第2章:セシリア、4歳。効率重視の為に『おべんきょう』を始める
第1話 庭を散歩してみたら
昼食後の昼下がり。
現在セシリアは、メイドのポーラを連れて庭を散歩中だった。
セシリアの目前には、カラフルに色付いた春の庭がある。
赤、青、白、黄色。
茶色と緑を絨毯にして咲くその花達は、大小様々、色も様々で、しかしどの花も綺麗に花を咲かせていた。
その咲き様からは、此処の花の世話を一手に引き受ける庭師の手腕が良く見て取れる。
セシリアはそんな花達に囲まれながら、自分の膝上に両手で頬杖を付いていた。
いつものように花壇のすぐそばにしゃがんで、彼女は花達を一本一本愛でながら吟味を繰り返す。
探すのは、最近は中々一緒に散歩する時間も取れなくなった姉・マリーシアの為のお花だ。
(最近『おべんきょう』をとても頑張っているもの、わたしも応援したい)
そんな思いから彼女へのプレゼントを思いついたセシリアだが、これが存外難しい。
自分が好きな物ではなく、他人が喜ぶような物を選ぶ必要があるのだから当たり前だ。
しかしその分、喜ぶ顔を想像しながらのプレゼント探しは楽しくもあるもので。
(これ良いかも。でもやっぱりマリーお姉さまには、こっちの方が似合うかな)
先程から花から花へと、目移りしてばかりだった。
因みに此処の管理者である庭師には、既に花壇から花を一輪貰う了承を貰っている。
先程丁度運よくそこで会ったのだ。
彼はセシリアのお願いに、いつもの様なほのほのとした表情で「良いですよ、どれでも好きな物をお持ちください」と言ってくれた。
「庭師の許可も得ましたし、選び放題ですが……どれでも良いと言われるとかえって選びにくい物ですね」
明らかに優柔不断状態に陥っているセシリアの隣へとしゃがみ込みながら、ポーラが言った。
全く彼女の言う通りなので、その言葉に大きく頷く。
「そうなの。マリーお姉さまが好きな青いお花にしようかなと思ったんだけど、元気にもなってほしいから、赤とかきいろとかの方がいいかもしれないなぁって思って、悩んじゃう」
「赤や黄色ですか……それなら、これなんかどうですか?華やかで元気な気持ちになりそうですよ」
ポーラがそう言って指差したのは、フリージアの花だった。
フリージアには先程ポーラが言った通りの赤と黄色の他に、紫色も咲いている。
確かに彼女の言う通り、その花は華やかで人目を引いた。
特に赤と黄色はセシリアの目にも鮮やかに映る。
(確かにこれなら、元気になってもらえるかもしれない)
セシリアは「うんうん」と頷き、花はコレにする事に決めた。
続いては、色の問題である。
(赤と黄色、どちらにしよう)
どちらも綺麗で、やはり目映りしてしまう。
さんざん悩んだ末にセシリアが選んだのは、黄色のフリージアだった。
(マリーお姉さまの深緑の瞳に映されるのなら、赤よりも黄色の方が相性が良さそうだもの)
黄色のフリージアをその目に映し嬉しそうに微笑む様に思いを馳せている間に、ポーラが庭師に声をかけてくれる。
そうして呼ばれて来た庭師は快くセシリアにフリージアを一輪、摘んで渡してくれた。
摘まれたその花を「ありがとう」と笑顔でお礼を言いながら受け取ると、彼はいつものほのほの顔で「マリーシアお嬢様が喜ばれると良いですね」と言ってくれた。
その声に「うん!」と元気よく答えておく。
マリーシアへのお土産が萎れてしまわない様に処置を施した後、セシリアはソレを片手に散歩を再開した。
歩きながらその花の甘く良い香りの楽しみつつ、上機嫌に笑う。
主人の機嫌の良さは、背中越し時も十分に分かる程あからさまな物だった。
ポーラは彼女の背中に微笑みかけながら、その機嫌の良さの要因についてセシリアに触れる。
「セシリアお嬢様、先日から何やら深くお悩みの様でしたが、解決してようございましたね」
「うん!」
セシリアは弾むようにそう答えると、クルリと後ろのポーラに体ごと振り返った。
そして今度はちょっと困ったように笑いながら言葉を続ける。
「でも、まだ解決はしていないの。『決めごと』を考えないといけないし、それに『おべんきょう』が始まるまでまだ3年もあって、なんだかとっても落ち着かないの」
そう言うと、セシリアはどうしたものかと考える素振りを見せる。
そんな彼女にポーラは一瞬、「折角の上機嫌だったのに懸念事項が残っている事を思い出させて台無しにしてしまったか」と内心で焦った。
すぐにソレが杞憂だったと分かり、小さくホッとする。
