第12話 『おべんきょう』ツアー -人間関係、ゼルゼンの限界編-

 



 ゼルゼンは元来の性格もあって、少し物言いが率直過ぎる子である。


 良く言えば素直な性格であると言えるのだろうが、彼はお世辞を使うという事をまるで知らない。


「そんなゼルゼンだからこそ、良いのですよ」


 伯爵夫人はそう仰った。

 けれど大人がそう思うのと、当の子供達が仲良くできるかどうかはまた別の話である。



 セシリアお嬢様は、決して気性が荒くは無い。

 だから例え喧嘩をしたとしても取っ組み合いになる危険性は無い。

 しかしそれでも互いが上手くやれるに越したことは無いだろう。


 ――出来れば大きな嵐も無く2人が仲良くなってくれますように。

 ノルドはゼルゼンとセシリアの行く先を、その姿が見えなくなってしまった後も当分心配そうに見つめながら、そう願ったのだった。



 ***



 進んでいくセシリアに、引っ張られるゼルゼン。


「おい、ちょっと止まれ!おいってば!!」


 一体何なんだ、こいつは!

 ゼルゼンは心中でそう、大きな声で叫んだ。


 予想以上の力で引っ張られ、されるがまま付いていく。

 そうでなくても溜まっていた自らの内の鬱憤。

 それが遂に臨界に近付いている事をゼルゼン自身気付いていた。




 ゼルゼンは生まれた時からずっと、この伯爵家の使用人棟で育ってきた。


 この家に仕える使用人の子供達は、最低限の養育期間を終えるとすぐに両親共仕事に復帰する。

 当分の間は時短勤務にしてもらったり、子育てに専念する為に使用人を辞めたりする人も居ない訳では無い。

 しかしその人数は、限りなく少ない。


 稼がねば子供たちを育てていけないし、何より此処の使用人達はこの職場を気に入っている人達ばかりである。

 その為体力面さえ元に戻れば、精神面では働くことが苦にならない。


 そしてそんな使用人達が育児と仕事を両立できるようにする為に、親が復職してから子供達が働き出すまでの間、両親の勤務時間帯に彼らはとある部屋へと預けられる。


 所謂保育所の様な場所が、使用人棟にはあるのだ。




 しかしそんな状態で割を食うのは子供達である。


 仕事を再開すればそれだけ父や母から構ってもらえる時間が減るし、家族から離されれば子供達は大なり小なり寂しい思いをする。

 幾ら設備や環境が十分だったとしても、精神的なケアを完璧にする事は酷く難しい。



 そしてそんな子供達の中でも特に割を食うのは、最年長の子供達である。

 彼らには『下の子達の面倒を見る』という追加ミッションが与えられるのだ。


 そういうのを煩わしく思う子供にとって、それは面倒以外の何物でもない。

 その癖頑張った所で何かご褒美があるわけでもないのだから、やる気が出る筈も無い。



 極めつけは、未就業の子供達は使用人棟より外に出る事を原則として許されていないという事だ。


 彼らは皆、伯爵の許可が無ければ使用人棟から外に出られない。

 その許可も要請すれば簡単に出してもらえるような物では無く、滅多な事が無い限り出ないのだ。


 それにはきちんとした理由があるのだが、子供達にとって重要なのは理由よりも事実の方だろう。



 未就業の子供達にはそういった、寂しくて面倒で窮屈な生活を強いられている。

 その鬱憤が、大なり小なり使用人の子供達には存在するのである。




 その中でもゼルゼンは、その現実に強い鬱憤を抱えている子供達の内の一人だった。


 それは彼が、元々家で過ごすよりも外で体を動かしたいタイプの子供だという事。

 そして彼の寂しさを素直に表に出せない性格が、その大元の原因にある。


 加えて、自身の好きでも無い事を半ば強制的にさせられる事に対して反発心を覚えた結果が、今の彼だった。


 自分は嫌な事を強制されるのに、自身の願いは叶えられない。

 彼にとってその現実は許容できないものだった。



 そしてそんな彼は、ある日。

 伯爵家のお嬢様の『お友達』に任命される事になった。


 今まで積もってきた鬱憤の上に、そうでなくても面倒な、しかも初対面の年下の面倒を見なければならないという面倒が加えられたのである。



『お友達』の副次的な特典として、ゼルゼンはその範囲は庭に限定されるとはいえ使用人棟から外に出る許可を得た。

 しかし折角外に出ることが出来ても、その面倒のせいで自分の好きな事が出来ない。


 そしてそんな面倒な存在は今まさに、自分勝手な振る舞いをしていた。



 人の話に聞く耳も持たず。

 人の意志を気にする様子もなく。

 自分の行きたい方向に無理やり人を引っ張っていく。


 それは『この先ずっとコイツの都合で振り回される日々が始まる』事の暗示の様に、少なくともゼルゼンには思えた。




 ――嫌だ。

 俺は、そうでなくとも今までの窮屈な生活の中で我慢して生活しているのだ。

 なのに何故、窮屈の上に更に窮屈を重ねるような真似をするんだ。



 それは今まで大人が課してきた窮屈に、彼が限界を迎えた瞬間だった。




 ゼルゼンは引かれていた手を思い切り振り払う。

 パシッという音が辺りに響き、驚いた表情でセシリアが振り返った。


 そんな彼女に、叫ぶ。


「いい加減にしろよ、お前!!」


 ゼルゼンは、遂に切れた。




 対して、ゼルゼンの怒りを浴びたセシリアは、その声にぴしりと体を固まらせた。


 セシリアからすると、これら一連の行動は『兄や姉の真似をしただけ』だ。


 一緒にどこかに行く時、兄や姉は必ず手を繋いでセシリアの行きたい場所へと連れて行ってくれる。

 自分がされて嬉しかったのだから相手だって喜ぶ筈。

 そう思ったからこそそれを再現しようとして、考える。



 ゼルゼンの行きたい場所はまだ聞いていないけど、彼の機嫌が悪そうなのは確かで。

 機嫌が悪い時に花壇の花達を見ると機嫌が好転するという事は、少なくともセシリアにとっては『自らの姉で既に実証済みな事実』だった。


 だからこそ今回の事態に対する解決策として、こんな結論に至ったのだ。


 そうだ、ゼルゼンに花壇を見せてあげよう。

 そしたらきっと、彼の機嫌も直る筈だ、と。


 それはセシリアの中でかき集められた事実に基づいた、善意の行動だった。


 しかしそんなセシリアなりの心遣いは、それが成就する前にゼルゼンによって振り解かれた。

 彼女からすれば、もう少しで彼の機嫌の悪さも解消される所だったのに、それを中断させられた形だ。


「なんで、怒るの?」


 悪気無くそんな言葉が出てきても、何の不思議も無い。

 しかしそれは間違いなく、ゼルゼンの怒りの火に油を注ぐものでもあった。

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