第4話 マルクの処分不服申し立て 後編

 


(まぁ、コイツの言い分も分からなくはないんだが)


 そう、彼の考えには確かに理解も出来る。


 組織を統括するに当たり、秩序は必要だ。

 不相応に甘い処分を与えれば、その秩序が崩れかねない。



 それでも少年に重い罰を与えないのは、彼なりの考えがあるからだ。


「一度間違った人間は、やり直すことも叶わないのか」


 ワルターは言いながら真っすぐにマルクの目を見た。

 真剣さが灯ったその声に、マルクは背筋を伸ばす。


「些細な失敗ならば許すことも良いでしょう。しかし今回はその規模が違います」


 どうやらやっと、真面目に応じるつもりになったらしい。

 そう察して、主人の目を真っすぐに見つめ返す。


「でも実際問題、実害は無かった」

「それはセシリアお嬢様がフォローしてくださったからです」


 でなければどうなっていた事か。

 確かに想像には難くない。

 しかし。


「あれはセシリアの失態でもあった。セシリアがフォローするのはある意味当たり前の事だ」

「ならば猶更、彼にも正当な罰を与えるべきです。セシリア様は自らの行いをご自分で清算なさった。ならば彼にもそうさせるべきでしょう」


 マルクは一向に引く気配を見せない。

 このやり取りは、きちんと彼を納得させるまではおそらくずっと続くだろう。


 仕方が無いので、少し切り口を変える事にする。


「ならばお前の考える少年への厳正な処分とは、一体何だ?」

「彼の伯爵家で働く事を禁ずる事。そして満8歳を以って使用人棟での居住を禁止する事です」

「それはならん」


 マルクの言葉を、ワルターはピシャリと却下した。

 そして彼への説得を開始する。


「私は今ここで彼が持つ『可能性』を切り捨てる気は無い」

「『可能性』、ですか……?」


 どういう意味だ。

 そんな心情が透けて見えた。

 少し興味を持ってくれたお陰で、彼の感情も少し落ち着きを見せ始める。


「そうだ。『不敬罪』を適用されそうになり、間一髪の所で助けられる。彼は幼くして長い人生の内で中々味わえない経験をした」


 それは確かに彼の言う通りだろう。


 本来、平民が貴族と関わりを持つ事がそもそもあまり無い。


 加えて『不敬罪』の適用は、貴族にとって簡単な事だ。

 適用されそうになったのに生きているという事自体が、稀に見る奇跡だろう。


 それを今の彼の年齢で体験した者がどれだけ居るのかと問われれば「極めて珍しい」と答えるのが正しい。


「そんな経験をした彼が手を差し伸べたセシリアに対して、そしてオルトガン伯爵家に対して強い忠義心を持つ『可能性』。それはお前にも否定できまい」


 その言葉に、マルクは思わずグッと押し黙った。


 確かにそうなれば、彼は伯爵家の強い味方になる。

 そして例の騒動後の両者の様子をポーラから伝え聞いた感じだと、その可能性は決して低くは無いだろう。


「使用人の強い忠義心は、オルトガン伯爵家にとっての1つの武器となるだろう。……そうやって使用人達をこの家の歯車の一つとして数えようというのだから、私も存外腹黒いな? マルク」


 そう言って、敢えて悪い顔で笑う。



 少年には伯爵家に損害を与えようという意志は無かった。

 ワルターはそこにも、情状酌量の余地を見い出していた。


 しかしそれはおそらく今のマルクに対して言うには余計な一言になるだろう。

 だから黙っておくことにする。



 彼が自分の行いの軽率さを学び、反省し、次に生かす。

 その機会を、あの少年に与えてやりたい。


 それが今回の処分の甘さに対するワルターの、偽らざる本音だった。

 しかしこれも、今の彼には言わない方が良いと判断する。


(まぁどちらにしろ、マルクへの言い訳はこれで立っただろう)


 何やら考え込み始めた彼を盗み見ながら、ワルターは自分の言い訳の手ごたえを感じていた。


 すると。


「……まぁ良いでしょう。今回はその後付けの言い訳に乗っておく事にします。彼に対しては私が目を光らせておきますのでご安心ください」


 ――バレてた。

 その事実に、ワルターは思わず苦笑を浮かべたのだった。

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