抗え得ぬ絶望(中)
歴戦の戦士、グランツは魔獣の頭部を目掛けて渾身の一撃を振るう。
だがその一撃は、魔獣が片手で掲げた剣に防がれた。
弾き上げられるグランツの大剣。
しかし、大剣が重力の支配から逃れたその一瞬を利用して、グランツは剣から手を離す。そして、さらに一歩を踏み込みながら、魔獣の
防具の金属部分を凶器として利用した、ある意味姑息な一撃。
それでもグランツはその結果を予想していたのか、止まることなく次の攻撃に移る。
落ち始めるは、重力に引かれた剣。それを再び両手で握ると、グランツはそのまま振り下した。
今度はより水平に近い角度で、魔獣が掲げた剣をすり抜けるように首を狙う。
それは見る限り、やや無茶な軌道だった。だが、グランツは魔獣の
強風に乗って、滑らかに振り下される大剣。
流石にそれを食らうのは嫌だったのか、魔獣は一歩足を引き――そして、グランツの剣を迎え撃つように自作の剣を振り下した。
ぶつかり合う大剣。飛び散る火花。
それにしても、流石はグランツである。
あの手この手で品を
今のところ、グランツは漆黒の魔獣と互角に撃ち合えているように見えた。
魔獣の振るう武器は一見すると、大きな剣のようだった。
しかし、その本質は全く違う。
元々は生き物の一部だったからであろうか、その剣は振られればよく
ゆえに、その切っ先からは、常に大気を切り裂く音がする。
むしろ武器のカテゴリとしては、
まるで神殿の
そんな矛盾を両立する理不尽を相手に、善戦するグランツ。
彼だけでも十分に凄いが、その善戦はジーノの支援があってこそのものだった。
「――
連続で唱えられる、属性も効果も全く異なる詠唱たち。
グランツに対する補助、魔獣に対する阻害と牽制――それら全てを自分に向けられた
そして最高位の冒険者同士による、完璧な意思疎通。その果てに放たれる、高威力の攻撃魔術。
「――
グランツが下がると同時に弾ける
一歩タイミングを間違えば仲間ごと巻き込みかねない……そんな綱渡りのような大魔術。
だが悲しいことに、結果だけを求めるならば、芸術的な神業もほとんど無意味だった。
「……やはり、雷撃にも耐性ができていますか」
激しい攻防に、ジーノは息も絶え絶えだ。グランツのほうは息こそまだ切れていないが……頬を伝う冷や汗を見る限り、そろそろ限界が近そうに見える。
対して魔獣は追撃することもなく、堂々と二人が再び立ち向かって来るのを待ち構えていた。
「……おい、ジーノ。攻撃はもういい。あとは俺の補助と回復……いや、隙を見て脱出することに専念してくれ。お前なら、あの氷の壁も壊せるだろ?」
グランツは、何かを悟ったような表情で、とんでもないことを言い出す。
しかしジーノは反論せず、グランツの言葉に従った。
「…………了解です」
でもオレにはその表情が、感情を無理やり呑み込んで苦しんでいるように見えた。
そもそも、ジーノは多彩な魔術を扱えるが、回数を多く使えるタイプの術師ではない。
本人が言うには、上手く工夫して
だからこそ、効率よく広範囲に攻撃をばら撒くための散弾銃と、丁寧に編んだ魔術を併用して、最低限の魔力で相手を仕留めるのが彼のスタイルだった。
しかし今は、妨害や牽制といった細かな役目も、全て彼が
その理由は――あまりにもレベルが違うその戦いに、オレ達が手を出せないからであった。
「クソッ……どうすれば!?」
オレは何もできない焦燥感に悪態を
実のところ、あの
その中でも、確実に一回は当てられると断言できる秘策――あの
それこそ、ジーノの銃では突破不可能で、弓矢ならすり抜けられる絶対的な穴だ。
あの魔獣相手にその奇襲が成功するのは、間違いなく最初の一回だけだろう。
それを見切られてしまえば、オレにできることは完全になくなってしまう。
あの魔獣の異常性を知ってしまった今、その貴重な機会を、たった一本の矢を当てるだけで終わらせたくない。
だからこそオレは、
「落ち着け、落ち着け。考えろ……」
幸いなことに、考える余裕はあった。
なぜなら、オレ達は今……あの魔獣に無視されていたからだ。
あの魔獣にとってすでに、オレとリップは取るに足らない、あるいはいつでも処理できる雑魚であるらしい。
悔しい気持ちがオレに歯を食いしばらせる。
でも、
しかし、現実は非情だ。
弓を扱うことしかできないオレには、矢を当てる以上のことは考えつかない。
「ねえ、リップ。リップは何か、使えそうなものは持ってないか?」
オレは
なんでもいい。何かを思いつく切っ掛けが……。
「ボクが持っているのは……もう、これぐらいしか――」
リップが取り出したそれは、小さい割にずっしりとした金属製の
ただし、中に入っているのは酒ではなく、今日も魔獣に使ったあの目潰しの原液である。
「それは……」
「そう。使うときは百倍に希釈するんだけど、これを薄めないで使えばけっこうな時間稼ぎになると思うんだ。でも、あの
なるほど。確かに原液ともなれば、かかれば
それをこれだけの量、確実に時間は稼げるだろう。
だがリップも懸念している通り、問題はどうやってあの魔獣に届けるかだ。
オレが
いや、普段オレが使っている毒とは違うんだ。リップの目潰しは、広い範囲にぶっかけることで真価を発揮する。点攻撃の
もっと何かいい作戦が……。
その時、オレの頭の中に
「なあ、リップ! もしかして、それなら――――だったら、できるか?」
オレの問いかけに、リップは目を丸くする。
「え? え、どうだろう? 多分、できると思うけど……でも意味がないよ。だって――――」
リップがオレの考えを否定する。でもオレには、その問題を解決できる秘策があった。
「いや、大丈夫。そこはオレが――――」
「じゃあ、ボクは――――ってこと?」
リップのネコ目が見開かれる。でも、口元の笑みから察するに、彼女も名案だと思ってくれたみたいだ。
「そう、重要なのはタイミングだ。いける?」
「確実に大丈夫だとは言い切れないね。確かめてみることだってできない。けど……」
――これなら、いけそうな気がする。
オレとリップは
オレ達が考えたこの作戦が上手くいけば、あの魔獣を出し抜いて時間を稼ぐことができるだろう。
いや、きっとできるはずだ!!
それは、この絶望的な戦いに、差し込んだ唯一の希望。
「よし行こう、リップ! オレ達が、流れを変えるんだ!」
「うん。アルくんも、しっかりね!!」
オレ達だって、グランツとジーノと一緒に頑張ってきたんだ。ただのお荷物じゃないって、此処で証明してみせる!
覚悟しろよ、魔獣!!
オレとリップはあの魔獣に一矢報いるため、再び戦場に踏み出した。
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