伯爵令嬢が効率主義に成長中だったら ―『効率的』を目指して色々チャレンジしてみます！―

第1章：セシリア、4歳。現実からは逃げません。

第1話 『おべんきょう』はしたくない！

　オルトガン伯爵家の教育方針は、『見守り型放任主義』である。

「自分のしたい事をする事」

「分からない事はそのままにしない事」

「何に対してもしっかりと考え、調べ、自分の意見を持つ事」

「誰かの目や噂より、自分の見たもの、その時に思った事を信じる事」

　それらの教えは伯爵家の子供たち全員に対し、平等に敷かれている。

　そして身の危険が無い場合に限って、基本的に親が自分から子供達に対して苦言や助言をすることは無い。

　一般的な伯爵家と比べると、これは些か変わった教育方針である。

　しかし『そんな家だからこそ』というべきか。

　３人の子供達は、皆のびのびと成長している。

　そんな３児の母、オルトガン伯爵夫人・クレアリンゼは、いつものようにこの日も子供たちと共に優雅なティータイムに興じていた。

　すると足元に、１人の少女がやってくる。

　少し赤みかかった金髪に大きなペリドットの瞳の彼女は、つい最近やっと４歳を迎えたばかりの３兄妹の末っ子だ。

「お母さま」

　いつもと比べて歯切れが悪い。

　たった一言だったけど、分かる人には簡単にそうと分かる変化がそこには確かにあった。

　案の定、クレアリンゼも見逃さない。

　ティーカップを優雅な手つきでソーサーへと着地させながら、優しげな視線を落として「どうしたの？　セシリア」と柔らかい声で答える。

　こちらにいらっしゃい。

　そんな意図で左手で隣の空き椅子を示せば、セシリアと呼ばれたその少女はほんの少しだけ逡巡した後その椅子に腰を下ろす。

　真っ直ぐにこちらを見ながら「あのね、お母さま」と言った彼女の声は固い。

　本来の彼女は、別に引っ込み思案でもなければ話すのが苦手なわけでもない。

　寧ろこの年にしては弁は立つ方だろう。

　そんな彼女が固い声で言い淀む。　

　その現象に、クレアリンゼは心の中で「あら珍しい」と呟いた。

　しか彼女は、娘を急かすような事は決してしはしなかった。

　この家の教育方針に則って、つい挟みたくなる口を「それは差し出口だ」と心中で唱えて封じる。

　ただ一つ、話し出しやすくするために微笑みだけは絶やさない。

　そこに小さなエールを込めると、その甲斐もあっだろうか。

　自発的に小さな口が開かれた。

「あのね、お母さま。最近、マリーお姉さまは『おべんきょう』が『大変』なの。それでね……わたしは、『大変』になりたくないの」

　告げられたのは、ひどく弱々しく自信なさげだ。

　上目遣いのペリドットの瞳が不安に揺れて、その奥には母の出方を窺う様な気配が明らかに見て取れた。

　そんな娘を前にして、クレアリンゼは「あぁなるほど」と独り言ちる。

（これは多分「勉強をしたくない」「しなくていいようになりたい」という要求なのね）

　と。

　クレアリンゼだって、伊達に４年間も彼女の母をやってはいない。

　彼女の思考の癖くらいは分かっている。

　真の要求をストレートには言わず、敢えて遠回しにして「じゃぁやらなくていいようにしましょう」という言葉を相手に言わせようにする。

　傍目に見ると、それはもしかしたら『母を煙に巻き言質を取ろうとする、卑怯でズル賢い行為』の様に見えるかもしれない。

　しかしクレアリンゼは、そここそを評価した。

（なるほど、よく工夫したものね）

　そんな言葉で彼女の努力に頷いたのだ。

　クレアリンゼが伊達に４年も彼女の母をやっていない様に、セシリアだって彼女の娘を伊達に４年もやっていない。

　だから彼女も分かっているのだ。

　こんなお願い、即答却下されるだろうと。

　だけど出来れば叶えたい。

　だから脳みそをフル回転してどうにか自分の要求を読んでもらおうと考えたという所だろう。

　まだ４歳というセシリアの年齢を考えれば、少なくとも『要求の可決率を上げるために言葉を変えた』工夫は合格点以上の評価が出来る。

　しかしそれでもこの要求には「Ｙｅｓ」と言えない。

「マリーシアにもセシリアにも、お勉強は必要で決して避けられない事なのよ。だって私達は、貴族なのだから」

　「勉強しなくて良い」と言ってやれる様な環境に、残念ながら２人は居ないのだ。

　ふんわりとした声で、しかしキッパリとNOを突き付けられたセシリアは、目に見えて肩をしょぼんと落とした。

　懸命に知恵を絞った上での『負け』である。

　そうなるのも仕方が無い。

　萎れてしまった娘の姿に少し可哀想になった。

　しかしそれでもだからといって、無責任に甘やかす事は出来ない。

　心中で自身をそう鼓舞しつつ、クレアリンゼはゆっくりと優しく言葉を続ける。

「私達オルトガン伯爵家の人間は、領民から貰った税金で生かしてもらっているの。だから私達には、その知識と教養を以て彼らに恩返しをする義務があるのよ」

　諭すように紡がれた理由をセシリアは、シュン顔のまま、しかしちゃんと聞いているようだ。

　逡巡の後、受けた言葉に疑問を見い出しコテンと軽く首を傾げた。