第19話 オカッパ頭との商談 -わくわく説明編-



 そうして落ち着いてから、彼は再び口を開いた。


「それは、つなぎ目が見えない様に加工しているからです。木材を繋ぎ合わせた後、そのつなぎ目にノリを付けて、それが乾かないうちにやすり掛けをするのです。すると、このようにつなぎ目が見え難くなります」

「なるほど。同じ木材を削って粉にして、それをノリにくっつけるから違和感なくつなぎ目を隠せるというわけか」


 ベルナールの解説に、キリルが途中参加してきた。

 彼は納得の声と共に、つなぎ目が在る筈の場所をじーっと見つめてから、試しに手で触って確認してみる。


(なるほど、見事だ。全く違和感が無い)


 セシリアが言っていた通り、まるで本当に一本の木から彫り出したかの様である。


 納得に数回頷くと、今度はコの字型のソレに少し力を加えて押さえたり揺らしてみたりした。

 しかしガタつく様子も無い。


 加えて仕上げられた板表面は、まるで煌めくようなつややかさだ。

 おそらく仕上げに艶出しの為の何かを塗っているのだろうが、塗り斑が全く見られない。



 それらを一通り観察し終わって、キリルは小さく頷いた。


(確かにこれは腕の良い職人の技だ)


 今の所、作られた物からは丁寧な仕事が窺える。

 合格点の中でも上級の評価だ。




 キリルが確認し、ベルナールがそんな彼にホッと息を吐き、セシリアは依然としてコの字型の納品物釘づけ状態。

 そしてそれらを後ろからほのほのと眺めているマリーシア。

 そんな空間に丁度仕事に一区切りついたワルターが参戦する。


 彼は一言「待たせたな」と言うと、キリルの方を向いた。


「どうだ、納品物は」

「問題無さそうです」

「そうか。では早速設置して、使い方を説明してもらおう」


 ワルターの端的な号令に、モルテとベルナール、そして補助としてマルクが手伝い、執務室の机の上、正面側に三つのコの字型が設置されていく。


 とは言っても、設置はそんなに難しい物ではない。

 机の上に置いて位置を確定させた後、机の縁とコの字型の下の部分を合わせて金具で挟むだけだ。

 これは「何かに当たった時にずれてしまわない様に固定できた方が良いですね」というマルクの要望に応えたものである。


 3つのコの字の設置が完了するとモルテは、納品物の使い方をワルター達にレクチャーし始めた。

 マルクに助手をお願いし、一緒に使い方を実演してもらう。


「今回の納品物は、可動式書類棚です。御当主様の執務で処理する書類の束を置く事で御当主様とマルクさんの業務効率化の為に一役買う品となります」


 まずそう一言置いてから、モルテはマルクに目配せをした。

 マルクが「準備OKです」という意味を込めて頷くと、モルテも小さく頷き返しながら「では、使い方を説明します」と前置いた。


「旦那様の書類仕事ではいつも、まずマルクさんが書類を持って行くところから始まると聞いています。この時、書類移動前にいつもマルクさんが行っていた『書類を揃える作業』が不要となりました」


 その為のこの側面の板です。

 モルテはそう言いながら、今しがた取り付けたコの字型の棚の側面板部分をコンコンと軽くノックする。


「マルクさんが紙を揃えるのは『紙を積み上げた時に崩れてしまわない様にする為』だという事ですので、この壁で倒れない様に側面から支える仕様にしています。これでもう揃えなくても崩れたりはしませんから、そのまま置いてください」


 その言葉に合わせる様に、マルクは予め別の場所に置いておいた仕分け完了直後の状態の書類を手に取った。

 揃える動作はせずに、そのまま棚に置きに行く。


「また、書類の置き場所を執務机の正面に変更しましたので、マルクさんの作業動線も変わります」


 彼の言葉に合わせる様にマルクが作業台から真っすぐに執務室の正面へと進み、設置されている書類棚へと書類を置いた。



 此処までは特に問題無い。

 マルクはそう感じて小さく頷いた。


 書類は基本的に規格サイズが決まっている。

 棚の横幅はそのサイズよりも予め少し大きく作られており、お陰で揃えられていない書類を置いても書類が折れてしまったり端がつっかえて入らなかったりという事は無い。


「次にこの棚に前回置いた書類が残っている状態で次の書類を置きたい場合ですが、今までは書類の上下を随時入れ替えて置き直していたと聞いています。後から持ってきた書類を今ある書類よりも後に処理したいからという事でしたが……」


 言いながら、モルテが相槌を求めて視線を泳がせた。

 すると彼の視線の先のマルクが同意に頷いてくれる。


 彼がこうやって随所で同意を示してくれるからこそ、貴族家での商品の説明という大役でもどうにかやれているのだと思う。


(彼が居なかったらと思うと、冷や汗が止まらない)


