第116話 一万人の命
「そんな敵は十二万!?……勝てるわけない」
空中でホバリングしながら、絶望的な数字にバアルは思わず呟いた。
だがアイネは表情を変えずに、フッラを中継してサージに問う。
「サージ。味方の軍の編成はどこまで進んでいる?」
空中のフッラにより中継されたアイネの言葉は、神殿内部のサージへと伝わった。
「はっ、エール騎士団の五百名を収納しました。次のジャンプでイルも収納します。ただ、これ以上神殿の中での編成はスペース的に無理です。外へ出て編成する必要がありますが、周りに多くの敵兵がいます。敵の注意をそらさないと……」
「まだ、暴れ方が足りないわけだな」
嬉しそうにアガレスが言い、アスタルトもニヤリ。
アイネは即座に判断を下す。
「分かった。フッラ、我が軍の編成にどれくらい時間がかかりそうだ?」
「少しお待ちください……敵の妨害が無いと仮定した場合で、四十八分三十二秒と予測します」
「サージ!」
「はい、アイネ様」
「一時間やる。外で軍の編成を終わらせて待機しろ。フッラ、空中からサージの軍の編成をサポートをしてくれ」
「了解しました、アイネ」
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(敵の動き、何かがおかしい)
バアルは空中で考えていた。
(十分に力で押せる数なはずだ。敵の統制がない。指示が取れていないのか?)
「バアル!」
「は、はい。アイネ、いや司令官!」
考え事をしていたバアルが驚いて返事をした。
「少し状況が変わった。力を貸せ!」
「え?」
剣で糸を切り、束ねた髪を解き背中に流すアイネ。
「どうした? アイネ」
アスタルトが眩しそうにアイネを見た。
アイネの長く伸びた髪が光り輝き、土色の風景の中にまさに水の妖精といった麗しさが映える。
髪を右手で掻き上げて、アイネが答えた。
「敵の目標になるにはこの方がいいかと思ってな。今の私はあるもの力借りている、その証に、私の髪は天の神子のように自発で光る。美しくも目標になりやすい。敵の注意を引き付けるののには便利だ」
アスタルトがマジマジとアイネを見た。
その野生の勘と過去を知っている獣王は、アイネに力を貸すものを感じたようだ。
「アイネ、そしてマスティマ、風になびく髪が色っぽいぞ」
その言葉に僅かに口元を緩めたウンディーネのような煌めくアイネ。
「何年の付き合いだアスタルト? もうそんな事を言われる歳じゃない」
「その物言いはマスティマか? そうか? 女は年を経てからが本物だろ?」
「フフ。そうだな。もうそんな歳になるのか。今はマスティマとアイネというより、二人の意識が一つになって、特別なアイネになっているの感じかな」
マスティマが憑依している事を知らない、アイネの言葉にバアルが驚く。
「え? アイネってそんなに年上だったのですか? 同じくらいかと思ってた……」
「ふっ、ちょっと訳ありなんだよ。でもありがとうバアル。ついでに頼まれてくれ。竜の力を解放しろ。神殿で言った事は覚えているな?」
「は、はい」
「ならば、竜のエナジィを自制して私のエナジィに合わせろ! 道を開くぞ」
「道? 何の為の?」
バアルの問いに、アイネは遙か上空に止まっているフッラに確認する。
「フッラ、もう大丈夫か?」
フッラの声がその場の全員の頭の中に響いた。
「はい。準備完了です」
「よし! バアルと私で進む道を開ける」
エルヴンソードを南に向けるアイネ。
「敵の注意を惹き、本陣へ戻る道を開く。盛大な花火を打ち上げるぞバアル!」
エナジィを集中しはじめたアイネ。
「翠の大竜よ。わたしのエナジィに合わせろ」
アイネが双剣を両手に持ちクロスさせ、斜めに構えると、首飾りのクリスタルが蒼く光り輝く。
氷河に流れる、蒼い河のように美しい力の流れ。
徐々に蒼いエナジィがエルヴンソードに集まり光の波が立ち始める。
それを見たバアルも、翠の大竜の騎士へと変身を始める。
翠のエナジィが噴出したバアルの背に、緑の竜のエナジィがゆらりと映った。
「バアル構えろ! 合わせろ! いくぞ!」
グンとアイネが一歩前に踏み込み、剣を後ろに引いてエナジィの最高点を待つ。
カッと瞳を大きく開き、剣先をひるがえすと、アイネの剣技が打ち出される。
