第14話 オカッパ頭との商談 -相談編-
モルテは、真剣な表情でその用紙を見ながら話を聞いていた。
そして一通り話が終わった後で、彼は再び口を開く。
「幾つか、質問をさせていただいても宜しいでしょうか」
「あぁ、何だ?」
「まず、こちらに記載いただいています設計図ですが、この通りの物を作る事をお望みでしょうか? それとも多少手を加えても、利便性を追求した方が良いでしょうか?」
その問いに、キリルは少し考えてから答える。
「必ずしもこの通りに作る必要は無い。しかしせっかく作るのだから使用者本人にも使いやすさ等の意見を聞き、取り入れたいと思っている。その為、勝手に設計図を書き換えるような事はしないでほしい」
「分かりました」
モルテはそう言うと、既に自身の鞄から取り出していたペンで、その紙にメモを取る。
「次に見栄えと費用についてです。耐久性と利便性以外の部分で、費用が多少張っても見栄えを良くした方が良いでしょうか」
「いや、これは父の執務室に置く物だ。耐久性と利便性があれば十分だ。見栄えを意識する必要は全く無い。むしろ費用は抑えたいと思っている」
そんなキリルの即答に、モルテは少し驚いたような表情を浮かべた。
そんな彼の様子に、マリーシアが問う。
「何か気になる事でもありましたか?」
「あ、い、いえ。ただ少し見栄えを『全く必要無い』と即答されたので少し驚いただけです」
(表情を隠したつもりだったのに、バレてしまった)
商人としての自分の未熟さを思って、モルテは思わず苦笑を浮かべる。そんな彼に、マリーシアはコロコロと笑った。
「もしかして、『貴族は見栄えを気にするだろうから、きっと少し料金が張っても華美な物を注文するだろう』と思いながらこちらに質問しました?」
「……お恥ずかしながら」
(まさかそこまでバレているとは)
困った様に頭を掻いたモルテに、今度はキリルが答える。
「勿論、社交界の場に出したりお客様を招く応接室などに置いたりする物ならば少しは見栄えも考えねばならないだろうが、使うのは執務室だ。基本的に外からの来客はそちらには通されない。見栄を張る必要が無い場所で使うのに華美にするなど、ただの無駄遣いでしか無いだろう」
「無駄遣い、ですか?」
興味深そうに、モルテが聞き返す。
「あぁ。我が伯爵家の人間は、領民たちの税金で生活している。だからこの家に存在する金の正しい使い方は『領民に対してプラスになる使い方』だ」
「それが我が家での教えなのだ」と言えば、その言葉の漠然さにモルテが少し首を傾げる。
「例えば社交界で使うドレス代は、社交界で領の運営に必要な伝手を繋ぐ為、他領の領主に舐められて搾取されない為に必要な金だ。それに対して誰の目もない場所で使う物の華美さに金を使う行為は、領民に対してたったの1ミクロンだってプラスにならないじゃないか」
それは紛れも無く『無駄遣い』だ。
そう言い切ったキリルに、モルテは納得しながら頷く。
「なるほど。そういうお考えなのでしたら、材料費の嵩む金属よりも木を主体にして作った方が良いと思います」
「木では耐久性に問題があるのではないか?」
今度はキリルが疑問に思ってそう尋ねた。
金はなるべく使わないようにしたいが、耐久性に問題があっては困る。
買い替え時期によっては、金属を使った場合よりも逆に金が嵩む可能性があるからだ。
しかしそんな懸念はモルテの次の言葉で掃われる。
「いいえ。この図を見ますと作った品は机の上に置くことになりそうですから、書類の重さの負荷で底が抜けるという事は無さそうですし、商品自体の使い方も横に引っ張ったりする訳ではありません。屋内ですので雨や風に曝されることも無いでしょう。それなら主な素材は木で十分かと思います」
華美さを求めるならば金属の方が今の主流ですが、それは不要とのことですので。
と続けたモルテの言に、キリルは頷く。
「木の方が、金属よりも安いの?」
「はい。伯爵領では、木材は取れますが金属は産出されていません。他領から買わねばならない為、仕入れ値が高くなってしまうのです。それに、此処はそういう土地ですから木材の加工職人の方が人数が多く、その為職人を雇う際の人件費も安く済みます」
セシリアの素朴な疑問に、モルテはとても丁寧に答えてくれた。
セシリアは「へぇーっ」と目を輝かせながらその話を聞き、しきりに頷く。
(どうやら彼女の知識欲は問題無く満たされた様だ)
嬉しそうなセシリアをほんの一瞬だけ優しく目で見守ってから、キリルは表情を当主代行のソレに戻して、モルテに問う。
「それで、どうだ?やれそうか?」
お前に任せたとして、きちんと仕事が出来そうか。
そんな問いに、一拍置いてからモルテが答える。
「――はい。料金や契約書については今回に合ったものを試算する必要がある為本日すぐにお示しすることは出来ませんが、良い職人には心当たりがあります。設計内容の微修正も含めて、キリル様のご期待に沿えるものが出来ると思います」
きっぱりと「出来る」と言った彼の表情には、初めの頃に浮かんでいた自信の無さはもう無い。
商人の、自分の仕事に誇りを持った人間の顔になっている。
彼の顔から視線を外し、キリルは2人の妹に視線で問いかけた。
すると2人は「問題なし」とそれぞれに頷いて見せる。
それらを確認してから、キリルはモルテに向き直った。
そしてフッと微笑んだ。
彼に右手を差し出して、こう言った。
「じゃぁ、契約書と見積書が出来たらこの屋敷に届けてくれ。契約の締結と細かい内容の詰めは、必要に応じてまた時間を取ろう」
「あ、ありがとうございます!よろしくお願い致します!!」
モルテはそう言うと、慌てて差し出されていた手を両手でギュッと握り込んだ。
「2,3日中には必ず、契約書と見積書をお届けします」と一言置いて、モルテは席を立つ。
そして部屋を退出する――寸前で、彼はハッと何かを思い出したかのように振り返った。
「あ、あの、キリル様」
「どうした?モルテ」
彼の慌て様に、キリルは不思議そうに尋ねた。
すると彼は、今更過ぎるを尋ねてくる。
「そう言えば私、まだ御当主様に挨拶をしていませんっ!!」
新興商会である自分を引き立ててくれた方だ。
なるべく早く挨拶をしてお礼を述べなければ失礼に当たるのではないだろうか。
そう言った主旨の言葉を続けたモルテに、「そんなに慌てる必要はない」とキリルが宥める。
「お父様は、今日は少し忙しい。お父様の都合で挨拶が出来ないのだからモルテ側に失礼な点は無いし、私からも『モルテが気にしていた』と伝えておこう」
「あ、ありがとうございます……!」
(なんとお優しい方だ!)
目を輝かせながら心中でそう感激したモルテに、キリルは思わず苦笑する。
(そんなに嬉しがってもらう程大した事はしていないんだけど)
そんな事を思いながら、今度こそモルテの退出を見守った。
その後。
休憩ティータイムの中で3人は、こんな話をする事になる。
「モルテ様は、どうやら非常に良い人の様ですね」
「あぁ、ちょっと抜けていたり、慌て過ぎな所もあるが、人格は問題無いだろう」
「あの人、物知りで元気な人だったね!」
「そうねぇ。元気、というのとはまたちょっと違う様な気もするけれど、商談相手の意を汲んだ、丁寧な仕事をする方ではあったわね」
そんな話をされているとは露ほども知らないモルテは、商会への帰り道で何度かくしゃみをしたとか、しなかったとか。
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