 きっと緊張のせいで碌な説明にならなかった所だろう。

 彼の存在は味方が居る様で心強い。


「今度は入れ替える手間も省けます。その為に……」


 そこまで言うと、作業台の上に乗っていた金具付きの木の板に手を伸ばす。


「これを使います」


 木の板を持った彼は、書類棚の前へと移動した。

 そしてコの字の上部分から、板面が机面と並行になる様な向きにして、下から左の掌で支える。


 木の板は、コの字の側面板の間に入れた時、動かせる程度のほんの僅かな隙間しかない様に絶妙な大きさに調整されていた。

 その為左手で支えられた木の板は、側面板の間にもスムーズに入る。

 そのまま左手を下げる事で天板の位置を下げ、先に置いていた書類に当たらない丁度良い所で止めた。


 そしてコの字の側面板に掘られた窪みに、木の板に取り付けられていた金具を引っ掛けて板の位置を固定する。

 左手を木の板から引き抜けば、可動板が設置完了だ。


「この上に新しい書類を置いてください。耐重量は問題ありません。紙束50センチ程までなら耐えられる様に作られています」

「一度の仕分けで50センチにはなりませんから大丈夫ですね」


 マルクが言いながら、別の書類束を可動板の上に置いた。

 その様子を確認してから、モルテが今度はワルターへと視線を向ける。


「この後は御当主様に少し操作していただきます。まずは、先にマルクさんが持ってきたこの一番下の棚の書類を全てやり終えて――」


 マルクは此処で、ワルターに「失礼します」と一言置いてからワルター側から、先程マルクが一番下に置いた書類を全て一度抜き取った。

 そしてまた一枚、木の板を作業台から持ってくる。

 今度は先程の物とは違い、四方に金具が付いていない代わりに持ち手が付いている。


「次の書類束に取り掛かる時に、棚板を一番下まで下ろしていただきます」


 持ち手が付いた木の板を左手で持ち、可動板の下に沿わせる様にして差し込んで支え板とした。

 支え板は、可動板よりも横幅が5センチほど小さく作られている。

 お陰で可動板とは違い、幅を気にしながら差し込む必要は無い。



 可動板を手持ち付き板で下から支えた後で、固定していた金具を一つずつパチンパチンと外していく。

 そして全て外し終わると、手持ち付き板ごと可動板をゆっくりと下ろしていく。


 一番下まで下ろし終わった所で、「これで」と言いながらワルターを見遣った。


「この上にある書類を片付けていく、という訳です」


 視線を受けて、ワルターは「ふむ」と言いながら顎を触る素振りをした。

 そして1点質問する。


「この持ち手の付いた板は、このまま棚の底板と可動板の間に挟んだままで良いのか?」

「はい、気になる様でしたら引き抜いていただいても構いませんが、このまま引き抜こうとすると少し力が要ります。次に持ち手付きの板を使うのは今下げた可動板の上の書類が全て無くなった時ですから、無くなった後負荷が無い状態で引き抜いていただいた方が楽かと思います」


 そんな説明に「確かにそうだな」とワルターが頷いた所で、モルテが今度はマルクへと視線を移す。


「可動板は1つの棚につき4枚、計12枚用意しています。どの棚も規格は同じの為、どの棚に使っていただいても構いませんし、極端な話をすれば12枚全てを一つの棚に使っていただいても問題はありません」

「流石に1つの棚に12枚は使わないかもしれませんが、どの棚にも使えるというのは良いですね」


 マルクが満足そうに微笑んだ所で、彼に追加される作業を伝えておく。


「マルクさんには定期的に、使い終わって最下に溜まった可動板を回収していただきたく思います」

「そのくらいはお安い御用です」


 これは予めマルクには話していた事でもあった。

 最初は可動板の上の書類が全て片付いた段階で毎回御当主様に脇に避けてもらう予定だったのだが、マルクが主人の手を煩わせる事を嫌ったのだ。


 彼曰く「どんな小さな手間でも旦那様に手間を取らせる事は、執事という仕事を放棄したも同然です」との事だ。

「執事では無いのでその気持ちは分からないが、流石の徹底ぶりだな」とモルテは感心した。



 そんなやり取りが一段落すると、一連を興味深そうに眺めていたワルターが執務椅子に深く背中を預けながら切り出した。


「私も実際に試してみたい。間違った使い方をしているとすぐに傷んでしまうかもしれないからな、変な事をしていないかちょっと見ていてくれ」


 その言葉に、セシリアは羨ましそうな表情を浮かべ、マルクは「仕方が無い方ですね、全く」と苦笑した。

 口ではさもそれらしく言ったワルターだったが、好奇心が全く隠せていない。

 彼はまるで新しいおもちゃを与えられた時の子供の様に、無邪気に笑っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る