*11* ようやく本物のスチルが我が手中に!


「ルシア、スティルマン、アタシ達はこっちよ~」


 約束の時間通りに到着した広場で、一瞬だけ周囲を見渡していた私と推しメンの耳に、少し低めの聞き慣れた甘い声がかけられる。声のする方角に視線を向ければ、そこにはラシードの長身がひょこっと飛び出していた。それにしても、何でまたあんな広場の端っこにいるんだろう?


 しかもその隣に立つのは随分と華やかで清楚な女性だ。私達の方からだと背中を向けているので顔は見えない。とはいえ見えないとは言っても、あのラシードがカーサを放り出してナンパに勤しむわけがないのだから、自然とあのお淑やかそうな後ろ姿の女性は知れるものだ。 


 チラッと隣にいる推しメンに視線を向ければコクリと推しメンも頷く。


 絶対にカーサだとは思うけど、もしも違うと恥ずかしい。そんな警戒心に一歩を踏み出すのを躊躇っていると「ちょっと、早くこっちにいらっしゃい?」とラシードが痺れを切らして、さっきよりも少しだけ大きな声で私達を呼ぶ。推しメンが無言で手を振り返して「行くぞ」と歩き出したので、私もそのあとに続く。


 そうしてラシード達の元へついた時、何故カーサが私達の存在に気付きながら背中を向けていたのかが分かった。


「おおー……何でこっち向いてくれないのかと思ったら、似顔絵を描いてもらってたんだ。後ろ姿でも美人だったけど、やっぱり正面から見てもすっごい綺麗だよ!」


 人目がなければ、もっと、もっっっと――大声で騒いで絶賛したくなるくらい綺麗に着飾ったカーサに、大人しめな讃辞を送る。でもすぐにそれだけでは我慢出来なくなったから拍手をしてしまった。はにかみながら「大袈裟だぞ、ルシア」というこの……今の表情を見ていたか絵師よ!


 と、その直後に凄まじい勢いで今まで描いていた絵を中断して、スケッチブックの次の頁にスケッチしている絵師に深く頷く。うむ、流石プロ。今みたいな急なシャッターチャンスにも瞬時に対応出来るのか。


 それにしても……もうこれはスピンオフ作品で、カーサをメインヒロインにした乙女ゲーム作ろう? 来世に元の世界に転生し直せたら絶対買うから。今度はクズな婚約者抜きで、エリート騎士とか宰相の息子とか美味しい役所の攻略キャラクターつけてさ。


 綺麗な癖のない髪は頭の両サイドの髪をお団子に纏めて、後ろはそのまま流してある。その形から、前世で好きだった海外の画家が描いた女性の横顔のポストカードを思い出した。


 上半身は極淡い黄色のゆったりとした鎖骨を見せるタイプのブラウスで、下はピスタチオグリーンのロングスカート。


 パッと見た感じだと地味なスカートには、前膝の辺りまでスリットが入っていて、歩くたびにそこから白い美脚が――覗かない! スリットの部分から覗くのは白いオーガンジーのひだで、その下に隠された脚の輪郭をうっすら透けさせるだけ。絶妙に人の心を弄ぶ着こなし術だ。


 そして足許はオレンジが少しだけ混じったようなベージュのハイヒール。後ろから見ると、靴底に隠された朱色がアクセントになっている。ただでさえ女性にしては高めの身長にプラス五センチ。


 だけどそのことで間延びした感じはせず、ラシードと並んでいる姿は立ち絵として完璧だ。思わず“地味モブな私の友人がこんなに美しいはずがない”みたいな題名をつけて飾っておきたい。


 散々はしゃぐ私の隣にやってきたラシードが「ほらね。アタシの言った通りになったでしょ?」とカーサに言うけど……何のことかと思って二人の顔を交互に見やれば、背後から推しメンが「大方ルシアが喜ぶとでも言って着飾らせたんだろう」と足りない情報を補填してくれた。


