戦士たちの実力

「……ごめん、失敗しちゃったみたい」

 弓使いの少年が、本当に申し訳なさそうに言った。

「……何があった?」

 けわしい顔で戦士が尋ねる。

「ギリギリで避けられた。かすりはしたけど、毒も効いていないみたい」

「キミの矢を……かわした? まさか、この遮蔽しゃへい物も無い雪原で?」

 魔術師の青年は懐疑かいぎ的な表情で眉をひそめた。


 凡庸な者が射った矢ならいざ知らず、射手は青年が知る限り最高の弓使いであるこの少年だ。しかも今回は、指輪に付いていた魔石までも使用している。

 魔石を消費した少年の狙撃は、出費こそ痛いが、放てばほぼ確実に致命傷を与える必殺の一撃である……少なくても今まではそうだった。

 それは魔術師の青年だけでなく、他の者たちにとってもいささか信じがたい現実だったようだ。

「……こりゃ少し、甘く見過ぎていたかもしれねえな」

 戦士は魔獣に対する警戒度を上げた。


「こっちに向かって来るよ!」

 斥候の少女が叫ぶ。

 見れば漆黒の魔獣が雪煙を舞い上げながら、自分たちの方向へ駆けていた。

「やはり、逃げてはくれませんか……」

 人間に対して好戦的なのは、だいたいの魔獣に共通する特徴だ。そこは何も不思議ではない。

 しかし、弓使いの少年は、その魔獣の姿に違和感を覚えた。


(――傷が、ない?)

 確かに自分の放った矢はかすったはずだ。なのになぜ、一切の傷が無いのだろう……?


「ホラ、行くぞ。迎撃の用意だ」

「あ、うん。分かった」

 戦士に急かされ、慌てて次の矢を構える少年。

 結局少年は、魔獣に傷が見当たらなかった件について、自分の見間違いだと思うことにした。


 * * *


 俺は雪をかき分けながら、ゆるやかな坂道を駆け登る。

 近付いてくる四つの人影。戦士然とした男が、その先頭におどり出た。

 革と金属の鎧を組み合わせた、大事な部分を防御しつつも動きやすさを重視した防具。まさに“騎士”ではなく“戦士”といった風貌ふうぼうだ。

 そして何より目を引くのが、背負っている巨大な剣。

 それは黒騎士の持っていた騎士剣よりもさらに大きく、例えるならまさに鉄塊であった。


 すでに互いの間合いに入りつつある俺と戦士の男。

 真っ直ぐ突撃する俺を目掛けて、戦士は正面から剣を振り下す。

 俺はその兜割かぶとわりを難なくかわすが、そのまま追撃の薙ぎ払いが来た。

 咄嗟とっさに俺は腕の鱗殻で、その斬撃を受け止める。

 重い一撃。

 俺は踏ん張って、なんとか耐えた。

 こんな頭悪いレベルでデカい剣なのに、よくもまあ、これほどたくみに扱えるものだ。


 しかし敵はこの戦士一人だけではない。

 視界のすみを走る、盗賊のような恰好をした小さな影。その存在に俺は気が付いた。

 後ろに回り込むつもりだな、させるものか!

 尻尾をムチのようにしならせて、背後に回り込む盗賊に牽制けんせいする。斥候は後ろに飛び退いてそれを回避した。

「うわっと!」

 声の高さから察するに、その盗賊は少女のようだ。

 赤毛でネコミミの彼女がその手に持っているのは、小さなナイフ。

 ――これなら、放っておいても怖くない。

 深追いする必要はないな。

 俺はそう判断した。


 斥候役の少女を無視して、今度は戦士に向かって腕を振るい降ろす。

 するどい鉤爪が戦士を襲う。

 しかし戦士はその軌跡を見切り、上半身だけを捻ってあっさりとかわした。

 だが俺は勢いに乗せて体をひるがえし、尾で斜めに叩きつけるよう追撃する。

 隙を生じぬ二段構えってやつだ。

「うおっ!?」

 俺の尾は見事に戦士の胴体を捕らえ、吹っ飛ばした。

 だが、その手応えは軽い。

 飛ばされた先で雪の上を転がり、すぐさま体勢を整える戦士。

 どうやら戦士はわざとふっとばされて、衝撃を和らげたようだ。


 俺と戦士は互いに距離を取った状態。

 だが決して膠着こうちゃく状態にはならない。俺の側に息をととのえる余裕はない。

 なぜならこの戦いは、四人対一頭なのだから。

 ――そうだよ、お前らだよ!

 すぐさま雪をすくい上げ、隙をうかがう二人に向けてぶん投げる。

 見えていないと思ったのか? 舐めやがって!

