第33話 ここでやっと自己紹介



隣の席の少女が、慌てて姿勢を正した。

そして初対面から半日越しで、やっと彼らの自己紹介が始まる。


「私はアヤと申します。挨拶が遅れてしまって申し訳ありません」


頭をぺこりと下げると、彼女のポニーテールがゆるりと揺れた。


(……やっぱり)


彼女が告げたその名前に、セシリアは一つ心当たりがあった。

やっぱり昨日ゼルゼンから教えてもらった『ファン』の子と同じ名前である。


「もしかしてお母さまのメイドをやってる――」

「はい、そのメイドの娘です」


「わー覚えてくれているんですね! 光栄ですっ!!」と嬉しそうに答えた彼女に、セシリアは少し申し訳なくなってしまう。


というのも、セシリア自身は彼女の母がどのメイドなのか知らない。

セシリアが持っている情報は、あくまでもゼルゼンが教えてくれたものだけであり、セシリアは事前に子供達個人の事を下調べしたりはしていないのだから。


申し訳無さから心の中で「ごめんね」と謝罪をしていると、今度は別の声に呼ばれる。


「あの、セシリア様。私にも自己紹介させてください」


声の方を見遣ると、セシリアの正面右側に座る少女が視界に入る。


「私の名前はメリアと言います。母はパーラーメイドをしています」


彼女が座ったまま姿勢を正してから頭を下げて自己紹介をしてきた。

セミロングの髪が顔をさらりと隠すくらいしっかりと頭を下げてくるあたり、真面目な性分と見える。


「パーラーメイドは、午後のツアーで回る所ね。もしかしたらメリアのお母さまのお仕事姿も、ちょっと見れるかもしれないね」

「はい、ちょっとだけ楽しみです。……私、セシリア様とお話ししてみたいなと思っていたんです。移動中など、もし良かったら話し相手になってくださると嬉しいです」


実は午前中、ユンとグリムがちょっと羨ましかったのだ。

彼女はそんな風に言って、控え目に笑った。

元々生真面目な印象を与える顔の造りをしているが、笑うとそれが少し崩れて取っつき易くなる。


メリアに微笑み返しながら「じゃぁお昼はわたしとお話してね」と言っておいた。



自己紹介のスタートダッシュが一段落し、「次は誰が」という空気になった。

するとその空気に背中を押されて、次は少年がおずおずと口を開く。


「僕は、デントと言います」


彼は素朴な顔立ちの少年だった。

口調からも気の弱さが感じ取れるが、困ったように下がる垂れ目がさらにその印象を強固にする。


「あなたはたしか、『御者』のツアーで一緒に馬車に乗った子だよね?」

「はい。あの時はとっても新鮮な体験をしました」


セシリアが言うと、彼は御者台からの光景が余程気に入ったのだろう。

嬉しそうに目を細めた。


「たしかにあれは新鮮な体験だった」


セシリアも「楽しかった」と答えると、共感してもらえたことが嬉しかったのか、それとも何か恥ずかしい事があったのか。

彼は急に顔を赤くしてアワアワとし始めた。


(? どうしたのかな??)


セシリアが小首を傾げていると、ゼルゼンが「あぁ気にするな」と口を挟む。


「コイツ、極度のあがり症なんだよ。だから見られてる事を意識すると誰彼構わずこうなるんだ」


そんな説明に、周りもみんな「いつもの事だ」と頷いている。


(そっか。体質なら仕方が無いね)


セシリアも「なるほど」と納得する。

デントが小さな声で「すみません……」と謝ってくるが、別に彼に悪い所は何もない。

「気にしないでいいよ」と伝えておいた。



デントの自己紹介が終わった様なので、残りの面子を探す。

此処まで来ると、全く名前を知らないのはあと一人だ。


その子はすぐに、見つかった。

何か言いたい事があるけれど、言えない。

そんな様子の少女がこちらを見ながら数度、口をパクパクとしている。


そんな彼女を安心させるように、セシリアは優しく微笑んだ。

するとその笑顔のお陰でやっと、彼女が話し出す。


「あの、私は、ノルテノと申します」

「さっき庭園で、ノルドに積極的に質問をしていた子ね。『庭師』に興味があるの?」


伸ばし切った前髪が目を隠しているせいで、彼女が一体今何を見ているのかが分からない。

しかし顔はこちらに真っすぐ向いているので、セシリアと会話をする事はどうやら嫌がっていない様だ。


「いえ、私はその、……あまり目立つことが得意じゃなくて、だからそうじゃない仕事に就きたいと思っていて……」


そんな不純な動機で仕事を選ぶなんてダメですよね。

そう言いたげな声色だ。


(あぁ、なるほど。彼女は自分の言動に自信が無いのか)


彼女の言動からそう感じ取って、1人納得する。

そしてセシリアは同時に、お世辞ではなくただの本心として彼女の言葉への感想を告げる。


「そういう仕事の見つけ方も、悪くないとわたしは思うわ。自分が無理なくできる仕事を探すことも大切だと思う」


その言葉に、彼女はどこかホッとした表情を浮かべた。

そして無言のままにコクリと頷く。


そんな彼女をどこか微笑まし気に見遣ってから、セシリアは『次』へと視線を向けた。



そう。

この場にはまだ名前は知っているが自己紹介をしてくれていない人物があと3人も居る。


期待の眼差しをセシリアが向けてやると、その3人は露骨に嫌な顔をして見せた。


「俺は別に今日初対面ってわけじゃないんだし、今更自己紹介なんて要らないだろっ!」

「俺も嫌だぜ! 柄じゃない。大体、どう呼べば良いかさえ分かればそれで十分じゃねぇか!」

「俺もパース。絶対に、パース」


プイッと顔を横に向けるゼルゼン。

必死に抗議するユン。

そして間延びした声で断固拒否の姿勢を見せるグリム。


それぞれに自己紹介を拒否されて、セシリアはちょっとむくれて見せた。


(楽しみにしてたのに)


ゼルゼンは未だしも、ユンとグリムについては行きがかり上偶々名前を知っただけで、れっきとした初対面である。


(ちょっとでも沢山、みんなの事を知りたいだけなのに。……ケチ)


内心でそんな事を言ってみるものの、彼らの頑なさを見る限り食い下がった所で時間の無駄な気がする。


少しの間3人とにらめっこをしたセシリアだったが、結局彼らの鉄壁の気持ちを崩す手立ては思い付かなかった。

その為不服には思いながらも、セシリアは泣く泣く3人の自己紹介から手を引いたのだった。

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