イキモノを殺してみたいと思ったことのある君たちへ

譜楽士

天使と化け物

 夜の公園で、少年が猫を解体していた。

 振り返ったその少年の目は、真っ黒だった。


 ***


 話は、数時間前にさかのぼる。


 俺は仕事が休みだったので、家でテレビを見ていた。

 地方テレビ局のニュース番組だ。全国放送の番組と違って、こういうものは非常にローカルな話題を取り上げてくれる。

 近場のひまわり畑やプールで遊ぶ子どもたちの映像が流れ、夏も盛りであることを感じさせた。

 太陽の下ではしゃぐ子どもたちの目は輝いている。俺はソファにもたれかかってそれを画面の外から眺めていた。


「はい、お兄ちゃん」


 声と同時に、麦茶の入ったグラスを差し出される。

 妹だ。ありがとうと言って受け取る。わずかに汗をかいたグラスに、氷が当たってからんと涼しげな音を立てた。

 妹も同じ麦茶を持って、違うソファに腰を下ろす。薄手の白いワンピースを着て、長い黒髪を頭の高い位置で結んでいる。その清らかな様はまるで天使である。

 というか妹は天使である。もちろん、ファンタジーの世界に出てくるような存在というわけではない。妹は俺にとっての天使なのである。

 俺とは少し歳が離れていて、今年高校生になったばかり。兄としては変な虫がつかないか不安でならない。

 今のところそんな様子はないが、油断はならない。虫は光へと寄ってくるのである。

 そんなことを考えながらこくこくと麦茶を飲む妹を見つめていたら、背広を着たニュースキャスターが次のニュースを読み上げた。


『……●×町の公園で、野良と思われる猫の死体が発見されました。同町では同様のケースが相次いでおり、警察は周囲のパトロールを強化して――』


「またか……早く見つからないのかな、犯人」


 妹がニュースを聞いて、不安そうに眉を寄せた。それはそうだ。●×町とは俺たちの住む町なのだ。

 この案件は少し前から連続して発生していた。野生の小動物を殺し、解体してきれいに並べる。そんな猟奇的な手法が繰り返されてきた。

 俺は麦茶を飲んだ。それは表情を隠すためだった。一息ついて、妹に言う。


「……飼い主のいない野生の動物を殺めても、犯罪にはならないんだ。それを罰する法律がないからな。警察も大規模な捜査はできない。せいぜいパトロールを強化するくらいだ」

「そうなんだ……」

「飼い主がいた場合なら、器物損壊の罪で捜査できるんだけどな。野良だと……」

「器物、損壊?」


 妹が目をしばたたかせた。ああ、そうか。この辺は解説した方がいいか。

 俺は昔調べたことを、妹に簡単に説明をした。


「ペットっていうのは、法律上は飼い主の『財物』なんだ。価値のある『モノ』で――それを壊したり殺したりすると価値が損なわれる。つまり飼い主の財産が損なわれる。だから罪に問われる」

「なにそれ。動物の命って『モノ』なの?」

「法律上はな」

「そんなの、おかしいよ。殺された猫とかがかわいそうだよ……」


 テレビの中ではコメンテーターが、やれ命の大切さがどうの、こんなことをするなんて理解できないだの、ヒステリックな口調で持論を展開していた。

 しかしそんなものよりも妹の発言の方が大きい。命の尊さを知る妹。天使である。

 法律上、確かにペットは『モノ』扱いだ。

 しょせん人間の暮らしを回すために生まれた文章なのだ、そこまではカバーしきれない。だが世間では妹のように考える人の方が多く、今回のようなことが起こるとたびたび取り上げられるようになる。


 命の重さとはなにか。


 法律の外にある価値を見出すことを、求められる。


 まあ、妹はそれを知っているのだ。もう十分であろう。むしろ兄としては、こういうものに関わってほしくない。

 妹は天使のままでいい。俺は妹の不安を軽くするため、穏やかに笑って言った。


「大丈夫だ。そのうち誰かが捕まえて、猫も殺されなくなるさ。これだけ短期間に何件も繰り返していれば、さすがに目立つからな」

「だと、いいんだけど」


 まだ表情の晴れない妹に、俺は続けた。

 妹は聡明だ。だが、念のため。


「警察だって無能じゃない。パトロールも強化するって言ってたしな。だから自分で犯人をつかまえようとか、そういう馬鹿なことを考えるのはやめてくれよ」

「……うん。わかった」

「よし。危ないところには近づかない。そういうのは専門家に任せておけばいいんだ」


 そうだよね、とつぶやいて再びテレビを見る妹。それを横目に、俺は空になったグラスを片づけるため台所に向かった。

 そう、こういうことは専門家に任せるべきなのだ。

 例えば、俺のような。

 日差しの角度の問題で、台所は少し陰があった。このくらいの暗さの方が、俺にはちょうどいい。

 グラスをシンクに置き、俺は笑った。

 うっすらと。

 こみあげる衝動のままに。

 こういうところなら、隠さないでもいい。素の自分でいられる。

 をしなくても済む。

 自室に戻りふと鏡を見ると、そこに映った俺の目は光を反射していなかった。

 真っ黒だった。

 そう、妹が天使なら。

 俺は、化け物である。

 感情を表に出して――俺は、くすくすと笑った。

 嬉しかった。

 やはり俺の同類はいるんだと、ひとりではないと言われたようだった。

 だよなあ、そうだよなあ、やりたいよなあ。

 さきほど妹に解説した知識は、昔その関係で調べたものなのだ。

 かつて同じようなことをやったことがある身としては、この騒ぎの首謀者には同類の匂いを感じるのだ。


 妹に危険な場所へ近寄ることを禁じた。それは安全を確保するためであるが、同時に俺が行動しやすくするためでもある。

 この猟奇的な行動を繰り返す仲間を、俺は探してみるつもりだ。

 そして、話をしてみたい。

 なにを考えて、動物を解体し――中身を並べたのか。

 それに興味がある。

 そして、その後の話も。


 だがその人物と話しているところを、妹に見られたくはなかった。

 妹にだけは絶対嫌われたくないのだ。だから俺は静かに夜を待った。


 日が落ちて暗くなって――俺はそっと家を出た。

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