第24話 意地悪な疑問と純粋な疑問
その言葉を聞いて、『彼』は気付いてしまった。
もしも彼女が本当に無難な答えを返しただけだとして、それが『将来を犠牲にする』様な結果に行きつくのだとしたら、それは。
(『貴族』って、どんだけ窮屈なんだよ)
そう思わずにはいられない。
『彼』は『自由』が欲しかった。
だから自分よりも『自由』を享受する存在を羨み、恨んだ。
それが『貴族』という名前をしているのだと、そう思っていたけれど。
「お前は『貴族』って何だと思う……?」
自分の中の『貴族』が幻ならば、本当の『貴族』とは何なのだろう。
これはそんな疑問が言わせた問いだった。
その答えは、すぐに『貴族』本人の口から語られる。
「貴族とは、『義務を果たす人』の事だと思う」
「『義務』?」
「そう。自分の知識と教養を使って領民に恩返しをする義務を果たす人、それが貴族」
スラスラと出てきた言葉は『自分がすべき事』を語っている筈なのに、全てが人の為で。
(貴族っていうのは、なんて不自由な存在なんだ)
そう思わずにはいられない程に、彼女は人の事でがんじがらめだ。
「お前はそれで良いのか」
言いながら、その表情を観察する。
しかし浮かんだのは、ただ純粋に誇らしげな笑顔だけで。
「うん、私は『貴族』だからね」
即答されたその声は「当たり前だ」と言っている。
あれだけ自由を阻害されていて、あれだけ他人の為に動く事を強いられているというのに、彼女はそれを自分の『あるべき姿』だと思っている。
そんな矜持をまざまざと見せつけられた気がした。
『彼』はつい先程まで幻を恨んでいた自分を恥ずかしく思って、思わず俯く。
すると、まるでそれを見計らっていたかの様に、今度は別の声が皆の鼓膜を軽くノックした。
「ねぇ、聞いても良い?」
その声は『彼』にとっては良く知る者の声で、セシリアにとってはまだ直接は会話をした事の無い者の声だった。
「おい、グリム」
ゼルゼンが「話に水を差しに行くな」と止めに入ろうとするが、それをセシリアが制した。
「いいよ、ゼルゼン。何? えーっと、グリム?」
ゼルゼンが言っていた名を真似して呼べば、許可を貰った彼がニヤリと笑う。
「さっき言っていた2つの内もしもどちらか一方しか選べないなら、君はどっちを選んでた?」
その問いは、答えを知っているかのような色だった。
確か彼は、ずっと『彼』に同調していた子だった筈だ。
答えを分かっていて敢えてそれを聞いたのなら、彼は少々底意地が悪い。
そうは思うものの、だからといってセシリアは彼の質問に嘘を吐く気は無い。
「きっと『彼』を諦めるのが、正しかったんだと思う」
セシリアはグリムを真っすぐに見つめ、きっぱりと即答した。
その声に、『彼』が半ば反射的に顔を上げる。
友人を見上げている彼女は、酷く真剣な顔だ。
「じゃぁ、何で俺を助けたんだ……?」
それは、『彼』が当初から抱えていた大きな疑問の内の1つだった。
当初は色々な感情がごった煮にされていて、とてもじゃないけどその疑問だけを掬い上げる事は出来なかった。
でも今は、ポーラの言葉で自分の行いを自覚して、セシリアの言葉で『貴族』に対する感情が洗い流された後だ。
お陰で変な感情に振り回されず、只の疑問として尋ねる事が出来た。
『彼』がこんな疑問を持っていたのは、状況からすると当たり前の事だった。
何故なら救われる心当たりなんて、全く無いからである。
寧ろ見捨てられる心当たりなら、沢山あるくらいだ。
けれど、セシリアはそうはしなかった。
多少の面倒が後に残ったとしても、『彼』の命を取った。
勿論そこには、セシリアなりの理由がある。
「だって貴方は、殺される程の悪い事はしてないとわたしは思うもの。確かに人にぶつかって謝らなかった事は良くないと思うけど、逆に言うと謝れば済む程度の話だと思う」
セシリアは今度は『彼』を視界の真ん中に定め、そう言い切った。
その言葉を正面から受けて、驚きに思わず目を見開く。
――殺される程の事はしていない。
それは命の危険を感じたあの時、『彼』自身が感じたのと同じ思いだったからだ。
(コイツは確かに『貴族』で、俺には理解出来ない様な事を言うけど、俺と同じような考え方もする奴なのか)
ふと抱いたそんな感想。
しかしこれが、彼の中で彼女の行動原理を解き明かすカギになる。
(……あれ?)
今までの彼女の言動と行動原理。
理解できなかったそれらがまるで何ということも無かったかの様に、次々に噛み合っていく。
まるで穴あきパズルにピースを嵌めたら途端に何の絵が描かれているのか分かった時の様な、そんな納得感が『彼』の脳裏に巻き起こった。
例えばもしも他の誰かから両親を馬鹿にされたら、きっと俺は怒るだろう。
彼女は『御者』の所で俺に怒ったけれど、それは俺と同じ理由ではなかっただろうか。
例えばもしも友達や顔見知り達が何か大変な事に巻き込まれそうになっていたら、きっと俺はどうにかして助けようとするだろう。
彼女は俺や領民を助けようと行動したけれど、それは俺と同じ理由ではないだろうか。
そう考えれば、面白いくらいに彼女の言動の辻褄が合う。
つまり彼女は、行動原理は俺と同じで、考え方のスケールだけが一回り大きい。
ただそれだけの事なんじゃないだろうか。
俺の中の両親は、使用人達も含めた邸内に住まう全ての人間に。
俺の中の友達や顔見知り達は、全ての領民に。
俺と彼女の間にあるのは、ただそれだけの違いなのかもしれない。
そこまで気付くと、『彼』の心には先程までの恥ずかしさなんて目じゃない位の深い後悔が湧いてくる。
彼女に対して、態度悪く振る舞った。
それは彼女が『貴族』だったからだ。
でも彼女は『貴族』だったけど、『貴族』じゃなかった。
――もう少し話してみたいと、不意に思った。
自分以上のスケールを持ち、同じ物の考え方をする女の子。
彼女には、この世界が一体どういう風に見えているのか。
ちょっと聞いてみたいと思った。
きっと彼女の近くに居れば、それが叶うのだろうと、何故か漠然と思った。
でも。
(俺は彼女に悪い態度を取った)
それが行く手の邪魔をする。
自業自得とはいえその事が歯痒くて、『彼』はギュッと拳を握ったのだった。
対してもう一人の質問者はと言うと、彼女の声に小さく「ふーん」と答えただけだった。
そして少し考える素振りを見せてから再び口を開く。
「君的にはあの件はあくまでも『謝れば済む程度の話』なんだろうけど、あの貴族みたいな考え方の奴も居るんでしょ? アイツ俺達の事虫けらかなんかだと思ってるみたいだった」
彼の指摘に、セシリアは「確かに」と頷いた。
しかしセシリアだってあれが初めての他の貴族との対面だったのだ、一般的に貴族がどちら寄りの考え方をするものなのかはよく分からない。
でも。
「朝にもちょっと言ったけど、わたしは罪を犯した人は、極刑に処するよりも更生を促す方が良いと思ってる。その考えを曲げるつもりは無いよ。幾らその方が『効率的』だって言われたとしても、私はそれを却下する」
グリムが欲しかっただろう事に、「わたしは揺らがない」と明確に答える。
その揺るがなさは、彼女が「例えお母さまがそう言っても」と暗喩した事からも明らかだった。
しかし話し相手はセシリアの母の口癖を知らない。
だからその意味は、残念ながら正しくは伝わらなかっただろう。
しかしそれでも、彼は何やら納得したようだった。
「なるほど、そういう――」
呟く様にそう言って、グリムは満足げに笑った。
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