第34話 『子供部屋』の見えないお仕事
昼食を兼ねた休憩を挟んで、午後からまたツアーの再開である。
とは言っても、午後一番のツアー会場は、此処『子供部屋』だった。
そして子供達の前に立つのは、朝には子供達を玄関から送り出してくれた女性・ミランダである。
彼女は見知った子供達に自分の仕事を説明するという少しやり難い環境で、口を開かねばならなかった。
「私は伯爵様より『子供部屋世話係』としての業務を拝命しています。セシリア様以外の皆さんはこの場所で私の仕事の一端に触れてきているので知っている事も中にはあるでしょうが、少しだけお話を聞いてくださいね」
彼女はそう前置きをすると、まずは自身の仕事概要についてから語り始めた。
「私の仕事は使用人によって預けられる未就業の子供達のお世話をする事です。預けられる子達の人数は、現在22人。対して世話係は私1人ですから、全てに目を配るのは至難の業です」
出来れば皆に平等に気を配りたいのですが。
ミランダは少し残念そうにそう言った。
しかし見る限り、年齢も性別も趣味嗜好もバラバラでまだ団体行動を取るには難しい子達を1人で見るのには限界がある。
行き届かない所が多少あっても仕方が無いだろう。
「その為大きくなった子供達には、小さな子の事を見ていてもらったり遊び相手になってもらったりと、普段から何かと助けてもらっているのです」
「結局ミランダさんの仕事は、ただ此処の子供達を見てるってだけだろ。他に比べたら楽な仕事じゃん」
ミランダの言葉にそんな言葉を投げかけたのは、ユンだった。
彼は元々、ゼルゼンやグリムと同様に、『子供部屋』の年長としての仕事には非協力的な態度を取ってきている。
加えてこのツアーで、他の仕事のあれこれについて見聞きしてきた。
新しい知識と経験を得た彼は、それらと普段見ているミランダの仕事を比べてそう結論付けたのだった。
しかしその結論は些か早計である。
何故ならミランダの仕事は、普段彼らの目に見えているものだけでは無いからだ。
「そうですね。それも大切な仕事の一つです」
反論を受けたミランダは、しかし慌てた様子は無かった。
彼女としては、彼あたりからおそらくそういう反論が来るだろうと踏んでいたのだ。
だからそれに対する対策も、きちんと用意している。
「しかし私の仕事は何もそれだけではありません。例えば『子供部屋』の掃除や換気、食事の準備、体調の悪い子には状態によって看病も必要ですし、年少の子達はお昼寝の時間がありますから寝具の準備も必要になります」
ミランダはそこまで言うと、ゆっくりと子供達を見回しながらこう言葉を続けた。
「みんなにお手伝いしてもらう仕事は、いつもは部屋から出ないような物に限定しているけれど、今日は特別にこの部屋の外の作業をやってもらいます。普段はさせてあげられない事ばかりだからきっとみんなにとっても新鮮な事の筈です」
『部屋の外での仕事』という言葉に、アヤが少し興味を示す。
そんな彼女を横目に見ながら、セシリアが質問の為の手を上げた。
「さっきのお昼ごはん、来た時にはもう机にあったけど、あれも全部ミランダが準備したの?」
「いいえ、全部ではありません。食事用のテーブルは年中の子達に、配膳は年長の子達に、ぞれぞれ手を借ります」
配膳は年中の子も「手伝う」と言ってくれる子が中には居るのですが。
彼女はそう言うと「嬉しいのだけど少し困ってしまうのだ」と笑った。
「年中の子達はスープなどを零してしまう可能性が高いですからね。そうするとそれだけ食べる物が減ってしまいますし、掃除の手間も掛かります。だから残念ながらお断りしなければなりません」
セシリアは、ミランダの言に「なるほど」と頷いた。
確かに手伝ってもらっても、かえって手間が掛かるのでは本末転倒だ、と。
一方ミランダは、ツアー参加者達を一度ぐるりと見回した。
そして彼らに質問が無い事を確認すると「それでは」と再び口を開く。
「長々と話をしていてもつまらない子が大半でしょうから、さっそく体験をしていきましょう。体験の途中での疑問や質問は随時受け付けていますので、気軽に聞いてくださいね」
ミランダはにっこりと笑ってそう言うと、「では行きましょう」と一言置いて足早に『子供部屋』を出ていく。
そんな彼女の背中を、セシリア一行は追いかけた。
最初に行きついたのは、玄関だった。
子供達は勿論、セシリアだってもう数回この場所は見ている。
だからだろう、昼に入って来た時とは違う景色である事に、セシリアはすぐに気が付いた。
(……布団?)
玄関脇、出入りの邪魔にならない所に、幾つもの布団が積み上がっている。
大きさから見て、子供用だろうか。
「最初は年少の子たちの昼寝用寝具を部屋に運んで敷きましょう。ご飯が終わったので、すぐに年少組がおねむになってしまうでしょうから」
ミランダが皆にそう、号令を掛けながら布団へ手を伸ばした。
「ねぇミランダさん。私、普段は布団がどこに仕舞われてるかなんて全然気にした事無かったんですけど……もしかして、いつもは玄関に置いてあるんですか?」
メリアが控え目に手を上げながらそう質問してきた。
彼女に「メリアはいつも、ミランダのお手伝いをしているの?」と聞くと、彼女はコクリと頷いた。
「布団を敷くのも、いつも手伝うんですが……」
彼女はそこまで言うと、頭をしきりに捻り始める。
「思い出してみると、あの部屋に布団が現れる瞬間を一度も見た事が無い気がするんです。布団は大体、昼ご飯が終わった頃になるといつのまにか、どこからともなく室内に現れている感じで」
彼女のそんな疑問の声に、ミランダはクスクスと笑う。
「別にそんな魔法染みた事は何もないんですよ?いつもは隣の部屋に仕舞ってるから、すぐに取り出せる。だから気付いたらそこにある様に思えるだけでしょう」
そう一言置いてから、「でも」と言葉を続ける。
「衛生面も考えて3、4日に一度くらいの頻度では、布団を天日干ししています。朝の内に此処に布団を置いておけば、ランドリーメイド達が仕事場へと持って行って干してくれるんです。そして干された布団は昼食の時間帯に、此処に戻しておいてくれる、という訳です」
ミランダがそう答えると、メリアは「そうなんだ」と納得したように頷いた。
そんな彼女に微笑みを向けながら、ミランダは布団を持ち上げた。
数は全部で3枚。
その場に残っているのは後8枚だ。
彼女はそれらを一人一枚ずつ、『子供部屋』へと持ってきてくれるように指示を出す。
先頭のメリアやアヤが布団を持ち始めたのを確認すると、彼女は先に『子供部屋』へと帰って行く。
その後ろに布団を持った2人が続き、少し遅れてデントとノルテノも布団へと手を伸ばした。
その後で、セシリアも布団を1枚分よいしょと持ち上げる。
布団を運んだ事など一度も無いセシリアなので、みんなの持ち方を観察し、参考にする事は忘れない。
(ふわふわな触り心地のわりに、持ってみると意外に重い)
布団の予想外の重量に少し驚きながら、早々にずり落ちそうになってしまっている手の中のソレを「よいしょ」と持ち直す。
そんな時。
ふと目の端に、サボろうとしている人影を見つけた。
――ユンとグリムの2人である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます