乙女ゲームの悪役令嬢はヒロインを攻略することにしました。

ワルツ

第1章:ヒロイン攻略、始めました。

第1話:悪役令嬢に転生したのですが、ヒロインが大変なことになってしまいました。

 あーあ、友達から借りたゲーム、返し損ねちゃったな……。


 身体が宙に跳ね、弧を描きながら頭からコンクリートにぶつかった瞬間、私はそんなことを考えていた。

 ゲーム、アニメ、マンガ、そしてゲーム……私は顔の良い男と女が出てくるコンテンツを浴びることだけに時間を対やし、春休みを終えて新学期を迎えた。友達から借りた乙女ゲーム「恋と運命のFairy Tale」を鞄に入れ、オタク友達と感想を語り合う図を脳内に浮かべ、学校への道を駆けていく。

 それが、最後の記憶だ。


 クラクションの音が聞こえ、ハッと我に帰った時、真っ赤な信号機が見えた。

 そして、視界がブラックアウトした。






 ────という夢を見たのだ。


「ウッソでしょ、返しなさいよオタク同士の語らいの時間を!」


 私、侯爵令嬢ゲルダ・アナスンは揺れる馬車の中で叫んだ。麗らかな春の日差しの中、私は所謂「前世の記憶」とやらを思い出してしまった。そして、転生先であるこの世界が何処なのか。自分が何に転生してしまったのか、この時全て理解した。


「どうなさったのですか、ゲルダ様」


 私の向かいの席では、ブロンドの髪の青年が唖然とした顔をしていた。彼は幼馴染であり、昔から私の家の執事を勤めているハンス・アンデルシアだ。私は慌てふためきながらハンスの顔を三度見くらいした。


「は、は、はは……な、なんでもないわよ」


「ゲ、ゲルダ様、本当に大丈夫ですか?」


 ハンスは眉間に皺を寄せながら声をかけてきた。

 先程の夢の中で、私はたしかにハンスの顔を見た。鞄の中に入れていた乙女ゲーム「恋と運命のFairy Tale」のパッケージにはヒロインと4人のイケメンの姿が描かれていたハンスはその4人のイケメンのうちの一人として描かれていた。

 そう、つまり目の前にいるハンスは乙女ゲームの攻略対象、そしてこの世界は乙女ゲームの世界。そして私は、このゲームで当て馬として悲惨な最期を遂げる悪役令嬢に転生してしまったのだ。


「お、お、落ち着くのよ、私……」


「そうですよ、落ち着いてください。今日は折角の入学式なんですよ。アナスン家の恥を晒すことのないよう、くれぐれもお気をつけください」


 入・学・式?

 私は窓の外へと視線を向けた。廻る歯車、機械仕掛けの「図書塔」、中世ヨーロッパの世界に紛れ込んだかのような建物。ハンスは私の荷物や上着を整えながら、「あれが学園の校舎ですよ」と外を指した。その外観は私が前世でプレイした乙女ゲームの中に出てくる魔法学園と酷似していた。

 あの学園で、攻略対象・ハンスはヒロインとの恋に落ち、傲慢な悪役令嬢・ゲルダは破滅を迎える。私は殆どのルートで、ハッピーエンドなら死刑、バッドエンドなら侯爵令嬢の身分を剥奪された後、馬に蹴られて死ぬことになっていた。


「う、ウッソでしょ……。とにかく、なんとかして未来をどうにかしないと……」


 いかなる手を使ってでも、ヒロインが攻略対象と結ばれることは阻止して、死の未来を回避しなければ!

 意を決した瞬間、馬車は学園の門の前で止まった。



 式の最中、周囲の学生の顔を一人一人確認していったが、ヒロインらしき人物を見つけることはできなかった。休み時間、ホールから教室へと移動する途中で、私は黒髪で背の高い青年に声をかけられた。


「久方ぶりだな。ゲルダ」


 攻略対象の一人、ルードヴィヒ・グリム。貴族の中でも特別な役職「書の守り人」としての役目を担っているグリム公爵家の三男であり、悪役令嬢ゲルダの婚約者だ。とはいっても、ルードヴィヒは我儘なゲルダに辟易しており、ゲルダへの恋愛感情は微塵も無い……という設定だ。


