第18話 オカッパ頭との商談 -わくわく納品編-

 


 モルテと契約を結んで丁度1週間後。

 そう、今日は待ちに待った商品の納品日だ。


 この日は週に一度の執務室での『お勉強』の日でもあり、お勉強時間が終わった頃に丁度モルテ達が納品に来る予定になっている。


 しかしそんな楽しみな予定が控えていても、執務室はいつも通りだった。

 オルトガン伯爵家の3兄妹は現在、至って真面目に勉強に打ち込んでいる。



 先日キリルは遂に領内の地図に気候等の情報を全て書き込み、覚え終えた。

 今は周辺領地の情勢や気候、特産物などを覚えるべく、国内地図に打ち込んでいる。


 全て書き終えたら次は国外の事を覚える予定だ。

 別に必要に迫られてそうしているわけではないのだが、『彼の思う必要』を満たすまでの道のりはまだまだ長そうだ。



 建国神話を全て読破したマリーシアは、最近は難しい専門書を読み漁っている。

 現在読んでいる物の題名は『人間の進化は本当に進化だったのか』。

 人間の技術躍進についての問題提起がされている本である。


 因みにこれは、別にマリーシアの趣味という訳では無く、ただ書庫から適当に取ったらこれだったというだけである。



 そしてセシリアはというと、『執務室改造計画』の商談や継続中の『お勉強』ツアー等の合間にきちんと、地道に勉強を行っていた。


 現在は算数では面積や体積等、公式を用いる計算について初級編を行っている。

 そして国語はというと、先日マリーシアが読んでいた建国神話の本を借りたので、今少しずつ読み進めている所だ。



 一方、ワルターもいつもと同じく執務机で仕事をしていた。

 1ついつもと違うのは、マルクがその周りを忙しなく動き回り執務机の周りを片付けている所だ。


 もうすぐ来訪する予定の商人達には、納品物を設置してもらう予定である。

 彼らがいつ来てもすぐに仕事を始めてもらえるように、作業の邪魔になりそうな物を机から下ろし、片付けているのだ。



 今回の計画では今までワルターの右隣に置いていた書類の場所が、ワルターの前へと変更になる。

 その為、まずはその場所のスペースを作る必要がある。


 今その場所にあるのは、置物や家族の写真が入った写真立て等だ。


(これらはいつも良く仕事の合間に眺めたりしていますからね、執務机に座った状態でも良く見える場所に置くのが良いでしょう)


 執務机の隣には、小さな丸い飾りテーブルが置かれている。

 現在は執務に使用する判などが置かれているが、それは必ずしもそこに置かれている必要は無い。


 判を移動して、ついでに机を綺麗に拭いてからテーブルにレース編みの白いテーブルクロスを敷く。

 その上に置物や写真立て等で飾れば、完成だ。


 飾られた小さなテーブルが主人の座る位置から問題無く見える事を最後に確認して、マルクは頷いた。

 そうして彼はまた、次の片付けに入る。



 彼の片付けの手腕は「素晴らしい」の一言だった。

 何故なら目にも留まらぬ速さで片付けているにも関わらず、物音一つ立てないのだ。


 一体どこでどんな修行をしたらそんな風になれるのか、一度聞いてみたいものである。

 きっと彼の様な人を、プロと呼ぶのだろう。




 マルクの片付けが大体終わった頃、丁度来訪者によって執務室がノックされた。



 コンコンコン。


「旦那様、クリアノ商会の方がお見えです」

「通せ」


 ワルターの声に執務室のドアが開く。

 するとそこに居たのは納品物を持ったモルテとベルナールの二人だった。


「し、失礼いたしますっ」


 先頭のモルテは、今日もかなり緊張している様だった。


 彼が部屋に入ると同時にワルターが執務の手を一旦止めた。

 その為まずは初対面の当主に向かって挨拶をしておく。


「お初にお目にかかります、私はクリアノ商会会頭のモルテと申します。こちらは今回の納品物の作成者、木工職人のベルナールと申します。本日は納品物の設置と最終確認の為に同行させました」


