宇宙漂流記

４

窓ガラスを揺らすほどのこの歓声（かんせい）も、熱狂（ねっきょう）も、

大音響（だいおんきょう）さえも真空の宇宙にはとどかない。

音が空気の振動（しんどう）で伝（つた）わっている以上（いじょう）、

空気の存在（そんざい）しない宇宙は無音の世界なのだ。

魚が水の存在（そんざい）を認識（にんしき）しないように。

いかに人が普段（ふだん）空気の存在を認識しなくても、

地球は空気で満（み）たされている。

音色（おんしょく）で満（み）たされている。

魚が認識しなくても、そこに水があるように、

空気もまた同じ流体として存在する。

そして音が空気の振動で伝わる限（かぎ）り、

真空の宇宙には音は響かない。

地震が地面がないと伝わらないように。

音もまた空気が無ければ・・・

全（すべ）てがこの冷たい宇宙空間に打ち消され、

消えていく。

広大（こうだい）な宇宙の中で、

この限（かぎ）られた人工島の中だけに響（ひび）く歓声（かんせい）。

なのにこの熱狂は同時に世界中に配信され、

全人類を巻き込み響いているという事実に、

カナタは得（え）に言えぬ感慨（かんがい）を覚（おぼ）えずには、

いられないのだった。

この日の出来事は数多くの生徒により、

記録される事となった。

その一部を抜粋（ばっすい）すればある者は、

神話の世界に迷いこんだ様（よう）だと表現し、

またある者は、窓から射し込む寒星（かんせい）の輝きは、

人類の行（ゆ）く末（すえ）を愁（うれ）いっているようだったと、

残している。

その数多くの記録の中で、

特に情緒的（じょちょてき）だったのは、

べネット フロリアのこの記録であろう。

深淵（しんえん）の宇宙、窓の遥（はる）か先に浮かぶ故郷（こきょう）地球。

人間の目の錐体細胞（すいたいさいぼう）は、赤、緑、青の３つ、

推定（すいてい）１００万色だと言うけれど、

窓の先に見える故郷（こきょう）の青さは、

それだけで表現するにはあまりに不浄（ふじょう）で、

あまりに足（た）りない、儚（はかな）さと温もりがあったと

書き残している。