「ご機嫌麗しゅう、ルードヴィヒ様」


「そういえば、平民の生まれでありながら『書の精』の声を聞くことができる少女が入学したそうだ。お前には興味の無い話だろうが」


「『書の精』の声を?」


 私は確信した。その少女こそ、このゲームのヒロインだ。『書の精』はこの世界の所謂神様だ。その神の声を聞くことができる特別な少女が、魔法学園で様々なイケメン達と恋をする──これが「恋と運命のFairy Tale」のあらすじである。


「すみません。その少女をお見かけになりましたか?」


「中庭に向かうところを見かけたな。それがどうかしたか?」


「ありがとうございます。失礼いたします」


 私が頭を下げて礼をすると、ルードヴィヒは大きく目を見開いた。


「ゲルダ。何かあったのか?」


「え? あー……いえ、何でもございませんわ。失礼いたします」


 そういえば、今の私は強欲傲慢の悪役令嬢だということを忘れていた。



 早速中庭に向かうと、すぐに一際異質な外見の少女を見つけた。真っ白い髪の毛に林檎のように赤い瞳の少女が中庭の隅で一人ぽつんと座っている。間違いない。あれがこのゲームの主人公、リデルだ。

 私は扉の影に隠れてこっそりと様子を伺った。ゲームのパッケージで見たとおり、可愛らしい顔立ちで、瞳がぱっちりとしている。しかし一方で、ゲームで見たリデルよりもどこか物憂げな表情をしていた。

 その時、偶々ハンスが主人公のすぐ傍を通りかかった。


「おや……あなた、こんなところで何をしているのですか」


「いえ、何でもないんです」


 私の全身に鳥肌が立った。これは間違いなく、攻略対象のルート分岐に関わるイベントだ。そうだ、思い出した。たしか、ゲームでは学園に入学するとすぐに、リデルは異質な外見と特別な力のせいで数人の女子生徒からいじめられる。その際に手を怪我してしまったリデルは中庭でハンスと出会うのだ。


「僕は、ハンス・アンデルシアといいます。あなたのお名前を伺ってもよろしいですか」


「…………。リデル・キャロラインです」


 そして、この後ハンスは怪我をしたリデルの手を見て、自分のハンカチを手渡す。リデルはハンスにお礼を言い、後でハンカチを返す為にまた会いに行くことを約束する。こうして、ハンスルートへの分岐フラグが一つ回収される。


「ん? 君、手に怪我をしているじゃないですか。どうしてこのような……」


「な、なんでもないんです。ちょっとした不注意で手を切っちゃって……」


 リデルはヒロインらしく控えめな態度を見せながら微笑んだ。


「このハンカチで傷口を抑えてください。すぐ保健室に行きましょう」


 まずい。これはまずい。ハンスルートでの私は、ハッピーエンドなら死、バッドエンドでも死だ。どうにかして、リデルにハンカチが渡ることを阻止しなければ……だが、その時リデルは意外な行動に出た。


「いいえ、大丈夫です。この程度、唾付けておけば治るので。じゃっ、さようなら!」


 リデルはあまりにも唐突に会話を切り上げ、すぐにその場を立ち去ってしまった。リデルの背中を見つめながら、私は呆然とした。

 乙女ゲームのヒロインが、攻略対象であるイケメンに対して、あれほど冷たく会話を切り上げて去るものだろうか? これが、最初はヒロインに対して冷たい態度を見せるキャラクターならばまだわかる。だが、ハンスは最初からヒロインに対して優しく接してくるキャラクターだ。一体、なぜ……?

