第3話 ツアー後面談 -アヤ編-



 ツアーから3日後の午後。

 セシリアは庭園へと来ていた。


 ツアー最後の仕上げ・個人面談を行う為である。



 セシリアはこの日『ツアー参加者達の面談』を行うという名目で、ツアー参加者全員を一度に庭園に集める許可を得ていた。


 現在は午後1時。

 午後3時までの2時間でそれぞれと一対一で面談を行い、彼らに『どの仕事に就くことを希望するか』を聞く予定になっている。



 何も一対一での面談ならば子供達を一度に集めなくても、30分おきくらいで順番に庭園に呼べば良いだろうに。

 そう、普通は思うだろう。


 しかし今回は敢えてそうしない理由が3つ、セシリアはきちんと持っている。



 1つ目は、「『子供部屋』世話係・ミランダの、仕事量に対する配慮の為」である。


 子供達を一人ずつ呼び出す場合、あの場の管理者であるミランダには、子供達が使用人棟を出入りする度に見送りや帰宅確認をする義務が発生する。

 ミランダにだって、他にも仕事が沢山ある。

 同じ作業をしなければならないにしても、一度で済ませてあげた方が手間は省けるだろう。



 2つ目は、「ツアー参加者にささやかな『外での自由時間』をあげる為」である。


 今回、セシリアにとっては初の企画・進行だった。

それにも関わらずほぼ滞りなくこのツアーを終わらせることが出来たのは、偏に参加者達の協力的な態度のお陰だとセシリアは思っている。


 ツアー中は行動予定が決まっていたので、外に出られたとはいっても自由という訳にはいかなかった。

 だからツアーの協力に対するささやかなお礼の意味を込めてご褒美を用意した。


 それが『外での自由時間』という訳だ。


 未就業である彼らは、まだ使用人棟から外に出る許可を取る事が難しい立場にある。

そんな彼らの為に、外出許可を得る為の正当な大義名分を作り出し、母という交渉ルートで許可を得る。

それはおそらくセシリア以外の誰にも出来ない事だっただろう。



 3つ目は、「面談で少しでも皆が話しやすい環境を作る為」である。


 1対1という面談形式、区切られた個室。

 実際はセシリアの後ろにポーラが控えているので3人だが、彼女は今回余程の事が無い限り発言はしない。

 実質は2人しかいないという独特な環境で、『自分の未来』という真剣な話をする。


そうなれば慣れない環境にどうしても、無駄な緊張をしてしまう子が居るかもしれない。


 セシリアは今回、「彼らの本音が聞きたい」と思っている。

 それらが環境的な要因で阻害されるのはいただけない。

 だからセシリアは、彼らがリラックスして自分の言いたい事を話せる環境作りの為に、この対策を講じたのだ。


 皆を庭園に集めて、庭園のテラスで面談を行う。

そうすれば開放的な空間のお陰で無駄な圧迫感も少なく済むかもしれない。


 加えてテラスから少し離れた所で遊んでもらえば、面談時の話が他の子に聞こえるという事は無いが、その姿は見える。

 その為、他の人にはあまり聞かれたくない話もきちんと出来るだろうし、知っている人が近くに見えれば精神的に安心も出来るだろう。



 そんな3つの思惑があって、今日この場所での面談開催に至ったのだった。




 みんなが庭に到着するなり、セシリアは「呼ばれるまで好きにしていて良いよ」と伝えた。

 その声のお陰で、皆は今それぞれに自由時間を謳歌している。


 そんな中、面談の準備をテラス席で済ませたセシリアは、「まずは誰を呼び出すか」という事に考えを巡らせていた。

 そして、とある少女に白羽の矢を立てる。



 彼女は元々ツアー開催前から、自分の意志で希望している仕事があるようだった。

 その意志はツアーを経ても揺るがなかった様に、少なくともセシリアには見えている。

 最初はそういう、すんなり話が進みそうな相手を選ぶのが定石だろうという判断である。



 という訳で、セシリアが最初の面談相手として選んだのは、アヤだった。




 ポーラに呼ばれてやってきたアヤに着席を勧めると、彼女は「ありがとうございます」と言いながらその勧めに応じた。

 彼女が座ったのを見計らって、セシリアは単刀直入に聞いてみる。


「アヤはどのお仕事に就きたいか、決まった?」

「私はやはり当初の希望通り『レディースメイド』になりたいです」


 彼女の答えは案の定、即答だった。

 やはり彼女の中で、『レディースメイド』という夢は全く揺るがなかった様である。


「そう、分かったわ」


 清々しいまでの即答に、セシリアもまたシンプルな言葉で応じた。

笑顔で頷きながら答えて、しかしその後で『とある事』が気になって言葉を続ける。


「……もしかしてこのツアーは、アヤにとってとても面倒な物だったんじゃない? 最初からどの仕事に就きたいかは、決まっていたみたいだし」


 アヤは終始、どんな仕事場でも積極的に体験する姿勢を見せてくれた。

それは明らかに、周りを「私もお仕事体験に真剣に取り組まなければ」という気持ちにさせただろう。

周りの意識改革に、間違いなく一役買っていたと思う。


(だからわたしはとても助かったけど、アヤにとってはどうだったのだろう)


大した収穫も無い、ただの面倒な行事になってしまったんじゃないだろうか。

 そんな風に思い至って、セシリアは少し申し訳なさげにアヤの様子を窺った。


 するとアヤは、ブンブンと首を大きく横に振る。


「そんなことありませんっ! こんなに使用人の仕事を色々体験できる機会なんて滅多に無いでしょうし、そもそも私は、ただ本当にやってて楽しかったから積極的に体験してただけですし」


 ツアーの日の最後にも思った事だが、セシリア様はどうにも私の事を高評価しすぎる。

そう言って、アヤは否定する。


アヤとしては、自分がしたくてした事が偶々高評価をもらっただけに過ぎない。

あまりそれを理由に褒められるのも、何だか痒い。


「それに、他の使用人達がどんな事を考えてどんな仕事をしているか。色々と聞く事が出来て良かったと思ってます。えーっと、つまり……今回の事は私にとっても色々大収穫だったという訳ですっ!!」


 まぁ一体何が大収穫なのかと聞かれれば、なんかこう、気持ち的に大収穫だったっていうよく分からない言い方しか出来ないんですが、とにかく参加して良かったと思ってるんです!!

 と、アヤは少し早口になりながら、言葉を締めくくった。


 そんな彼女を、セシリアは注意深く観察した。

そしてホッとした表情を浮かべる。


(少なくとも嘘を吐いている様には見えない、かな?)


 ならば良かった。

 傍から見てどうだろうと、彼女が本当に『収穫があった』と思える何かを感じることが出来たのなら、それは紛れも無く彼女の糧になるだろう。


「分かったわ、ありがとう。『レディースメイド』なら仕事場所は私達の近くだろうから、見習いになったら、今後頻繁に会う事もあるかもしれないね。その時はよろしくね?」

「はい、勿論。こちらこそ」


 セシリアがそう告げると、彼女はまるでカラッと晴れた日の洗濯物の様な晴れやかな表情で笑ってから席を立った。

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