ポーラの言葉に答えた彼女は、しかし懸念事項を上げる割にはあまり深刻そうでは無い様に見えた。
少なくともつい今日の朝まで悩んでいた彼女とは、全然比べ物にならない。
まるで憑き物でも落ちたかの様である。
(物事の筋道が見えたお陰で、心に余裕が出来たからでしょうか)
ポーラはセシリアの心中に、そう当たりを付ける。
「それにしても、確かに3年はちょっと長いですよね。今から目標を立てたとしてもその頃にはもう忘れてしまいそうです」
セシリアのあまり深刻そうではない困り顔に、ポーラは同意を示した。
するとこんな言葉が返ってくる。
「3年後のことがきになって、もう今日から3年後まで、一回も眠れないかも」
「それではまるで、ピクニックを前日に控えたセシリアお嬢様の様ではないですか」
クスクスを笑いながら答えたポーラに、セシリアは言い返そうと一度口を開いた。
しかし彼女の反抗心は、残念ながら言葉にならない。
(……本当の事だから反論できない)
自分には反論出来るだけの武器が無い。
それを正しく自覚しているからこそ、彼女は黙ったままただツンと口を尖らせた。
ポーラが話したのは、先月母と兄姉との4人でピクニックに行った時の事だった。
その前日、先程ポーラが言ったように、実際にセシリアは眠れなかったのである。
(だって仕方が無いじゃない、楽しみだったんだもん)
そんな言葉を言い訳代わりに心中で呟きながら、庭の芝生をいつもよりも大きな音を立てて踏み鳴らす。
分かりやすくいじけたセシリア。
それは子供だからこそ許される可愛さである。
そんな主人に、ポーラは思わず破顔した。
そして可愛い主人を少しだけ一人で楽しんだ後、いじけさせてしまった事への謝罪を込めて、こう言ったのだった。
「そんなに3年後が気になるのでしたら、もういっそ明日からでも『おべんきょう』を始めてしまえば宜しいのでは?」
それは確かに謝罪の代わりの言葉だったが、別に助言等という大げさな事をしたつもりは、この時のポーラには無かった。
それは「ちょっとした冗談として楽しんでくれればいい」と、あくまでも軽い気持ちで言った言葉だったのだ。
すぐに却下されると踏んで言ったその言葉に、しかしセシリアは予想外の反応を見せた。
大きく目を見開き、1,2秒固まった後に勢いよく振り返る。
「それはいい考えね!!」
正に「目から鱗」といった顔でそう言ってきたセシリアは、「そうと決まれば善は急げ」と言わんばかりに急速に思考を巡らせ始める。
「そうとなったら、『おべんきょう』に必要なものを揃えなければいけないわ。……ポーラ、『おべんきょう』とは最初は何からするの?」
「え? えーっと、最初は……やはり文字の読み書きからでしょうか」
「筆記用具はお部屋にあるから……」
「え? セシリアお嬢様?」
此処まで来てやっと「もしかして」と焦りを覚える。
あくまでも冗談のつもりで言った些細な言葉が、今正に彼女の起爆剤になろうとしている。
その事実と彼女の勢いの凄さに、ポーラはただただ驚きを隠せない。
「ポーラ、読み書きの本はどこかにあるの?」
「え、あの、ご主人様や奥様にお伺いした上で許可が出れば頂けると思いますが……」
「じゃぁお願いしていい?できれば明日からでも『おべんきょう』を始めたいの」
「は、はい」
こうと決めたら突き進むのが、セシリアという少女である。
決断と同時に、自身の下にレールを描き始める。
そんな彼女を少なくともポーラには止める術が無い。
生まれた時からセシリア付きのメイドを務めるポーラである。
その事を分からない筈が無かった。
(セシリアお嬢様ほど猪突猛進という言葉が似合う子も居ないでしょうね)
ポーラはそう、苦笑する。
「よろしくね、ポーラ」
良い笑顔をポーラに向けたセシリアは、次の瞬間「その話はもう終わった」と言わんばかりに自身の思考からそれらを即座に追い払った。
そしてもう一度黄色のフリージアを見つめる。
(マリーお姉さまは、これできっと元気になってくれる筈。これでとりあえず当面の懸案事項は解決ね)
モヤモヤとしていた気持ちが全て晴れた、清々しそうな表情で彼女は笑う。
「そろそろマリーお姉さまの『おべんきょう』は終わったかな?」
セシリアはそう言いながら、宛ての無い散歩を終える。
目的地は、マリーシアの部屋。
これからセシリアは、『おべんきょう』でクタクタになっている彼女の元へ突撃をかましに行くのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます