第4話 ツアー後面談 -メリア&デント編-

 


 セシリアが次に呼んだのは、メリアだった。


「セシリア様、次の面談は私ですか?」


アヤから伝言を受け取ったメリアがやってくるなりそう尋ねて来る。


「そうよ、ここに座って」


 椅子を勧めれば、彼女は律儀にも「ありがとうございます。失礼します」と告げてから席に着いた。


 メリアの着席を確認してから、先程アヤにしたのと同じ質問をした。

 すると彼女は相変わらずの生真面目顔でこう答える。


「私は、『パーラーメイド』になろうと思います」


 真っすぐに見据えられたその瞳には、揺るぎない意志が籠っている。


(それが、メリアが自分自身で決めた答えなんだね)


彼女の意志の強さを感じ取って、セシリアは安堵から来る微笑を浮かべた。



 メリアの事は、少し心配していた。

というのも、最初はなりたい物が決まっていたけれど、このツアーの中で少し悩む気配が垣間見えていたのだ。

 

 悩むことが悪い事だとは思わない。

 寧ろ内情を知ったからこその悩みだと思えば、それは必要で有用な悩みだろう。

 でも、必要と分かっていてもやっぱり心配にはなるものである。


「良かった」


だからこそ彼女の決定に、ただ純粋にセシリアは喜んだ。

するとその喜びを受け取って、メリア「実は」と口を開く。


「……私、最初から『パーラーメイド』になりたいとは思っていたんです。でもツアーでユンの事があって、正直ちょっと怖くなりました。『パーラーメイド』になれば貴族の方と多く関わる事になる。私にあんな人達の相手が出来るのかって思ってしまって」


友人が急に命の危機に晒されたのだ、その不安も当然だろう。

寧ろ、ちゃんと仕事に対して真摯に向き合っているからこその不安と言える。


「そしてパーラーメイドのお仕事体験で『完璧にならないと客前に出さない』って言われて、私はその領域まで辿り着けるのかっていう不安も出てきて」


 メリアはそう言いながら、少し視線を落とした。


(もしかしたらツアー後から今日までの3日間、その事でとても悩んでいたのかもしれない)


彼女の表情から、セシリアは密かにそんな事を思う。

 しかし彼女の視線は「でも」という言葉と共にすぐに上がった。


「そんな時、セシリア様が言っていた言葉を思い出しました」


 真っすぐにセシリアを見つめるその瞳には、もう先程までの迷いの色は無い。


「『自分の成れるものじゃなくて、成りたいものを目指す方がきっと楽しい』って。その通りだなって私も思います。だから私も成りたいものを目指してみようって思う事が出来ました」


 そして決意に彩られた表情で、彼女は言う。

 

「自分が成りたいものを選ぶとしたら、やっぱり私は『パーラーメイド』になりたいです。ちょっとくらい大変そうでも、そこを目指して頑張りたいって思ってます」


 言い切った彼女は、実に晴れやかな表情を浮かべていた。


 自分の選択を絶対に後悔しない。

まるでそう言ってくれている様な気持ちになって、セシリアの口元が無意識に緩む。


(――ツアーの準備を頑張った甲斐があった)


 彼女の決意は、セシリアをそう思わせるには十分だった。


「きちんと考えて選んでくれてありがとう。あなたの夢を、わたしも全力で応援するわ」

「ありがとうございます」


 メリアは穏やかな笑みでお礼を言って、席を立った。

 

彼女の遠ざかる背中を見守りながら、セシリアは小さく息を吐く。


(みんなの考えや決心を聞けるから面談は楽しいけど)


