最も災厄に近き獣(上)
憤怒が、憎悪が、絶望が、諦念が、俺の胸の中で凍りついていく。
ただし、それは感情が無くなったという意味ではない。
優柔不断だった俺の精神が、他人を傷付けるに足る冷たさと
今までは人間の――
それらが今や、明確な殺意によって
これからは“事故”だなんて、
殺すのは指揮官だけだなんて、中途半端に人道的な振る舞いを演じるのも、もう
俺は
さあ、誠心誠意、真心を込めて、皆殺しだ。
俺はもう、それを実現させる
醜悪で残酷なこの世界よ。
俺はやっと学習し、成長できました。
そして今や俺が不死身の絶対強者なのだから、俺にはより弱い者を――あらゆる他人を
大いなる力には、大いなる自由が
力無き者に正しさなんてなかった。
力無き者を救ってくれる正義なんて幻想だった。
かつて弱者だった俺は、忙しい日々に追われ続け、
しかし、奇跡は起こらなかった。
当たり前だ……そんな都合の良い妄想が、現実になるわけなかったのだ。
自分で行動を起こさなかった奴隷に、本物の
だから、弱者の世迷い事は、もう終わり。
これからは、自分の正義は、自分で成さなければならない。
ソフィアを救う。
その一環として、バフォメット族を救う。
それを実現するために、レヴィオール王国を解放する。
そして――その前準備として、俺を不快にさせる人間どもを皆殺しにする。
ああ、なんて完璧な計画なのだろう!
正義は俺に
正義のためならば、俺は何だってできる。
正義の名の下に、俺は
かつての俺なら……その
だが、たとえ一方的で独善的な正義でも、今の俺にはそれを
なぜなら、この世は“
この世は
檻の中の
しかし今の俺は、檻の中で最強の魔獣! 足りないのなら、奪えばいい!
この
もはや俺を救ってくれる“誰か”なんて必要ない!
他の誰かに何を言われようと、耳を
奪われ続けるだけの
俺のことが気に入らないなら、剣でも、
傭兵でも、騎士でも、警察でも、マフィアでも、軍隊でも、好きに呼んで来ればいい!
罪を誤魔化せる
法を捻じ曲げる
そして物理的に相手を黙らせる
どうせあらゆる
ホラ、文句があるなら、掛かって来いよ。
たとえ何を持って来ようと、誰を連れてこようと――誰も俺を殺せやしない。誰も俺を
俺を否定する邪魔者は
狂ってる? 馬鹿言うな。
今さら手のひら返しは許されないぞ。
命ある限り、この
今度はお前らが奪われる側だ。
そう、今後は俺が奪う側で、殺す側。
だから殺してやるんだ。
皆殺しだ。
覚 悟 し ろ。
黒い火柱を見て駆けつけたと思われる彼らは、バフォメット族の奴隷たちを盾にして職人街の路地裏を取り囲む。
なるほど。君たちはよっぽど死にたいらしい。
ならば、その望み、俺が
なぁに、遠慮は要らない。お前たちは
ああ、相手に合わせてあげるなんて、なんて紳士的な俺様なのだろう!
ただし――俺のほうは絶対に死なないがな!
理不尽? 不公平? 卑怯? 知らないね!
そもそも今までの
強いられた
なぜ俺がお前らに優しくしてやる必要があったんだ?
要するに、これからは俺の気分次第でお前らが死ぬ。
つまり――皆殺し確定だ。
凍りついたネナトの街に、
俺が石畳の地面を蹴れば、最前列のバフォメット族たちが武器を構える。
確かに、彼らは可哀そうな境遇にある。こうしている今だって、できるだけ傷付けたくないと思っているのは
しかし、馬鹿の一つ覚えみたいに弱者を盾に取るメアリス教国のやり方は、それ以上に俺の怒りを買った。
だから死ね。
悪いが、もう
俺は救うことではなく、殺すことを優先した。
俺は向けられた武器を気にせず、そのまま突進する。
流石は魔術に長けた種族。その刀剣や槍は
しかし、もう俺は、痛みを感じない。
そして、ほんの数分前に
彼らは多少の凍傷と重大な骨折、そして運が悪ければ
しかし、これからメアリス教徒を皆殺しにすると考えれば、そんなものは
俺は何人かの不運な犠牲者を踏み潰しながら、兵士たちの群れの真ん中にまで突っ込んでいく。
そして最前列を突破してしまえば、周囲に居るのは殺すべきメアリス教徒だけだった。
外見だけでなく、行動方針もがらりと変わった魔獣に対して、頭の処理が追いついていないようだ。
当然だな。だってさっきまでは、メアリス教国側にもなるべく被害を出さないように、わざわざ手加減をしてやっていたのだから。
だが優しい季節は、もう終わり。
これからは、全てが死に絶える雪と氷の季節さ。
あらあら、ぼうっとしちゃって。逃げなくてもいいのかい?
今さら逃げたって、もう遅いけどな!
俺は
そして思いっきり、近くの煉瓦がむき出しなモルタルの壁に投げつけた。
凄い勢いで投げ飛ばされた、その兵士だった物体。
成人男性並みの重さを持って飛んで行く肉塊は、十分に凶器だと言えるだろう。
巻き込まれた数人に打撲を負わせながら壁に辿り着いた首の無い死体は、叩きつけられた壁面で、腐りかけたバラのように黒ずんだ紅い花を咲かせる。
――これが、お前らに許された唯一の未来だ。
どうやら、そのメッセージは
しばらく
さっきまでの威勢はどこへ行ったのやら。それとも俺の
それに……そもそも逃亡が可能だったのは、比較的俺から離れていた兵士だけだった。
運悪く俺の
おやおや、
怖い魔獣に
まあ、俺がやったんだけどさ。
じゃあ、死ね。
俺は全身を
すると、これは当たり前の結果であるが……俺の周囲には凍りついた血と肉の塊がばら
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