 そう思いながらリデルの後を追うと、次にリデルはルードヴィヒと出会った。


「こんにちは。君が『書の精』の声が聞こえるというお嬢さんか。噂には聞いているよ」


 リデルとルードヴィヒの出会い。ここで二人が話していると、どこからともなく意地悪な女子生徒が現れ、友達を装ってリデルをルードヴィヒから引き離す。その後、リデルが女子生徒に苛められているところをルードヴィヒが助けだし、ルードヴィヒルートへの分岐フラグを回収する──ことになっていた。

 だが、リデルはここでも……


「そうですか。すみません、急いでおりますので……失礼します」


とだけ言い残し、碌に会話もせずに立ち去ってしまった。

 その後もリデルの奇妙な行動は続いた。第三攻略対象であるエンデ・フィルズィヒ、第四攻略対象であるライマン・ウィゾルデとの出会いのイベントも発生したが、リデルは殆ど攻略対象と会話せずに立ち去ってしまった。


「どういうこと?」


 私は首を傾げた。

 乙女ゲームとはヒロインがイケメンとの交流を通して親密度を上げ、攻略するゲームだ。そのヒロインが攻略対象であるイケメンと碌に会話しなければ、ゲーム自体が成り立たない。悪役令嬢ゲルダとしての死につながらないことは有難いが、リデルの謎の行動のことは気になった。

 リデルの後を追いかけ始めて暫くした頃、屋上へと続く階段の途中で、彼女は一度頭を抑えた。


「いたっ……」


 リデルは手の怪我の治療をしていない。そのうえ、体調も悪そうだ。こうなると、私はリデルのことが少し気の毒になってきた。悪役令嬢ゲルダが破滅の道を歩む原因は、それまでにゲルダが行ってきた犯罪紛いのいじめだ。つまり、因果応報、当然の報いでゲルダは死ぬ。ならば、悪行と真逆の善行ならば、死亡エンドへの引き金を引くことはないかもしれない。私はそう自分に言い聞かせ、勇気を出してリデルに声をかけようとした。

 だがその時、私はリデルがこう呟くところを見てしまった。


「でも、まあ……これで余計な分岐フラグは踏んでないはず」


 分岐フラグ? どこかで聞き覚えがある言葉だ。そう、つい先程まで私が脳内で何度も繰り返していた。だが、ゲームの「登場人物」がこの言葉を発するようなことがあるはずがない。そのようなメタ発言をしてしまっては、この中世ヨーロッパ風の魔法学園の世界観がぶち壊しになってしまう。こんな、この世界をゲームとしてプレイしたことがあるかのような言葉……

 その時、数人の女子生徒の声がした。


「見つけましたわ! もう逃げられなくてよ」


「卑しい女。見たわよ。あなた、ハンス様やルードヴィヒ様に色目を使っていたわね」


「あなた如きがハンス様やルードヴィヒ様と会話する資格があると思っているの?」


 女子生徒たちはリデルを取り囲んだ。リデルは肩を竦めて震えていた。女子生徒たちはリデルを罵倒した後、リデルの両手を掴んだ。これ以上は見ていられない。私は階段を駆けあがり、女子生徒の頭に跳び蹴りを一発お見舞いした。


「やめなさい、あなたたち! こんなことして、恥ずかしくないの!?」


「 な、どうして止めるんです?」


 よく見ると、彼女達はゲーム内で取り巻きとしてゲルダと共にリデルをいじめていた生徒だった。


「どうしてもこうしてもないわ! あなた方の行いは、この学園とあなた方のご家庭の品位を貶めていることがわからないの!? 立ち去りなさい!」


「な……? 一体どうなさったの。わかったわ、そこのクソ女に魔法で洗脳されているのね。そうなんでしょ!?」


「バッカじゃないの!? そんなことされてないわよ。いいから、さっさと立ち去って!」


 女子生徒達は困惑しながらも、すぐにその場を立ち去っていった。女子生徒達の足音が消えた直後、背後でか細い声がした。


「どうして……あなたが私を助けたんですか……」


 リデルは涙ぐみながらこちらを見つめていた。


「そりゃ、その……あまりにもひどかったから、見ていられなかったのよ」


「で、でも……」


 肩を竦めるリデルを見て、私は首を傾げた。このリデルは元のゲームよりも少し過剰に内気な性格であるような気がする。元々のゲームでは、リデルは明るく心優しく、引っ込み思案ではあるものの、芯は強い努力家だった。誰かに助けてもらった時は、即座にお礼を言うような性格だ。

