、アイゼンも、ちょっとあきれ顔だったが、
「あ、いっぱいありますから、お二人の分も持ってきますよ」
と付け加えると、
「……そうじゃな、そう言ってもらえるならお言葉に甘えるとするかの。お菓子を食べながらみんなで異世界の話を聞くのもいいじゃろう……あ、もう一人、メイドのミクもおる。シルヴィと同じ年頃の、人間の娘じゃ。彼女にお茶を入れさせよう……すまんがショウ殿……」
「ええ、わかりました。その娘の分も持って来ますよ」
この異世界で人間のメイド、しかも若い女の子と聞けば、ちょっとどんな感じの子なのか気になる。
「では、儂らがお茶会の準備を始めておくとしよう……そうじゃな、ソフィアも手伝ってくれ。シルヴィはショウ殿を案内してあげなさい」
「はい、かしこまりました! ショウ様、行きましょう!」
イヌ耳のシルヴィはお菓子につられたのか、元々の性格なのか、ものすごくテンションが高いし話しやすい。
案内がエルフのソフィアだったら、二人だけだとちょっと気まずかっただろうから、アイゼンが気を使ってくれたのだろう。
今歩いて来た廊下を戻って、階段を下りて地下室に入り、例のゲートにたどり着くまで、シルヴィはずっと話しっぱなしだった。おかげで随分と打ち解けた。
彼女によると、ソフィアは相当な腕前の剣士で、人間の騎士にも負けないのだという。
そしてメイドのミクは、普段は無口だけど、すごく可愛い女の子らしい。
また、ミクはアイゼンから直々に魔法の指導も受けており、十八歳の若さでかなり強力な魔法が使えるのだという。
ちなみに、シルヴィも十八歳。ミクとは同じ歳ということもあり、仲がいいらしい。
あと、ソフィアの歳は知らないが、年上なのは間違いなく、頼りになるお姉さん的存在だということだった。
ちなみに、シルヴィは獣人だけあって、小柄な割に体力には自信があり、丸一日でも走っていられるらしい。
そんなことを話しているうちに、地下室のゲートにたどり着いたので、
「すぐ帰ってくるから」
とだけ彼女に伝えて、俺にしか見えない光り輝くそのゲートをくぐった。
「お帰りニャ、早かったニャ!」
現実世界の俺の部屋で、白ネコのトゥエルが俺を出迎えてくれる。
「ネコ……じゃなかった、トゥエル、すごいぞ! 本当に異世界だった! ほら、エルフだ!」
俺はそう言って、さっき撮影したソフィアの写真を見せた。
すると、トゥエルは食い入るようにその画像を見て、
「……これは本当にすごいニャ! 想定してなかったニャ!」
と驚いていた。
「ああ、すごいだろう……想定って?」
「この画像のことニャ! 異世界からはいかなるモノも持ってこられない……それは説明した通りだニャ。でも、この撮影した画像は持ってこられた……たぶん、モノじゃないからだニャ!」
「……そういや、そんな制限があること言ってたな……うん、このエルフの画像、俺だけが独占するのはもったいない! トゥエル、この画像、ネットにアップしても構わないか?」
「……まあ、ボクは構わないニャ。そもそも、向こうの世界のことをこちらの世界の人に広めてほしい、っていうのがボクの願いでもあったからね」
神の化身である白ネコの了解が得られたので、俺は急いでソフィアの画像を自分のトゥイッターにアップし、
「ただいま、異世界訪問中!」
とだけコメントをつけて投稿した。
そして買いだめしておいたケロリーメルトのメープルシロップ味をたくさんリュックに詰め、再びゲートをくぐって、シルヴィの待つ地下室に戻ったのだった。
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