第131話 レべリオンの終結
「姉さん……大丈夫か」声にならないバアルの呟き。
力を失い続ける六龍王。自分のミスを悔いる姉のアーシラト。
二人の姿に戦いの終演を感じて、思わず全身の力を抜いたバアルに、インフェルノソードをつかんて叫ぶ、姉のアーシラトの声が届いた。
『聖なる六竜が放て ヘキサグラムフォース』
六つの光の筋がバアルとアナトへと飛んだ。
「ちぃい!」
短く叫んで、ダゴンとアスタルトが、バアルとアナトの元へ飛ぶ。
だが間に合わない。無防備な二人に向かう六頭の光の筋。
アイネが前に手を広げて立ち、右足と胸を貫かれた。
「アイネ大丈夫か! 姉さんもう終わったんだ……やめろアーシラト!」
二人を庇って倒れるアイネの身体を、バアルが受け止める。
「バアルとアナト。二人の勇者め! おまらだけは許さない! ここで死ね!」
巨大なインフェルノソードを両手で抱えて、二発目を打ち出す構えに入るアーシラトの魔力は六龍王さえ超えていた。
その時アーシラトの後ろから声が聞こえた。
「もういい。アーシラト……もういいのだ」
六龍王の声だった。その声を聞い、崩れ落ちるアーシラト。
「よくない! あなたを倒した者なのよ!? わたしは、この世界で一人ぼっちになるの……そんなの許せるはずなんかない。だってわたしは、あなたの事が……忘れられない」
消滅の剣により再生出来ない傷を受け、姿が消えつつある六龍王は、泣き続けるアーシラトを自分の胸に抱き寄せた。
「俺はこの世界に反乱を起こして、新しい秩序を造り出す事を考えた。それが自分の本心と思いたかった。でも俺はそんなに強い者では無かったようだ……愛でる者がが恋しい」
六龍王にしがみつくアーシラトの髪を撫でる、大きな傷ついた手。
その手に触れたアーシラトはインフェルノソードを手から離した。
地上に横たわる、神々の大剣は完全に炎を消し、主と同様に動きを完全に止めた。
「アーシラト、最後に踊ろうか。お前の好きなタンゴは、無理みたいだがな」
アーシラトの手をとり、六龍王が立ち上がり、二人でステップを踏む。
さっきまでの激戦が嘘のように、静か情熱的なワルツが続く。
日が陰り始めた時間、特別な音はなく、二人の所作だけが、ただ美しく悲しいワルツのメロディを世界に奏でる。
「アーシラト……俺のせいで世界はお前を魔女だと言うだろう。だが今度会う時は幸せにするから……許してくれよな。短い間だったが、おまえと居られて……楽しかったな」
踊りながらアーシラトの髪を撫でる六龍王に、震えながらうなずいたアーシラト。
「それと……バアルとアナト。強くなったな。転生と召喚、どちらも見事な勇者だ」
ゆっくりと時間を惜しむように二人のワルツは続いていく、その度にさらさらとさらさらと……六龍王の巨躯が分解され風に流れる。
すでに透き通るまで身体を失った、愛するべき人を見て、たまらずアーシラトが六龍王の胸元に顔を埋めた。
「イヤ、イヤよ、モート! わたしを置いていくの? お願い一人にしないで!」
アーシラトの叫び声が風に流れる。
優しい表情を見せた六龍王。いや、アーシラトの愛する者の名はモート。
「アーシラト……そういじめるな……また必ず逢える。おまえが嫌でも俺は会いに行く……。二人の勇者よラグナロクを勝てよ……また、会おう」
六龍王は大きな拳にして宙へ捧げ、これから起こる戦いの勝利を祈った。
次に吹いた強い風で、六龍王はその姿を散らした。
ワルツの相手を失い、地上で天に両手を掲げたままの、アーシラトが呟く。
「そう、また……私は独りになった」
タンタン、タタ、タ、タタン
ラテンのリズムに合わせて奏でるのは、靴が乾いた地面を打つ切れのよい音、踊り、歌と会わせた協奏曲。
身長は167センチ、ヨーロッパ人としては低いが日本人としては高め。
それもシューズはフラメンコシューズで硬質で高いヒールがついている。
着ている服はジプシーレッド色のドレス。
アバニコ(扇子)華麗に身体を走らせド派手な踊りを見せている。
瞳はアンダルシアの色であるモスグリーン、髪は黒色で腰より長いがきっちりと束ねている。
「オ レ !]
パン、最後の手を打つ動作でフラメンコダンスを止めたアーシラトは、静かに風の中に消えていった。
二人が消えた大地に、真っ黒な闇が人間の形を成して、語り始めた。
「ついにラグナロクが始まる。僕のせいで六龍王は負けちゃったね。結果、君たちが僕の遊び相手になるわけだ。まだ時間があるから、レベルあげ頑張ってくれよ。瞬殺じゃつまらないからね」
闇の影、ラシャプの影は戦い意思を残して消えた。
・
・
・
「逝ったか……モート」
アガレスが風の流れに戦いの終わりを感じた時、こちらに向ってくる者の姿を見つけた。アイネから呼ばれたグレンだった。
「ふっ、さすがアイネだな。俺の心などお見通しと見えるな」
「父さん大丈夫か?」
グレンが父親のアガレスの身を心配し、懸命に駈けてくる。
「大丈夫だ。少し疲れただけ。それより手を貸せ」
息子グレンに支えられながら、アガレスは身体を起こした。
それを見たアスタルトが静かにアガレスの元に近づき、グレンの肩に大きく重い手を置いて話し始めた。
「アガレスの息子グレンよ。その剣と強きエナジィを授かれ。そして今からはおまえがダークナイトとなるのだ」
アガレスは安堵して旧友に語りかけた。
「俺はここでリタイアだ……獣王よ。楽しかったな」
「ああ、そうだな」
アスタルトがそっけなく答えた。長い間戦い続けた。
ある時は仲間として、またある時は敵として。
そんな二人には簡単な挨拶で十分だった。
日が落ち始め、夕日に照らされた赤い草原に風が吹く。
「本当に楽しかった……」
夕暮れに照らされながら、アガレスは草原の風に吹かれ、笑顔を浮かべて目を閉じた。
ここに『六頭龍戦役』は終結した。
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