 疑問に思ったが、むしろこの状況はリデルと話をするチャンスかもしれない。私はこう話を振ってみた。


「ところで……あなた、さっきハンスやルードヴィヒたちと会ってたけど、碌に話もせずに立ち去っていたわよね」


「す、すみません。私のような者がハンス様やルードヴィヒ様のような方とお話してはご迷惑かと思いまして……」


「ああ、別にいいわよ。責めているわけじゃないの。ただ、単純に理由が知りたかっただけ」


 すると、リデルは眉を潜めた。間違いなく、彼女は私の言動を訝しんでいた。だが、それまでに私と面識があるハンスやルードヴィヒならまだしも、私とリデルは初対面だ。ここで不審がられる理由がわからなかった。


「その……嫌なら無理して言わなくてもいいんだけど……」


 すると、突然リデルの表情が氷のように冷たくなり、深く頭を下げた。


「ゲルダ様、助けてくださってありがとうございます。ですが、お願いです。もう私にこのように関わることはおやめください」


「どうして、そんな……ん? えっ?」


 私はここまでの流れで、リデルに自分の名前を名乗ってはいない。それなのに、なぜリデルは私の名前を知っている?

 リデルはその隙に私の横を通り抜け、立ち去ろうとした。私は慌てて彼女の腕を掴んだ。


「待って! どうして私の名前を知っているの!?」


「……今のは、私の失言でした。けれど、お願いですから、やめてください」


 リデルは窓ガラスが震えるほど声を張り上げた。


「そうじゃないと、ゲームが壊れるかもしれないじゃないですか!」


 その時、私はこれまでのリデルの謎の行動の理由に気が付いた。まるでこの先の展開を知っているかのように「分岐フラグ」の管理をしながらゲームを進めることができる。まだ名乗ってもいないキャラクターの名前を知っている。そのような存在を、私は一つだけ知っている。自分と同じ「転生者」なら、可能であるはずだ。


「ま、まさか、あなたも転生者なの? いや、待って。だったらどうして攻略対象を避けるわけ? 乙女ゲームのヒロインなら、イケメンを攻略しなきゃバッドエンドになるはずでしょ!?」


 すると、リデルは苦しそうに俯きながら答えた。


「……何があったのか知りませんが、攻略だなんて、軽く言わないでもらえますか。私は、イケメンの攻略なんてしたくないんです」


「な、なんで? 自分のバッドエンドと引き替えてでもしたくないの?」


「はい、だって、だって私は……」


 リデルは顔を上げ、ヒロインらしからぬ大股を広げ、両手を広げて叫んだ。


「だって私は、最低ライン55歳以上のナイスミドルのおじ様・もしくはお爺様にしか性的欲求が沸かないんだもの!!!!!」


 ……自分が今聞いた言葉を三度程確かめた。最低ライン55歳以上のナイスミドルのおじ様・もしくはお爺様。おじ様はまだ良しとしよう。お爺様?


「別に攻略対象の皆さんが人として嫌いなわけじゃないんです。みんな根は良い人達だし。友達としてなら全然アリ。でもね、恋とかキスとか付き合うとかありえない。トキメかない。髭が足りない、顎のテクスチャに手を抜きすぎ。親御さんの子宮の中であと40年くらい顔面を細胞分裂させてから出直してきてほしい。ポッと出のモブとして出てくる老人の先生とかが攻略対象だったらまだモチベーション保てるのに、みんな顔がツルツルしてて凸凹が足りないの。好きでもなんでもない男性に『俺のこと好きなんだろ?』とか言われても反応に困るだけなんです。絶対その微笑みを求めている人が他にいるはずなのに、どいつもこいつも私一人にクソでかい感情を向けてくるの。正直ゾッとするんですよ」


 リデルは壊れて水が止まらなくなった蛇口のように早口で自分の心情を語り続けた。


「でも、そう、あなたの言うとおり、イケメンを攻略しないと私はバッドエンドになります。けど自分のバッドエンド回避の為に、好きでもない男と付き合って、キスしたり、『愛してる』だとか言ったり言われたりすることがどれだけ辛いかわかる!? 勿論、第一に私が嫌。でもそれ以上に攻略対象のみんなに申し訳ないんですよ! タイプじゃないけど、みんな悪い人じゃないし、がっかりさせたり辛い想いをさせたくなんてない。それだけならまだしも、無理をして相手を愛してみようと試みて、ルートの途中で私が本当に相手を愛することができないことがバレたこともある。バッドエンドに突入して相手が死んだりした時の気持ちがわかる!? 何度謝ったって謝り切れない。私が攻略対象を愛せなかったばっかりに、誰かが死ぬのは嫌なんです!」