 モルテの言葉に、ベルナールが無言で頭を下げる。


「よく来たな。先日は顔合わせが出来ず、すまなかった。気にしていた様だとキリルから聞いている」

「そんな、滅相もありません。本当でしたらこちらから御当主様の予定を確認し、それに合わせる必要があるのですから」


 ワルターの言葉に、マルクは恐縮しきって頭を下げた。

 そんな彼に、ワルターが笑み交じりに答える。


「なに、それこそ問題ない。この件の責任者は私ではなくキリルだ。キリルの予定に合わせて訪問した結果、私の予定と合わなかったというだけなのだろう?」


 立てるべきを立てた。

 君は正しい判断をしていたよ。


 そうワルターに言葉を続けられれば、モルテは少しホッとしたような表情を浮かべた。


 緊張が若干解れた所で、ワルターは言葉を続ける。


「切りの良い所まで執務を終わらせてしまいたい。終わるまで少しの間待っていてくれないか」

「勿論です」


 少し時間をくれ。

 そう言ったワルターに、モルテが「お待ちします」と頷いた。

 そのやり取りを経て、「ならば」と今度はキリルが話しかける。


「モルテ、少し納品物について話を聞きたいのだが……とりあえず納品物を机にでも下ろしたらどうだ? とても重そうだ」

「お気遣いありがとうございます」


 キリルの気遣いに謝意を述べると、いつの間にかすぐそこまで来ていたマルクが自身の執務用作業台の一角を貸してくれた。

 誘導されるままに、モルテは持っていた荷物を下ろし、続いてベルナールと持ち運びを手伝ってくれた伯爵家の執事が納品物を丁寧な手つきで作業台へと下ろしていく。



 その様子を、セシリアはじーっと見つめていた。

 彼女の視線が釘付けになっている事に気が付いたキリルは、思わず微笑を浮かべる。


(興味津々過ぎて作業台に齧り付くかの様に見ているけど、あれじゃぁあんまり見えていないだろうなぁ)


 問題は、彼女の身長だった。

 作業台に両手を乗せて立つ彼女の目線の高さは、残念ながら十分とは言えない。


 見かねて彼女の体をヒョイッと持ち上げてやる。



 瞬間、セシリアは驚きに一瞬目を見張った。


 浮遊感と共に、いつもより高くなった視線。

 見たかった目的の品が、もうすぐ目の前だ。


 脇に差し込まれた体温と「よいしょ」という小さな声で、誰がそうしてくれたのかはすぐに分かった。


「ありがとう、キリルお兄様」


 良く見えるようになった。

 少し興奮気味にお礼を言ったセシリアに、「どういたしまして」という優しい声色が返ってくる。



 セシリアがまじまじと見たソレは、蓋の無い箱を横からぶち抜いた、コの字型を立てた様な形の物だった。

 壁になっている側面部分には同じ形の溝が幾つも、等間隔で付いている。


 そしてこれは付属品だろうか。

 木の板が何枚か、別に持ってこられていた。

 それらはコの字型のソレと同様に綺麗な加工が施されており、木の四隅にはそれぞれ一つずつ、金具の様な物が取り付けられている。


 セシリアは今、コの字型の方に釘づけだった。


(何か気になる事でもあっただろうか)


 自分が作った物である。

 職人として評価はやはり気になるものだ。


「あの、何か気になる所でもありましたか……?」


 ベルナールが恐る恐るといった感じで尋ねた。

 すると済んだ疑問色をした瞳と視線がかち合う。


「これ、一つの木から彫って作ったの?!」

「いいえ、木を切って組み立てましたが……なぜそんな事を聞くのでしょう」


 もしかして一本の木から彫り出して作る方が良かったのか。

 だったらどうしよう。


 お貴族様からの受注品を突っ返されるなんてことになったら、醜聞どころの話ではない。

 下手をすれば商会ごと、ベルナールの職人生命が終わる。


(いやしかしそれには職人の技術と時間が必要だ。やれと言われれば出来ないことも無いが……否、待て。大丈夫だ。今回はお金を掛けないというオーダーだった筈だ。この加工には金が掛かる)


 背中を汗が滑り落ちる、何とも気持ちの悪い感覚がする。

 しかしベルナールは荒れる思考の中、「大丈夫、大丈夫」と繰り返してやっと、軽いパニック状態を防ぐ。


 しかし次の瞬間、彼は自身のあまりの杞憂加減に一気に脱力する事になる。


「だってね、これ、つなぎ目が全然見えないのっ!!」


 その声に込もっていたのは、純粋な賛辞だった。

 ベルナールは納得と共に、心中で胸を撫で下ろす。


(全く、心臓に悪い事を言ってくれるな)


 焦りと緊張で肺に溜まったままになっていた息をふぅーっと静かに吐きながら、心の中で思わずそんな風に悪態を吐いた。

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