『蒼き衝撃 クロスブレイド』
アイネの前方に炸裂した蒼い衝撃波が、地面を滑って奥へ奥へと走り出す。
バアルが合わせる。
翠の風は複数に分かれ、バアルの四つの分身となり、そこから最大奥義が打ち出される。
『砕けろ 真竜ソニックブレード』
翠の風が蒼き衝撃を追う。混じり合う二つの力、混じり合った翠と蒼は、膨大な推進力で突き進む。
「いっけぇー!」
アイネとバアルが叫ぶ。
アイネの最高の技と六頭竜の大竜の力が重なり、巨大な衝撃波を生み、地上を一直線に駆け抜け、真っ黒に地上を覆う闇龍軍団を左右に弾いていき一本の道が開かれた。
「よし、道は開いた! いくぞ! 本体と合流する!」
駆け出すアイネ、空中を飛び、後を追うバアル。
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アイネが本陣に戻ると、白銀軍団は布陣を完了していた。
獣人軍が右翼。エール騎士団は、アイネを守るように中央。
そのすぐ後方にマスティマ騎士団。エンジェルナイト、竜騎士団は空中で待機する。
エール騎士団の団長サージが言った。
「アイネ様。全軍の編成が終わりました。作戦指示をお願いします」
考え込む白銀軍団の長アイネは、哀しそうな瞳をしている。
「アーシラト……彼女は、赤龍王を六頭龍として蘇らせる為に、一万人以上ののエナジィを必要としている」
その場の全員が驚き、アイネを見た。
「奴にとっては一万人の死が必要なだけだ。それは味方でも敵でも構わない。だから、アーシラトは指揮をしていない。勝つ気が無いのだ。混戦による消耗戦こそが望みなのだから。相手に勝つ気持ちが無い分、ある意味、我々の方が有利とも言える。だが10対1の戦力差だ。こちらの被害も大きいだろう」
アイネを囲む皆が疑問を抱えた、なぜアーシラトが一万人の命を必要とするか。
皆の疑問に答えるように、アイネが右手を高く上げ地面に、叩きつけるように降ろした。
その直後、地面に引かれた青い線が現れた、それはあまりに長く大きいために、何を描いているのか分からないほどだった。
アイネが空中で全員の通信と、動向を管理している、フッラを呼び出した。
「フッラ、戦場の全体図を、魔法感知のフィルターをつけて送ってくれ」
「了解です、飛行高度を上げ、本国のサーバーを使い、必要以外の情報を排除して、戦場の全体図を送信します」
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フッラの返答の数分後に、今、アイネの声に耳を傾ける者の全員の脳裏に、戦場の全体像が映し出された時、その場の全員が驚きを見せた。
天を仰いだアイネが、一呼吸おいてから結論を述べた。
「この戦場に引かれた青い線は巨大な魔方陣、地上からは認識できない、これは闇の王の地下世界で見たもの。あの時、アインが他の者のエナジィを得て、異形の怪物となった、つまりこれは人のエナジィを集めるもの」
続いて魔方陣の詳細についてフッラから送られてきた、やはりと両手を机についたアイネ。
「魔方陣の大きさは比較にならない、そして大きさから想定がつく、あの時アインを動かすために使われた、魔方陣との大きさの対比から、最低でも一万人以上のエナジィを集めるためのもの……集められたエナジィを赤龍王に与えられたら、こちらに勝ち目はない……奴の計画を阻止する為に、一気に本陣をアーシラトを叩く。それしか勝つ方法は無い」
まさかと、全員が驚く中でアイネは続ける、死ぬ者を極限まで減らして、そして勝つ方法を。
「作戦を説明する。エール騎士団は防御陣形で前進。タイミングを図ってマスティマ騎士団は中央突破。獣王とアガレスは敵の本体の横を突くように斜めに戦線に入れ。アーシラトは指揮を取らないから、敵は混乱するだろう。バアルとフッラは空中から、エンジェルナイトと竜騎士団でアーシラトを直接攻撃。サージ、アーシラトは攻撃を受ければ、必ず前衛を後ろに戻す。その後背をつけ」
全員が立ちあがり、胸に手を置いて勝利を誓った。
アイネが再び檄を飛ばす。
「これより全軍を上げて雌雄を決する! 全員生きて帰れ。この後のラグナロクの為にも」
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