第2話 面談前夜 -気まぐれじゃない奴ら-

 


「結局ね、言葉では何とでも言えるんだよ。だからあの時、ユンにはちょっと悪いなと思ったけど、チャンスだと思ったんだ」

「チャンス?」

「そう。行動と言葉をワンセットで聞けるチャンス」


 ユンの疑問に、グリムは答えながらクスリと笑う。


「行動した直後、緊張感から解放されたあの時なら、きっと本音を聞けると思った」


 だからあの時、あの質問をしたのだ。


「俺は誰かに使われるだけ使われて、他人の気まぐれに人生を搾り取られるのは嫌だから。だから見極めたかったんだ。あの人が、一体どういう人なのか」


 『不敬罪』を嫌いだと言って、彼女は口先だけではなく行動でもそれを示した。

 自分のエゴだと言って、ユンに恩を着せるようなことも無かった。


 だから気持ちだけではなく、きちんと自分や周りの事を理解した上での行動だったのか。

 今度はそれが知りたくなった。


 だってきっと感情だけで突っ走る人は、いつか感情だけで誰かを見捨てるかもしれないから。

 仲が悪い相手をただそれだけの理由で切り捨てるかもしれない奴なんて、信頼は出来ない。


「結果は、どうだったんだ?」


 ゼルゼンが、問いかける。


「んー……」


 その声に彼は少しだけ目を宙に泳がせて、こう言った。


「まぁ、及第点って所かな」


 あの人は、本当は何がベストだったか、きちんと分かっていた。

 それでも一方を捨てるなんて事は出来なくて。

 だから両方守れる方法を考えた。


 それは確かに、感情的な行動だ。

 でも感情だけでは無い。

 そこにはきちんと彼女なりの基準があって、その基準には一定の筋が通っている。


(きっと彼女は、その基準を満たす限り誰でも平等に救うだろう)


 少なくとも、気まぐれでは無いと思う。


 しかし未来は分からない。

 今後彼女が『曲がる』事もあるかもしれない。


 だから、及第点。


「まぁあの人はちょっと面白いし、近くに居て退屈はし無さそうだよね」


 そう言った彼は、飄々としたいつもの笑顔をユンへと向ける。


「だからさ、ユン。つまらない事で考え込むの、そろそろ辞めれば? ユンの事だから、どうせ『今更なんて、示しがつかない』とか思ってるんだろうけど、無駄だからね? ソレ」

「んなっ! 何の話だ!!」

「いやいや、ユンがここ2日間くらいずっと悩んでたのって、その事でしょ? バレバレだから」


 そこまで言うと、グリムは「ねぇ?」とゼルゼンに同意を求めてきた。

 まぁ確かにバレバレだったので、此処は素直に頷いておく。


「ユンって元々隠し事とか苦手だし。全部表情に出るんだよな」

「何だとっ?! っていうか、無駄って何だよ、無駄って!!」


 悩んでいたのがバレていた事も驚きだが、それ以上にグリムの『無駄』という言葉に、ユンは思わず過剰反応した。



 彼からすると、2日間もずっと悩んでいた事なのだ。

 それが『無駄』だなんて、そんな事言われたくない。



 しかし恨みがましい目を向けられても、グリムは余裕綽々で「だって」と言う。


「もうユンが本当はどうしたいのかは、決まってるでしょ? 俺からすると一体何をそんなに悩むのか、意味が分かんないよ」


 ユンが感情をモチベーションに変えるタイプの人間だっていう事は、良く知っている。


 感情に走る人間は信用できないけど、此処まで突き抜けて感情に倣う人間なら話は別だ。

 既に彼にとって感情の内側に自分が居ると分かるからこそ、ユンの事は信用できる。


 だから「それとも」なんて言って、彼の決意を促してやるのだ。


「ユンにとって、自分の感情よりも周りにどう見られるかの方が大事なの?」


 そんな筈は無いよね?

 という副音声が、ゼルゼンには確かに聞こえた。


 ユンにソレが聞こえているのかいないのかは分からないが、何も反論できずにぐぬぬぬっとしているのできっと図星ではあるのだろう。


「まぁ俺もグリムに賛成かな」

「ゼルゼンまで?!」


 ユンが「お前もそっちの味方か」と言わんばかりにバッと振り向く。


「だって、思っちゃったんならもう仕方が無いだろ? 今更どうにもならないって」


 それは自分にも言える事で。

 自分は飲み込んでしまった事だからこそ言える。


「もう観念すれば? 俺はもう、観念したぞ?」


 そう言って、中々踏ん切りが付かない様子の幼馴染に困った様な笑顔を向ける。

 すると彼はチッと舌打ちをして大きく顔を逸らした。


(落ちた、かな? 全く……俺も似合わないお節介焼いたなと思ったけど、君程じゃないよね、ゼルゼン)


 自分の悩んだ事を半ば暴露して困った幼馴染の決意を促すなんて、少なくとも俺にはそこまで出来ない。


(お節介だよねぇー、ゼルゼンって)


 でもその根底は、小さい頃からずっと変わっていない。


 コイツはいつだって手のかかる誰かを放っておけない。

 そこに気まぐれは無い。

 だから、信用出来る。


 グリムは絶対に口には出さないそんな気持ちを、今日も心の奥の方に仕舞い込む。


 そうして幼馴染達に目を向ければ、丁度ユンがゼルゼンの生暖かい視線に耐えられなくなった頃だった。


「そっ、そんな事より、明日は『面談』の日だろ? お前なんていう予定なんだよっ!」


 照れ隠しの苦し紛れで、ユンがゼルゼンに問いかける。

 するとゼルゼンがちょっと嫌そうな顔をした。


「えー? ……まぁ、お前が教えてくれたら教えてやっても良いけど」


 どうせ仕事をし始めれば互いにすぐに、分かってしまうのだ。

 秘密にした所であまり意味は無い。


 ゼルゼンの色よい返事に、ユンのテンションがグッと上がる。


「おっ! じゃぁグリム、お前もな!」


 クルッと振り向いて喜々として言った彼に、グリムはいつもの笑顔を向ける。


「え、普通に嫌だけど?」

「っ! 何でだよっ!!」


「そんな笑顔で言う答えじゃねぇよ!」と、ユンが食い下がる。


 「おい、1人だけ逃げる気か? グリム」


 ゼルゼンも「それはズルいぞ」とユン側に加勢するが、グリムの方が強い。


「どうせじきに分かる事でしょ? それまで大人しく待ってなよ」


 困った奴を見るような目を彼に向けながら、彼は「嫌だよ」と首を振る。

 しかしユンも、グリムと長年付き合ってきているのだ。

 このくらいじゃぁ、まだめげない。


「そんなのいつになるか分かんねぇじゃん。俺は今知りたいの!」

「えー、ちょっと我儘過ぎない? 聞き分けの無い子供みたいだよ? ユン」

「あ? 何だと?」


 やはりグリムの方が一枚上手だった様だ。

 折角一度は食い下がったというのに、結局ユンはまんまとグリムの口車に乗ってしまった。


 結局この日はグリムの喧嘩を買ったお陰で、自分達の将来のあれこれについては話す事無く終わったのだった。

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