 魔力を集中させている魔術師と、俺に向けて油断なく弓矢を構える弓使い。

 俺と戦士が距離を取るタイミングを見計らっていたのだろうが、させるわけがない。

「うわっ!」

「クッ……!」

 雪と氷のつぶてによって、視界を奪われた二人。

 弓使いの矢はほぼ真上、見当はずれな方向に飛んでゆく。

 しかし、魔術師のほうは降りかかった雪を払いつつも、魔術を中断していなかった。

 そのまま魔術の使用を強行する青年。

「――焼き尽くせヴェルフベネン・ロテ紅蓮の炎よフラメ・デス・グルーヌス!」

 詠唱の完了と共に、俺の視界に炎が広がった。


 激しい熱波が俺を襲う。

 俺は黒騎士が放った、森を焼いた炎を思い出した。奴の炎よりも範囲は狭いが、熱さはあの時以上だ。

 熱い。苦しい。炎を受けたところが炭化していく。

 ……だが、息を止めれば焼かれるのは体の表面だけ。そしてそれすらも、不死の再生力の前では問題ない。

 俺は炎の中、魔術師の居る方向に当たりをつけて跳び掛かった。

 残念だったな。

 その炎は俺にとっては攻略済みの、二番煎じの攻撃だ。

 多少ひるまされようとも、流石におくれは取らないさ――。


 バァンッ!!


 揺らめく炎の壁の向こうから、さらなる弾丸の追撃。

 俺に向けられた銃口。ほんの一瞬前まで魔術師が腰にぶら下げていた単発式のショットガンから爆音が響く。

 それは、目にもまらない早撃ちだった。


 目と鼻の先で放たれた散弾。

 反射的に腕を交差して顔面に命中するのだけは防いだが、かわすことはできず、ほぼ全弾を食らってしまう。

 ……しかしそんなただの鉛玉、食らったところで俺にとっては豆鉄砲と変わらなかった。

「やはり普通の弾丸タマじゃ、全然効きませんかッ!」

 舌打ちと共に、魔術師の青年が悪態をく。

 実際散弾が当たっても、表面の肉がえぐれるだけ……魔獣の再生力を前にすれば、ただのかすり傷だ。

 この程度なら最悪、当たっても何も問題ないな。

 そう判断した俺は、自身を包む炎と、さらに降り注ぐ鉛玉の雨を無視して魔術師に突っ込んだ。

 しかし炎を抜けた先、俺を待ち構えていたのは凶暴な笑みを浮かべた戦士だった

 大きな剣の腹に、俺の攻撃が防がれる。

「テメェの相手は俺だよ!」

 挑発的な笑みをたたえながら戦士が叫んだ。


 取っ組み合う俺と大剣の戦士。

 鍛え上げられた戦士の筋力は、魔獣である俺の怪力と拮抗していた。

 おそらく、単純な力技ではない。

 重心の取り方といった技術で、俺に劣る身体能力を補っているのだろう。

 加えてこいつの剣の腕は、あの黒騎士並みかそれ以上だ。獲物が大きい分スピードは劣るが、一歩でも下がれば、そのまま切り伏せられる。

 だが、黒い炎の分、総合力ではこの戦士が劣っているように思えた。


 もう二度と、俺は負けるわけにはいかない。

 組み合ったまま、たっぷりと数秒の時間をかけて、魔力で筋力を増強する。

 もちろん、周囲の警戒もおこたらない。

 鉤爪と大剣の鍔迫つばぜり合い。俺は魔獣の怪力を利用して強引に突破しようとした。

 ――しかしその瞬間、戦士は急に身をひるがえす。

 ふっと抵抗がなくなり、体が軽くなった。

 勢い余って俺はそのまま――なぜか、戦士に投げ飛ばされる。

 しかもすれ違いざまに足を斬りつけられ、無様に雪の上を転がる俺。

 一瞬、自分の身に何が起こったか分からなかった。

「多少かしこかろうが、やっぱ獣だ。単純だぜ!」

 戦士が俺をののしる声が聞こえる。

 本当に、何が起こった……ああ、そうか。合気的な格闘術か!

 遅れながらも俺は理解した。

 どうやら俺は自分の力を逆に利用されたらしい。


 そして状況を理解した直後、視界の左半分が闇に呑まれる。

「グゥッ!?」

 突如として左目に走る激痛。深々ふかぶかと突き刺さる何か。

 なんだ、これは!?

 右目の視界の端にが映る。

 刺さっていたのは、一本の矢であった。

 なぜ? いつ? どのタイミングで? 弓使いの動きは、ずっと警戒していたはずだ。

 この左目に刺さった矢がどこから飛んで来たのか、俺には理解できなかった。

「今だッ、グランツ! やって!」

 ソプラノボイスで、弓使いの少年が叫ぶ。

「ナイスアシストだ、アレックス!」

 痛む視界にふらつく俺。

 その隙をついて戦士が大剣を振りかぶり、俺の頭を斬りつける。


 グシャッと、嫌な音がした。

 遅れて、頭部の右半分が完全に破壊されているのが分かった。


 ――ああ、またこの感覚だ。

 再生が開始するまでの、血の気が抜け、体が冷えていく喪失感。

 ……畜生、また殺られちまったか。


 悔しい。

 足りない。

 力が、足りない。


 もっと、強くならないと。

 頭が潰された体を無理やり動かして、俺は後方に跳び下がった。



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