「そ。せっかく可愛くしたんだもの。どうせなら形に残した方が良いじゃない? こういう変身した自分の姿っていうのはね、自信がなくなった日に見ると効果あるのよ~」


「それは何となく理解が出来るな。服の選択や化粧はラシードか?」


「勿論よ。久し振りに上等な素材に着飾らせたから興奮しちゃったわ~!」


 確かにラシードの言うその発想には大いに同意するけどさ。そして最高級の素材を存分に使って一流のものを作る楽しさも分かるよ。でもさ、敢えて一般素材の前でそれを言わないでも良いじゃないか。まったくデリカシーのないことだ。


「はいはい、暗に人のことつまんない素材呼ばわりしないで下さーい。第一カーサみたいな一級品がどこにでも転がってるわけないでしょうがぁ」


 とはいっても綺麗なものに心惹かれるのは悪いことじゃない。男でも女でもそこは平等。でもそこはそれ、美醜の感覚は人によって千差万別だろうけどね。求む蓼食う虫。


「まあ、それは良いとしてさ。ラシードはもう描いてもらったの?」


 まさか男女が二人一組でやってきたのに、カーサだけ描いてもらっているわけもあるまい。普通ならここで並んで一枚描いてるだろう。


「ええ、二人一緒に描いたやつなら一枚だけね。上半身だけの簡単なやつだから割と早かったわ。今描いてもらってる全身が入ってる分は、さっきも言ったようにカーサ用よ。でないとあの子すぐに自信なくすんだもの」


 ラシードのその言葉に、思わず推しメンと一緒になって「「一理ある」」と頷いてしまった。あまりに綺麗にハモったので三人で笑っていたら、急にラシードが「そうだわ。せっかくなんだし、今日の記念ってことでアンタ達も一緒に描いてもらえば良いんじゃない?」と大層魅力的な提案をしてくれる。


 おお……今までカーサのドレスアップに気を取られて全く思いつかなかったけど、考えてみたらこれって紙媒体でのスチルをゲット出来る絶好の好機ではないのかな? 要するにいちいち新しい推しメンのスチルをインプットすると、勝手にアウトプットしそうになる脳内スチルを紙に落とし込める?


 ……何それ神かよ……。


 内心“超欲しいんですけどぉぉぉ!?”と暴れ狂う熱量を、生前の鉄仮面スキルで殺してから「だってさ。カーサが終わったら頼んでみる?」と何でもない風を装って推しメンに訊いてみた。断られたらショックだけど、そもそもが棚ぼたなイベントだしなぁ。


 最近の心の距離的に“断られる七割に了承三割くらいかな?”と思っていたら「……そうだな。絵に描かれるのはあまり好きではないが、ラシード達も描いてもらったというなら試してみよう」と奇跡的に三割の答えが返って来た。


 連続して描いたカーサに力を入れすぎた似顔絵師が、最後の気力を振り絞って描いてくれた私と推しメンの一枚は、ラシードとカーサを描いた一枚よりも格段に線も弱々しくて、影の入れ方も少なかったけれど。私にとってそんなことは何の問題でもない。


 緊張から無表情になっている私と、本当に絵に残されることが苦手なのだろう、眉間に皺を刻んだ推しメン。絵師は悪くない。悪いのはラシードとカーサの綺麗すぎる二人組の後に絵をせがんだ私だ。主役級を描いた後に現実的な顔立ちのモブでは筆も鈍るだろう。


 それから二十分ほどで仕上がった絵を代金と引き替えに受け取った私は、まさに感無量だった。これは私が初めて課金をして手に入れた、いつでも取り出して見られるスチル。


 どれだけ離れても、時間を経ても薄れない思い出としての記録の欠片。


 ありがたくて絵師に土下座しそうになるところをグッと堪えて、三人の元へと戻った私は開口一番に絵の所有権交渉を推しメン相手に行う。しかし所有権交渉をするまでもなく、別に絵が欲しくない推しメンはあっさりと譲ってくれた。うん、温度差ね!