 だからといって疲れない訳では無い。

 真剣に話を聞くあまりすっかり固まってしまった体を解していると、まるでこの時を見計らっていたかの様に、後ろからふわりと良い香りがしてくる。

紅茶の香りだ。


 コポコポとティーカップに紅茶を注ぐ音が聞こえた。

その音が止まると、じきにセシリアの前へと紅茶入りのティーカップが差し出される。


「ありがとう、ポーラ」


 主の気持ちを先読みして行動してくれていた彼女にお礼を言ってから、紅茶で少し口を湿らせる。

すると、次の面接相手がやって来た。


「デント、ここに座って」


 セシリアのその言葉に、デントは「はい」と答えて席に着く。



 セシリアは、彼にも最初の二人にしたのと同じ質問をした。

 すると彼は少し躊躇したかのように一度口を結び、しかし手をギュッと握ると勇気を絞り出すようにして口を開く。


「僕は、『御者』になりたい……です」


 途中までは良かったものの、彼の言葉尻は残念ながら失速していってしまった。


 その表情には彼の気の弱さが滲んでいる。

 まるで自分の抱いた夢を最初から否定されると思っているような表情だった。


 しかしそんな彼に、セシリアは微笑んで答える。


「そう言うと思ってたわ」


 予想外の展開を受けて、デントは思わず驚きの表情を浮かべた。


「えっ? どうしてですか……?」

「だって御者台に乗った時のデント、とっても楽しそうだったもん」


 隣に座って一番近くでその様子を見ていたのは私よ。

そう言葉を続ければ、彼はそこでやっとその事を思い出した様にハッとした表情を浮かべた。


 そんな彼を見て微笑みながら、セシリアは「デントはどうして『御者』になりたいの?」と尋ねてみる。

 すると彼はおずおずと、話し始めた。


「僕はどうやったってユンやグリム、ゼルゼンみたいに堂々としていられません。新しい物や人、事がいつも怖くてビクビクしてて……。でもそんな自分が、僕は嫌いです」


そうやって思い悩むデントに、周りはいつも「それがお前の個性なんだから気にする必要なんて無い」と言う。

でも。


「僕はずっと変わりたいって思ってた。でも自分じゃ中々変われなくて……。そんな時、このツアーがあったんです」


 そこまで話すと、彼は口元に微笑を浮かべて言葉を続ける。


「色々な人の話を聞いたけど、一番心惹かれたのが『御者』の人の話でした。『御者』として各地を旅するのが楽しいって聞いて、羨ましくなって。御者台に乗せてもらったら、今まで観ていた景色が変わって見えた」


それは彼にとって、大きな衝撃だった様だ。

おそらくあの時の事を思い出しているのだろう、彼の目が不思議な色合いで煌めき出す。


「僕はもっと色んな景色が見てみたい。あの御者台に乗って、色んな所に行って、色んな経験をしてみたい」


 夢を語る彼の声はだんだんとヒートアップして早口になり、申し訳程度の敬語も忘れてしまっている様だった。

しかしそれこそが、彼が本気で『御者』になりたいのだという事を教えてくれる。


 そこまで言い終わった彼は、しかし此処でセシリアの嬉しそうな視線に気付いた。

つい先程までの自分を思い出して恥ずかしくなったのか、途端に顔を赤くしてパッと俯く。

 しかしそれでも今までの彼とは違い、口はまだ噤まなかった。


「……勿論伯爵様方の馬車を引くのは御者として一人前になってからだし、そもそも馬車を運転する頻度だって年に数える程しかなくて、いつもは馬の世話とか馬車の整備とか、そういう仕事をするんだっていう事は分かってます。でもそういう地味な仕事は元来の僕の性格に合ってると思うし、力仕事もあるけどそれは頑張るし。他の使用人達との交流が少ない仕事だけど、黙々と一人で何かをする事は、僕は割と好きだから……」


 まるで言い訳する様に、いまいち纏まりの無い言葉を紡ぐが、彼が何を言いたいのかはよく分かった。


(つまりデントは、自分にも出来る仕事だと主張したいんだ。そレで誰かに「やってみたら?」って背中を押してほしいんだよね?)


 言葉は最後、やはり尻すぼみになってしまう。

しかしそれは話始めの時の様な気の弱さから来るものではなく、承認欲求から来る不安だろう。


(きっとその気持ちの変化は、「自分の決断の原点を先程の会話で思い出した」からこそなんだろう)


 自分の決断の原点を思い出す事で、自分の選択が如何に自身の心に寄り添ったものだったかを改めて実感することが出来た。

 それで彼が今後自分のこの決定を芯に据えて頑張れば良いなと、セシリアは思う。


 だからこそ、彼の欲しがっている物をあげる事にした。


「私はデントが『御者』になることには最初から賛成よ。きちんと仕事の良いところと悪いところを天秤に掛けて「それでも良いところを取るに値する仕事だ」って、あなた自身が思ったんでしょ?」


そういう決断ができる貴方を、わたしは応援する。

そう言葉を続ければ、デントは少し驚いた表情をした後で、嬉しさが滲んだような笑みを浮かべて「ありがとうございます」と答えたのだった。

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