第90話 風と鉄の勇者

 風を操る勇者バアルと鉄のアインはゆっくりと、お互いに間合いを詰めていく。

 静かに内には激しく、自分のエナジィを高め始める二人。


『暴風守護』

 風のスキルで防御を身に入れて、細長い剣レイピア「風切り」を抜き放つバアル。

 鉄のアインは黒き大剣デスブリンガーを背中から抜き、自分の前に突きたてた。

「さあ来い。小僧!」

 アインが両手を胸の上で組んで、見下ろす感じでバアルを見ている。

 歴風の戦士の風格が見て取れる。

 龍の風が吹きアインの手前で分かれ、四つの分身を放つ、バアルの最大奥義が打ち出された。

『真竜音速斬撃』

 四体の分身バアルから、巨大な衝撃波が同時にアインに打ち込まれる。

 地面さえ削るバアルの必殺技の衝撃波により、四つに分断されたアインの身体。


「よっし! 楽勝だ!」

 後ろで見ていたイルがガッツポーズ。

 切り裂かれたアインを通り抜け、数メートル先に四つのバアルが集まる。

 風の重なった中心から姿を現わした、バアルは戦闘状態を解除していない。


「残念ねイル……これからなの勝負は」

 呟くアナトに「え?」驚くイル。

 地面から切断された筈のアインの声が響く。

「……なるほど己の最強剣に加え分身。一撃目に持ってくるとは……さすが勇者だと一応褒めておこう」


 大地に刺されたデスブリンガーの周りに、黒いエナジィが急速に集まる。

 バアルに切られた死体は消え、アインが自分の剣の元に現れれた。

 剣を握り直したバアルは驚きを隠せない。

「手応えはあった……何故?」

 

 身構えるバアルをアインが見て笑いをみせた。

「ふっ、ここは闇の国レイス。エナジィの世界では肉体は意味が無い。それが分かってないなら」

 ニヤリと再び笑ったアインは断言する。

「死ぬな……おまえ」

 黒いエナジィが蒸気のように噴出する、霞み始めるアインの体。

「小手先では技ではオレには勝てぬ」


 バアルを中心に分身したアイン。

 その数なんと円形状に24体。


「ばかな……こんな数……こんな分身はあり得ない」

 バアルが思わず呟くが複数のアインが答える。

「有りえないだって? そんな事を言ってると……」

 24体のアインが一斉に、デスブリンガーを大地から抜いた。

「確実におまえは死ぬぞ」


 両手でつかんだ黒剣を、腰の辺りに斜めに構えたアイン。

 円形の外側から必殺技を構える分身24体。

「やばいです。バアル逃げてください!」アイネが叫ぶ。


 即座に声に反応し、風になったバアル。

 分身した四つの風は、アインの包囲陣から抜けようとする。

「ばかが」アインが襲いかかってきた。

 24体のアインが一番近い、翠の風を取り囲み、剣で打ち据える。


「これは外れみたいだな」

 アインは呟きながら、バアルの次の分身を取り囲む。

 バアルの本体が心の中で呟く。

(なぜだ? 分身の数もそうだが、俺が翠の龍の俺が簡単に追いつかれるとは)

 翠の龍の力は風。属性から得られるエキストラルスキルは「速さ」

 だが二体、三体と続いて分身を切られるバアル。

 最後に残ったバアルの実体にアインが迫る。


「残りは一つ……さあ、死ぬ準備はできたか勇者よ」

 アインの24体の分身が迫ってくる中で、実体を探すバアル。

「どれだ? アインの実体はどこにいる?」

 見極めが出来傷に焦るバアルにゆっくりと死が近づく。

「遅いな。慎重なのはいいが、思い切りの悪さはおまえの弱点のようだ」

 後ろからの声に振り向くバアル。そこへ振り下ろされる24本のデスブリンガー。


 ガキキキン、バアルが戦闘前に入れた風の防御がアインの攻撃を受け消滅。

「さて坊主、これで守るものが無くなったな」

 鉄の勇者アインが風の勇者へ不敵な表情を見せた。

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