 一通り不満を吐ききったのか、リデルは胸を抑えながら息を切らしていた。私は開いた口が塞がらなかった。私が知っている乙女ゲームのヒロインは、ガニ股で両手を広げながら攻略対象の顎のテクスチャにいちゃもんを付けたりしない。だが、リデルが今語ったことが事実だとすれば……それはたしかに、耐えがたい出来事だろう。

 リデルは俯きながら、か細い声で呟いた。


「選択肢で未来は変えられても……性癖は変えられない」


 私はリデルにどのような顔を向ければよいか、わからなくなった。悩んだ末に、私はこう尋ねた。


「あ、あなたは……何度もこのゲームを繰り返してるの?」


「はい。ずっと。回数なんてもう忘れた程度には」


 彼女の境遇に同情することも、心情を理解することもできた。好きにはなれない、しかしタイプではないものの悪い人ではない。そんな男性と無理矢理に恋をすることは辛く、苦しいだろう。だが、私はこの時に少し不謹慎かもしれないことに気づいてしまった。一つは、口では乱暴なことを言っているがリデルは根が優しい少女だということ。もう一つは……もし彼女が自由でいられる場所で、好きなものについて語らせたら、多分メチャクチャ面白いだろうということだ。


「……あ、あれ、私……どうしてこのことを、人に言え……?」


 リデルが自分の口を抑えて狼狽え始めた時、階段の下から人の声がしはじめた。

 階段を埋め尽くす程の大勢の女子生徒が、獣のように群がってこちらにジリジリと近寄ってきた。


「いたわよ。あの『書の精』の声が聞こえるとかいう小娘!」


「ハンス様やルードヴィヒ様に色目を使うだけではなく、侯爵令嬢であらせられるゲルダ様を洗脳するだなんて!」


「自分がどれだけ身勝手なことをしているか、一度わからせないと駄目ですわよね。ご本人の為にも」


 どうやら、女子生徒たちはゲルダが怪しげな術でリデルに洗脳されたと勘違いしているようだった。


「いや、いやいやいや、ちょっと待ちなさい! 私は洗脳なんてされてないわ!」


 一方で、リデルは苦い顔を浮かべていた。


「ったく……まあ、こうなりますよね」


 リデルは深い溜息をついた後、女子生徒達に背を向けて階段を駆けあがり、屋上に飛び出していった。怒り狂う女子生徒達に紛れて、私もすぐに後を追う。屋上に出た瞬間、女子生徒のうちの一人が悲鳴をあげた。ヒロイン・リデルは落下防止の為に設置された柵の向こう側にいた。一歩でも足を踏み出せばどうなるか……幼児でも一目でわかる場所だった。リデルは白い髪をふわりとかきあげながら、こちらを振り向き、寂しそうに微笑んだ。


「ああそうだ。今、言っておかないとだめですね。ゲルダ様、今回のあなたに何があったのかわかりませんけど……久々に愚痴ったら、ちょっとスッキリしました。ありがとうございます」


「え……ありがとうだなんて、そんな」


 そんなことを言うくらいなら、こっちに戻って。もっと話を聞かせてよ。

 そう声をあげようとした瞬間──全てが手遅れになった。


 まるで走り幅跳びのように、リデルは勢いよく宙に飛び出した。そのまま、天使のように空を飛んでいってしまうのではないかと思う程に。

 だが、ゲームの世界にも物理法則は存在する。リデルの華奢な身体は即座に地面へと落下し、グシャリと鈍い音が響いた。私は急に頭が痛くなり、足元がおぼつかなくなった。視界が暗くなり、私はその場に倒れ込んだ。


 乙女ゲームの世界に転生した悪役令嬢ゲルダ・アナスン。私は前世の記憶を頼りに破滅の未来を変えようと誓った。

 だが、その初日からヒロインが勝手にバッドエンドになってしまうとは思わなかった。

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