 それでは各自スチルを回収したから、学園の温室に戻ってプレゼント交換を……となったところで、急にラシードが似顔絵師に近付いて「アタシったら忘れるとこだったわ。そのスケッチブックに残ってる分も買うから頂戴」と言って、ほぼ無理矢理巻き上げて来た。この鬼め。


 絵を取り上げた似顔絵師が悲しげな表情で私達を見送ってくれたけど、ごめん、私も友人の絵が他人の手に残るのは嫌なんだわ。



***



 その後学園の温室でお茶を飲みながらプレゼント交換をしたんだけど、不思議と品物から受け取る人物の性格が予想出来ると盛り上がった。


 ラシードとカーサからは明るいオレンジ色のマニキュアと、革製で重厚感のあるダークブラウンのブックカバー。


 私と推しメンからは白と紫のリンドウを思わせる花がついた髪飾りと、アンティークな姿をした琥珀色の香水瓶と……って一個足りない。


「んん? スティルマン君あれは出さないの? あの丸い――」


「ミ○プルーンの種とか言っていた物のことか?」


 私が「そうそれ」と言うと斜め向かいの席でラシードが噴き出した。カーサはそれを見て不思議そうな表情をしているけど、これで一定の満足感は得られた。やっぱりネタが通じる相手がいるのってありがたいなぁ。


 指摘を受けた推しメンは「ああ、忘れていたな」と、珍しくうっかりさん発言をして上着のポケットを探っている。そっかぁ、忘れちゃったのか、可愛いなぁ! 生のスチルが手に入った後だと、今度は録音再生機能が欲しくなるのが欲深い人間の性だよね。


 ポケットから薄汚れた布にくるまれたそれを取り出し、ミニテーブルの上に置いた推しメンは「これはルシアの物だ」と言って布を開いた。中から現れたアイテムにラシードが「え? これって模造して良いものなの?」と声をあげ、カーサが「可愛らしい大きさだが、これは何だ?」と言う。


「ルシアが奨学金制度で天体望遠水晶購入の打診を受けただろう? そのお祝いだ。店主が言うには百年以上前に作られた天体望遠水晶らしいが、たぶん眉唾だろう。だがせめて気分だけでもと思ってな」


 確かに言われてみれば、目の前にある現在の水晶よりも一回りほど小さいそれも、夜を掬い取ったような色をしている。推しメンは偽物だと笑うけど、例え偽物であっても推しメンからの心の籠もった贈り物が嬉しくないはずがない。ただですねぇ――。


「いや、でもさ、そんなの悪いよ。これ以上スティルマン君から何かもらうのは、友達として心苦しいし……お金は大事にしないとさぁ」


 友人関係にあまりお金のかかることが介入すると、段々心苦しくなる私に対して推しメンは「だからだ」と言った。そんな私達の会話をラシード達はジッと黙って見つめている。せっかくの楽しい席で気を遣わせてごめん!!


 けれどオロオロするしかない私を前に、推しメンはゆっくりと首を横に振って言葉を重ねた。


「あの場では言い出し難かったが、あれは制度自体は無利子だ。ただ余程実家に余裕があるのでもない限り、返済の目処が立たないから止めておけ。学園側は【星詠師】として有望そうな生徒を王都から出したくないから、ルシアのような生徒を飼い殺そうとしているだけだ。あの制度を受けてしまうとルシアは完済するまで故郷に帰れなくなる。それは嫌だろう?」


 そのちょっぴりどころか、かなりどす黒い王都と学園の闇に触れてドン引きしている私に、推しメンは偽物の天体望遠水晶を握らせてくれる。


「なぁに、それ。そんなこと学園ぐるみでやるだなんて信じらんないわ。アタシもちょっと身の振り方を考えた方が良さそうね」


「ルシア、スティルマンの言うことが本当かどうか、星詠みの能力がないワタシには分からない。ただそれが本当だとすれば度し難いことだ。ワタシもスティルマンの意見に同意するぞ」


 そう二人にも勧められて、今度は私も頷く。そんな私に向かって推しメンはホッとしたような微笑みを見せてくれた。掌には水晶の冷たさを感じるのに、胸の奥が熱くなる。





 ああ――……困ったなぁ。


 本当に困っちゃうからもう止めてよ。


 これ以上、君を好きになりたくない。




 君を幸せにしたいのに。


 誰にも君を、あげたくないよ。

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